5-5 盗聴器

 コンセント内部に仕込むタイプの盗聴器は、見た目には分かりづらい。

 だから前の住人がそれに気付かず引っ越してしまい、残ったままになっているケースも散見される。

 私の担当する事故物件でも、時々ある。

 そのため、簡単な盗聴器発見機を仕事道具の中に常備している。通販サイトで数千円で買えるものだ。


 物件に盗聴器が仕掛けられているとなると、私だけで解決できる問題ではない。


「それで、盗聴器があったというのは」

「洋間のコンセントです。恐らく電動クリップ式盗聴器でしょう。内部の配線から電源を取るので、半永久的に作動するタイプですね」


 あの後すぐ、元請けである大黒だいこく不動産に連絡した。大黒ジュニアと大家さんに来てもらって、問題の箇所を説明している今。

 私が発見機を起動して反応を見せると、ジュニアはわずかに眉根を寄せ、人の好さそうな大家のおじさんは「うわー」と声を上げた。


「ここ以外のコンセントは大丈夫そうです。一緒に確認していただいて良いですか?」


 全員で部屋じゅうのコンセントを回る。玄関、バストイレ、洗面台にキッチン、ロフト上、そして洋間。やはり発見機の反応があるのは洋間の一箇所だけだ。


 大家さんが唸るように言う。


「これ、早く取らないと不味いよねぇ」

「取り除くには配線を触ることになるので、電気工事士の資格のある方に頼んでいただく必要がありますね」

「えっ、お姉さんはできないの?」

「すみません、私は除霊専門なので」


 無資格で壁から向こうのコンセントの工事作業を行うと、法に触れてしまうのである。


「除霊作業の後すぐに撤去できるように手配しましょう」


 ジュニアの提案で、大家さんは少し落ち着いたようだ。


 確認すべきことがいくつかある。


「こちらのアパート、築五年と伺っていますが、これまでこの部屋に入居された方はどのくらいいらっしゃるんですか?」

「いま無量むりょうさんにお願いしている案件の時の借り主さんが最初で、例の事件まで三年半ほど住まわれていました。その後お二方が入居されましたが、いずれも短期間で退去されています」

「そうなると、やはり例の件絡みの事情で盗聴器が仕掛けられた可能性が高そうですね」


 嫌な案件だ。

 私は人知れず姿勢を正した。なるべく硬質な笑みを作って、大家さんに向き直る。


「当時、人の出入りがどのくらいあったか分かりますか? 例えば合鍵を何本作ったとか。除霊にあたって、霊がこの部屋に拘って居付いている理由を探っています。参考までに教えていただけると助かります」


 念の幻影から得ている情報については割愛して、そう問う。

 こういう時はいつも神経が張る。一般の人には真偽の判別すらできない話のために、所有物件の保安にも関わることを教えてくれるのか、と。

 ジュニアが目配せで大家さんを促してくれた。不動産屋が仲立ちしてくれる意味は大きい。はたして、霊感が一切ないらしい大家さんは、すんなり答えをくれた。


「鍵ねえ、最初に二本渡しただけだよ。一本はスペアで」

「えっ、それだけですか?」

「うん。でもあんな事件が起きちゃって、僕も警察の捜査入ってから初めて知ったことなんだけどね、その借り主さん、女の子いっぱい連れ込んでたみたいでさ。どうもスペアキーを表の郵便受けに放り込んどいて、女の子たちが自由に出入りできるようにしてたって話で。さすがに仰天しちゃったよ」

「ええ……?」

「前に一回、女性同士の言い争いの声が聞こえるとか、他の入居者さんから苦情が出たこともあってさ。言っちゃあ悪いけど、そりゃトラブルにもなるだろうと思ったよ。事件を機に出てってくれて、まあ助かったよね」


 大家さん自身も、その入居者の男性を厄介に思っていたようだ。


「すげえっすねその人。何してたらそんなハーレム作れるんだろ」

「確か、親戚のやってるライブハウスか何かに勤めてるって話だったかなぁ」

「あーなるほど、そういうチャラいお仕事の人なんすね。やばいイケメンだったんだろうな」

「いやー、僕はお兄ちゃんの方がよっぽどイケメンだと思うけどねぇ」

「えー! ちょっとマジすか大家さん! あざっす!」


 人のことは言えないチャラ男の調子の良さで、なんとなく空気が軽くなる。


 大黒ジュニアが一つ咳払いをした。


「無量さん、調査の進捗はいかがですか」

「今のところ順調です。昨晩のうちにいくつかの心霊現象を確認して、念の質もだいたい掴めたと思います。もう一日か二日いただいたら、はっきりした大元の原因も分かるんじゃないかなと」

「そうですか、引き続きよろしくお願いします。それから——」


 ノンフレームの眼鏡の奥の目が一瞬、有瀬ありせくんへと向いた。


「もう一部屋、用意しなくて大丈夫ですか。ちょうど空き部屋もありますので、必要であれば大家さんとも相談して、鍵を開けますが」


 顔を見合わせる私と有瀬くん。

 食事代は抑えろと言っていたのに。


「うーん、ロフトもありますし、特に問題ないです。ねぇ?」

「うん、そっすね」

「そうですか」

「すみません、お気遣いありがとうございます」


 ジュニアは眼鏡のブリッジをくいと押し上げた。


「では、また何かありましたらご連絡ください」



 ジュニアと大家さんを見送って正午すぎ。昼食は近場のコンビニで調達した。

 二人とも昨夜の眠りが浅かったため、食後に仮眠を取ってから、食材の買い出しに赴く。

 事故物件に籠りっぱなしだと気分が落ちやすくなる。適度な息抜きは大事だと、最近ようやく自覚した。


 日が傾くころ、二人揃って現場に戻れば。


 ——……ぉぉおかえりぃぃ……


「ただいまー!」

「……ただいま」


 つい、つられて返事をしてしまった。


 有瀬くんが夕飯の支度をする間に、私はもう一度、洋間のコンセントを確かめる。

 わざわざ盗聴器が仕掛けられたのはなぜなのか。男の浮気の証拠を掴むため、ではないだろう。複数の女が出入りしていたことは明白だったのだから。


 寝室となるロフト上ではなく、居間のみに仕掛けられていたことも気になる。

 彼の生活音を残らず拾いたいストーカー行為というのが、妥当な線か。

 何にせよ手が込んでいる。もっと簡単な、コンセントタップ型のものだってあるのに、わざわざ壁の中に組み込むものが選ばれた。


 男が自分の持ち物に神経質なタイプだったとか? 知らないタップが増えていたら、怪しまれて気付かれる可能性が高いから?

 いや、だったらそもそも女たちに自由な出入りを許したりしないはず。あまつさえスペアキーを郵便受けに入れっぱなしになどしないだろう。


 だいたい、盗聴器が自殺した彼女と直接的に関係あるのかどうかすら分からないのだ。この部屋は、実質的に誰でも侵入できたのだから。

 今あれこれ考えても、何の答えも出ないだろう。

 と、そんな折。


弐千佳にちかさん、ごはんできたよー」


 有瀬くんが夕飯を運んでくる。


「じゃーん! 豚キムチ丼でっす! かき玉汁もあるよ」

「へえ、美味しそう」


 豚こま肉とモヤシとキムチを炒めたものが、炊き立てごはんの上にのっている。キムチの匂いが食欲をそそる。

 かき玉汁は、卵の黄色とわかめの緑が綺麗だ。


 向き合ってフローリングに座り、二人揃って「いただきます」と手を合わせる。

 まずは豚キムチ丼を一口。キムチの白菜とモヤシがシャキシャキした歯応えだ。この辛さが豚肉にもよく合う。一方のかき玉汁は優しい味で、口の中がさっぱりする。


「うん、美味しい」

「やったー! これね、超カンタンなんすよ。全部一気に炒めるだけだし、味付けもキムチだけでいいんで。安く済むし、夏場はピリッとしたもんの方が断然うまいっすよね」

「確かにね。夏バテで食欲ないような時でも、これなら入りそう」


 思考に行き詰まって悶々としていた胃が、ちゃんと動き始めている。ごはんの力は偉大だ。


 有瀬くんは豚キムチ丼をもりもり食べてお代わりまでしながら、時々何か言いたげにじぃっと私を見ていた。二杯目の丼が空になるころ、ようやく切り出される。


「あのー弐千佳さん、ちょっと教えてほしいんすけどー。今朝みたいにやべー念に襲われた時とかって、どうしたらいいんすかね。なんか防ぐ方法あります?」

「……ああ」


 あの時は平気そうに見えたけど、意外と気にしていたらしい。


「ここの霊は怨念の対象が『男』だから、有瀬くんに向きやすいんだと思う。私と有瀬くんで、それぞれ受ける影響が違うケースもあるだろうね。テリトリー内なら私が気付くし、すぐ祓ってあげるよ」


 同じ負の念でも、内向きの念と外向きの念がある。内向きは、自身への後悔や嘆き。外向きは、他者に対する怨みつらみ。

 私の内部に溜まった念が有瀬くんに向いたのは、外向きということだ。

 つまり彼女は、男を恨みながら死んだ。


 しかし、だとすると、あの「おかえり」は何なのか。

 もう一泊すれば、真意も視えるだろうか。


「明日とかも、また俺の方に来る可能性ありますよね。マジかー」

「前に自分で跳ね除けてたでしょ。ほら、ラブホの時」

「いやー、あん時はなんか、無我夢中みたいな感じで? 弐千佳さんのピンチだったし、何とかしねえと!ってなって」

「自分のピンチでは同じようにならない?」

「まぁ、そっすね。ちょっとどうしていいか分かんなくて……」


 彼にしては珍しく歯切れが悪い。


「一番大事なのは呼吸だよ。精神を落ち着けて、肉体に良い気を巡らせる」

「呼吸っすね! 分かりました!」


 吸って、吐いて。有瀬くんの身体の周りに、うっすらと陽の気が湧き立つ。彼特有の、まっすぐで清浄な気だ。これまでにも時おり、驚くほどの強さと瞬発力で発揮された。

 だけど意識的に発生させた今の状態はどうだ。濃い念に纏わり付かれたら、この程度ではとても太刀打ちできないだろう。


「……うん、前よりコントロールできるようになってるよ」

「マジすか! やった!」

「少しずつ練習していこう。今日のところは霊符を貸してあげるよ。念に襲われても弾き返せるように。私も一回、この物件の負の念を残らず自分に集めときたいし」

「了解ー!」


 にぃっと八重歯を見せる有瀬くんに、私は小さく笑みを返す。


 ……地縛霊を祓うよりも、他人に力のコントロールの仕方を教える方が見通しを立てづらいように思うのは、決して気のせいではないだろう。

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