6-6 助言者
横スクロールの画面。
赤い帽子にオーバーオールの配管工が、ハテナブロックを叩いてキノコのアイテムを取る。緑の甲羅のカメを踏ん付けて高く飛び上がり、リズミカルに左右の壁を蹴りながら上の足場へ。
行く先々の敵を倒しつつ、空中で二回転ジャンプしてゴールポールの天辺に着地。旗が上がる。
シーンが切り替わる。
イカを擬人化したような青い髪のキャラクターが、ペイント銃を構えて駆け回る。
近未来的な街並みの中を疾走し、敵の攻撃を掻い潜って、フィールドを青色のペンキで塗り潰す。
そうして自分の色に染めた地面に潜り込み、高速移動しては更に青の縄張りを広げていく。
いずれも過去の配信動画で見たプレイだった。画面端に映る
またシーンが切り替わる。
急にノイズがひどくなった。
作り物の空と大地。
作り物の人物。青い髪の騎士。
降参の意を示す他プレイヤーに対して、問答無用で襲いかかる。
あるいは複数人のプレイヤーを蹴散らし、アイテムを強奪する。
ああ、昨夜遭遇したのと同じ『蒼天テトラ』だ。配信ではなく、ただのプレイ映像。
そう認識したところで、私はぱっと目を開けた。
淡く光の差し込む部屋で、ゲーミングチェアに腰かけた人物がモニターを睨み付けている。
『やめろ……誰なんだよ……』
渦巻くような負の情動をキャッチする。
しかし一つ瞬きすれば、その姿は掻き消えてしまった。
しばらく横たわっていると、朝の光が強さを増してくる。
いま視たもの、感じたものについて、私は思考を巡らせてみた。
この部屋にいた人物が発していた念、すなわち未練に紐付くものは、モニターへと向けられていた。
正確に言えば、モニターの向こうにあるものへ。
それはいったい何を意味するのだろうか。
「『誰なんだよ』かぁ。やっぱ自分が引退する原因になった荒らしにムカついて、アンチコメ書いたやつ探してんじゃないすかね」
朝食時の情報共有で、
私もわかめおにぎりをゆっくり咀嚼して、飲み下す。
「あのゲームの中に誹謗中傷した相手がいるの? 動画の視聴者じゃなくて?」
「あー……ほら、やべえ怒りでわけ分からん状態になって、八つ当たりみたいに無差別攻撃してるとか」
「蒼天テトラが目撃されてるのは、『フェイトナイト』だけ?」
「っぽいすねー」
「んー……」
いろんなゲームをプレイしていた配信者が、特定のゲームだけに出る理由もよく分からない。
「もっかいログインしてみます」
食事の片付けまで終えて、Switchoを起動すと。
「あれ? アイテムとか装備とかが元に戻ってんだけど。『蒼天テトラ』にやられて奪われたのに」
「あの噂通りだね」
「怖っ! 俺、ちゃんと昨日エンカウントしたよね?」
「うん、したした。一発でやられてた」
まさしく亡霊のようだ。
「一昨日スイカのゲーム中に異変があったのも、夜の時間帯だったよね」
「うん。二日連続で、だいたい同じ時間すね」
ふと疑問が浮かぶ。
「ああいう動画配信って、毎回同じ時間帯にするもの?」
「そうかも。蒼天テトラはいつも夜にやってたっぽい」
「じゃあもしかすると、今も配信しようとしてるのかも。それが、部屋の中の電子機器に対する干渉となって現れるとか」
「えー? 配信って、あの悪質プレイを?」
「それは……どうだろう」
やはり、いまいちしっくりこない。
「幻影では、『フェイトナイト』の画面を見ながら『誰なんだよ』って言ってた気がするんだよ」
誰、とは。誰に対しての問いかけなのか。
もしかしてと思うことが、なくはない。でも。
「本人に訊くのが一番だろうね。何にせよ未練がオンライン上にあるなら、そこにアクセスしないと魂を捕捉できないんだけど」
「そんなことできるの?」
「……実を言うと初めてのケースでさ。私のテリトリーは霊符で囲った物理的空間に限られる。その中に霊の本体である魂がなければ、接触できない」
「マジすか」
そう、問題はアクセス方法なのだ。
有効な手段を見出せないまま、気怠い身体を洋間の床に横たえる。
カーテンのない窓の外は今日もいい天気だ。ただし仕事中という状況では、どんな景色も幻影で視たゲームの映像と大差ない。
防音室からは有瀬くんによる調子はずれの弾き語りが漏れていて、ますます思考力が低下する。連動するように、室内の陽の気だけが膨らんでいた。
「ギターやっぱ調子いっすよね。道具使って気を高められるんなら、Switchoにも応用できたらいいのにー」
ひとしきり満足したらしい彼の軽口が、ひとつの閃きを呼んだ。
「あ……ちょっと待って。心当たりを思い出した」
脳裏に思い浮かんだ相手へと電話をかけると、ありがたいことにすぐ応答があった。
『はい、
「
『構わないよ。無量さんに頼られるなんて嬉しいね。俺に答えられることなら何なりと』
涼やかに響く甘いテノール。
樹神さんは同業者の先輩だ。
そして有瀬くんを紹介してくれた人でもある。彼のお父さんと懇意にしているらしい。
「あの、樹神さんのスマートウォッチのことなんですけど」
『ほう?』
彼は特殊な『声』の異能者だ。それを特殊な道具とリンクさせることで力を拡張し、事件解決に役立てている。
「いつも
『ふむ……そうだな、細かな仕様については企業秘密なんだが、あれは俺の異能に寄せて作ってもらった特別な道具だ。階層の継ぎ目も越える俺の『声』の波長に
「オーダーメイドなんですね。元々の能力を補助するような」
『その通り』
そうなると、今すぐ有瀬くんがSwitchoを使ってできることではなさそうだ。
むしろ私の霊符と同じような位置付けだろう。
「……ありがとうございます。そういう道具って、どこかで扱いがあるんですか? 私のアシスタントにも何か使いやすい道具があるといいなと思いまして」
『いつも頼んでた店はあったんだが、あいにく店主が商売を辞めてしまってね。俺も今は自分でやれる範囲で調整しながらやってるんだよ。ところで……』
樹神さんの声がやや柔らかくなる。
『無量さん、本当は何を訊きたいの?』
「え……、と?」
『君さっき、スマートウォッチのことと言いつつ、電波に階層を渡らせることについて『どうやってるのか』って訊き方したでしょ。念や霊への対抗手段としてではなく、ピンポイントで。肝心の道具の話では、ややトーンダウンしたように感じた。だから俺のスマートウォッチがどうこうというより、何かその辺のことで困ってるんじゃないかと思ってね』
図星を突かれてハッとすると共に、さあっと血の気が引いた。
私と樹神さんでは、術の流派が違う。そんな相手に、仕事のノウハウに関わることを尋ねようとしているのだ。少し、いやかなり軽率だった。
「失礼しました。本来ならば直接出向いてご相談すべきことでした」
『いや、それは緊急度にも拠るだろ。我々のような仕事だと、突然想定外の状況に陥ることはままある。一つのミスが命取りになることもな』
「……実は今、現場にいて」
『つまり、事故物件に』
「ええ。ちょっと前例のない事態に直面していまして。樹神さんの術にヒントがあるんじゃないかと思い当たって……失礼な訊き方をしてすみません」
『なるほど。有瀬さんのご令息も一緒ってことかな』
「そうです」
『ならば君に助言することで、回り回って俺にもメリットがあるということだ。良ければ手伝わせてくれないかな』
とんでもなく
「ありがとうございます。じゃあ、さっそくなんですけど——……」
十数分に渡る通話を終えて、息を吐く。
心臓の鼓動が早い。脳の神経が極限まで活性化していた。
理屈は分かった。問題は実践できるかどうかだ。全ては私の感覚の精度にかかっている。
「有瀬くん、今からシャワー浴びてくる」
「おっ! 来たんすね!」
冷水シャワーは、熱を孕んだ頭を冷やすのにちょうどいい。全身を洗い流せば、すっと心が整った。
新しく出した黒いツナギを身に纏い、洗面台の鏡の自分を見据え、ぱちんと両頬を叩く。
さあ、ここからだ。
「まずは防音室を霊符で囲って」
302号室全体に施した結界の範囲を、更に限定する。
二人入れば既に狭い部屋へ、フローリングワイパーやギター、それからゲーム機など、必要と思われる荷物を運び入れて、準備は完了だ。
「行くよ、有瀬くん」
「はい、弐千佳さん」
私はいつものように部屋の中心に立ち、両手を水平に広げた。前後左右、四枚の霊符が私の気に反応する。
壁を伝い走る気は、パチパチと音を立てながら、たった三帖の防音室の空間を強固に切り取っていく。
両手を胸の前で組み合わせる。
ぱちん。気が爆ぜた。
『
刹那、部屋の様子は一変する。
大きなモニター。アームで伸びるマイクと、カメラ。本格的なゲーミングチェア。
そこに座る、スウェット姿の若い男性。やや小柄で痩せ型の。
有瀬くんが彼の顔を覗き込む。
「この人が蒼天テトラの中の人?」
「たぶん。だけどこれはただの思念体だから、意思疎通はできない」
目の前で手のひらを振っても反応がない。彼の視線は正面のモニターに固定されている。
さて。
「ここからオンラインにアクセスする」
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