中学2年生――夏

第0話 補稿

 中学2年生の夏、細野蒼は別れと出会いを経験した。


 別れの方は、祖父との死別だ。


 蒼の祖父は近所で、独り住まいをしていた。祖母は早くに亡くなり、蒼は彼女の顔を仏壇の遺影で知っているだけだった。


 祖父の家は畑の中の一軒家で、静かなところにあった。蒼の幼い頃は、月に一度、父と一緒にその家に行き、仏壇に線香を上げ、祖父の手料理で昼食をともにしたものだった。


 その後は古いゲーム機で一緒に遊んだり、ギターを手にした祖父と童謡を歌ったりした。


 蒼が中学年になった頃にはそういうこともしなくなったが、季節に一度ほど、祖父の家を訪ね、ゆっくりした時間を過ごし、お小遣いをもらって帰った。そのときも祖父は蒼の訪問中、少なくない時間、ギターを手にし、弾き語りをした。そのときの蒼の耳でも、すごく上手だと思ったから、昔はかなりの腕前だったのだろう。ギターを弾いてみせるのは、自分のギターの腕を誰かに知ってもらいたいからかと、当時は思っていた。


 どうしてギターを始めたのか、一度、祖父に聞いたことがあった。そのとき祖父は、こう答えた記憶が、蒼にはある。


「若者の熱意を世に示す手段がギターだった時代もあったからだよ」


 彼の目は、宙のどこかを見ていた。


 そして蒼にギターを持たせ、つま弾かせた。


 メロディーにはならなかったが、6本の金属の弦は、小学校の音楽の授業では教えてくれない音を作り出した。


 祖父は微笑んだ。


 遠い記憶と重なったに違いなかった。


 蒼が高学年になってから、祖父は倒れた。そして数年間、意識がないまま病院で寝たきりの状態になり、中二の夏、絶命した。倒れて、話ができなくなったときに、祖父は死んだようなものだと思っていたから、蒼だけでなく、親戚一同、悲しむものはいなかった。


 つつがなく葬式を終えて納骨を済ませると、親戚一同集まって祖父の家を片付けることになった。祖父は自らの死を予感していたのだろう、その最中に遺品台帳と銘打ったノートが出てきた。中には、これを彼に、あれを誰にと祖父の字でつらつらと綴られており、蒼の名も記されていた。蒼に残された遺品はあのギターだった。若い頃、ギターを一緒にやっていたという叔父がいうにはかなり高価な品ということだったが、故人の希望に従って、蒼のもとにギターがやってきた。


 出会いとはこのギターのことだ。


 蒼が少し調べるといわゆる「アコースティックギター」というものだとわかった。高価なものだというので、喜んで頂戴したが、自ら弾く気にはなれなかった。


 ギターの演奏方法を覚えるのが面倒だったからだが、別にギターだけでなく、何か新しく覚えることすべてを面倒だとそのときの蒼は思っていた。


 だから、ギターを部屋の隅に置きっぱなしにしても、数多くある面倒な何かがまた一つ積み重なっただけのことだった。


 何かをどうしようとは思えなかった。


 このギターと、彼がまだ気がついていなかった、この夏にあったもう一つの出会いが彼の未来を変えるまで、もう少し時間が必要だった。

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ギターを手にした僕を待っていたのは、出会いと夢と未来だった 八幡ヒビキ @vainakaripapa

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