6-7 超越接続《ハイパーアクセス》

「この状態からオンラインとか繋げるもんなんすか?」

「今この空間には、霊の記憶を通じて別階層の世界を引っ張ってきている。現実よりも幽世かくりよに近い状態だし、あらゆる異界に通じやすいんだ」

「つまり今この部屋自体がフリーWi-Fiみたいな感じってこと?」

「どちらかというとルーターかな。いや、それが正しい例えなのか何なのかよく分かんないけど」

「でも、どうやって?」

「この思念体から情報を得て、魂本体への繋がりを辿っていく」


 ——無量むりょうさんは謂わば『受信特化型』だ。


 樹神こだまさんにそう言われた。

 彼の流派では、霊的な力の発出傾向をざっくり『発信型』と『受信型』に分けて捉えるそうだ。

 一方、私の家系の流派では『陰』と『陽』で考える。


 ——異なる呼び名を付けてはいるが、共通する概念もあるだろう。


 私は生まれついての強力な引き寄せ体質で、怨霊や負の念を我が身に溜め込む。それを『受信型』と言われれば、納得はできる。


 ——世界にはさまざまな波動が存在する。霊的な気はもちろん、電波も音波も、あらゆるものがそれぞれの波形を有している。君の体質なら、感覚を拡張することでキャッチできるんじゃないの。ラジオの周波数を合わせるみたいにね。うちの助手もやってるよ。


 更には。


 ——例え魂はオンライン上にあるんだとしても、思念体は物件に残ってるんだろう。思念と魂とは紐付いているものだ。そこから辿れるはず。


 ゴーストの囁きに耳を傾ければ、広大なネットの海へも、きっとダイブできる。


「この彼の思念体、何かに対して強い執着心を向けている。その流れを掴みたい。有瀬くんも、できる限り気を練って集中しておいて。あと道具類も全部持って」

「道具も? 分かりました」


 私もまた深く呼吸して、身体の中で濃い気を練った。

 幻影の椅子に座る思念体の肩に触れる。実体がないためすり抜けてしまうが、濃縮された負の情動が怒涛のごとく流れ込んできて、悪寒と吐き気に襲われる。

 次々に溢れてくるのは、焦燥と屈辱と怒りと絶望と……


「うぐっ……」


 耐えろ。もっとどっぷり念に身を浸して、その中心にあるものを捉えろ。

 私は思念体の横合いから手を伸ばし、ゲームのコントローラーやキーボードを操作する。しかし画面はぼやけたまま、動かない。

 集中しろ。彼が見つめる、モニターの向こう側へ意識を研ぎ澄ませろ。彼の未練の紐付く先へと。

 全身が総毛立つ。

 意識が帯電している。

 私の感覚が、何かに触れた。

 魂だ。


 一足跳びに五感がクリアになる。モニターに明確な映像が現れる。コントローラーのスティックを動かせば、画面上の視点も動く。操作できる。繋がった。


 ——触れた瞬間に思い切り引き付けるんだ。いつもの君のやり方でいい。


 私はもう一度、両手を組み合わせる。


コウ……ッ!」


 モニターから眩い光が溢れ出し、視界を焼いた。

 全身を電流が駆け巡ったような衝撃で、危うく思考が飛びかける。

 丹田に気合いを込め、正常な呼吸を維持すれば、どうにか次第に馴染んでくる。見えてくる。


「うええ⁈ 何すかこれ!」


 有瀬くんが素っ頓狂な声を上げた。

 無理もない。辺りの様子が再び一変していたのだから。


 抜けるような青空。遥か遠くまで開けた大地。辺りには武装したプレイヤーの姿がちらほらある。覚えのあるバトルフィールドだ。

 あのゲームの世界が目の前に展開されていた。まるでフルダイブ型VRのように。


 私は肩で息をしながらも、腹に力を入れ続ける。


「有瀬くん、大丈夫?」

「大丈夫っすけど……うええ、全身ピリピリするぅ」

「私もだよ」


 ピリピリどころじゃない。少しでも気を抜いたら、全身がバラバラに解けそうだ。


「あれって……蒼天テトラ?」


 有瀬くんが指をさす。

 少し離れた場所に、青い髪の騎士がいる。プレイヤーネーム『蒼天テトラ』。昨夜エンカウントして、一撃でやられた相手だ。


 だけど、返事は真後ろから聞こえた。


『蒼天テトラは僕です。あの、あなたたちは?』


 振り返れば。

 スウェット姿で痩せぎすの若い男性が立っていた。先ほどの思念体と同じ姿をした青年だ。


「……え?」

「ふぇっ? どゆこと?」


 伝わってくる気で分かる。魂の本体はこちらだ。

 だとすると、あの青い髪の騎士は——


 全ての神経が麻痺しているようだった。身体じゅうの血液が沸騰寸前だ。眼前にノイズが走る。

 チリチリした痛みと共に、つうっと鼻から何かが垂れてきた。


「弐千佳さん、鼻血が……」


 限界が近い。ここまでできれば上等だ。

 私は片手で鼻血を拭い去り、口角を上げた。


「蒼天テトラさん、あなたの魂を解放しにきた」


 青年は目を見張る。


『僕のメッセージ、受け取ってくれたんですか?』

「詳しい話はまた聞かせてもらうけど、ひとまずは元の階層に戻らせて」


 樹神さんからも言われたのだ。


 ——無量さんは結界を構築して別階層を呼び込むタイプの術者だろう。自ら異界に足を踏み入れる経験は、さほどないのでは? 魂を捕捉したら、すぐ自分のテリトリー内に引き込んだ方がいい。オンライン上は特に不安定だろうから、長居すると君自身の魂に障る。


「有瀬くん、何か弾き語りして」

「えっ、今?」

「うん、有瀬くんの気が必要なんだ。さっきってたみたいな感じでお願い」

「うっそ弐千佳さんマジ? 何の歌がいい? リクエストとかあります?」

「えっ……いや何でもいいよ。ほら、一番得意なやつ」

「おっけ、任せといてー!」


 さっそく有瀬くんがギターを掻き鳴らし始める。場の空気が震える。私のテリトリーにも繋がる空間の空気が。

 そこへ個性の際立つ歌声が加わる。やはり何の歌だか分からない。分かるのは、やたらと楽しそうだと言うことだけだ。

 突如始まった有瀬リサイタルに、戸惑いを隠しきれない表情のテトラさん。

 「これはこういう術なのだ」という顔をしながら後方腕組みで見守る私。

 演奏は続く。腹からの呼吸と、意思を持って爪弾く弦の揺らぎ。何より、音程など細かいことを気にしない底抜けのポジティブさにより、有瀬くんの気はどんどん高まっていく。


 ——階層間を移動する時は、命綱が大事だよ。必ず元の階層に紐付くものを持って渡ること。階層を跨いで異能の力を連動させられるのであれば、それでもいい。


 防音室の壁に貼った霊符は、私が内包している有瀬くんの気にも反応する。

 つまり命綱は、有瀬くんの陽の気だ。


 全身を苛んでいた痛みを伴う違和感が、徐々に薄らいでくる。周囲を覆った虚構の景色もろともに。

 じゃかじゃん!

 景気の良いワンフレーズが終わるころ、霧が晴れるように全ての感覚が平常状態へと収束した。

 途端、どっと汗が噴き出てくる。


「うおっ! 戻った!」

「……ありがとう、有瀬くん」


 暴れる心臓を押さえ、荒い呼吸を整えながら、改めて視線を巡らせる。

 パソコン一式とゲーミングチェアのある、過去の幻影の部屋。

 狭い三帖間に、私と有瀬くんと、魂を有した青年がいる。

 ただし、彼の未練はまだモニターの中と紐付いたまま。


『あれ、ここは……僕の部屋?』

「そう。あなたが未練を残して亡くなった時の状況が再現されてる。自己紹介が遅れたけど、私は無量で、彼が有瀬。あなたの抱える問題を解決するために来た」


 まだ息が上がっていた。気分はやけに昂揚している。


「さて、浄化を始めようか」


 現実と、幽世うつしよと、虚構の世界。その全てを、私の作った器に納めたのだ。


「テトラさん。教えて、何があったの?」

『あ……』


 テトラさんは部屋を見回した後、がくりとへたり込んだ。彩度の低い霊体の痩せこけた頬が、見て分かるほどに蒼褪めている。


『も、戻らないと。僕を戻してください、あのゲームの中に』

「落ち着いて。あの騎士のことで何かあるの?」

「俺、昨夜エンカウントして、ひでえやられ方したけど、結局どーゆーことなの? なんであんなことしてるの?」

「有瀬くん、ちょっと黙ってて。違うんだよ、あれはテトラさんじゃないんだ。そうだよね?」

「へっ?」

『あの……はい』


 かつての人気配信者は、今にも泣き出しそうな顔をして言った。


『あれは僕じゃありません。あいつは……僕のなりすましなんです』

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