第2話

 或いは、

「あなたが私を私と認めるただ今を以て、あなたは再び外野となりぬ」

と。


(少女の一人称は虚数である。私は地の文において少女を演じることが出来ない。)

 顔の無い声が私を呼び止めた。その悲劇(奇跡)を以て、それは顔を得た。それは主人公であった。私はこの番号付きの代名詞を返さなければならなかった。

 私はこれを返さなかった。


 夜に寝付けぬ焦燥は、夢との待ち合わせに遅れる申し訳無さ。昼に寝付けぬこれは、時間音痴。逢うに出会う日付はカレンダーの印としても、何でもいいから困ってしまう。ただ今、寝て起きるべき適度な空欄の狭さが分からない。

 私は夢を彼女と呼ぶ。その限りではない。

 「私の惚れる音楽は須く私の余所人であり、私を知らぬ人であるから、結局観想的であらざるを得ず、しかも私という身体の卑俗さにおける鑑賞であるから、やはりこれは非現実に対する躊躇いか。」

「この遠慮は決して鳴り止まず、あの人はここにはいないのである。ここにあるのはただその仮象。」

 して以て、私は私のものに惚れることが許されなかった訳である。

 彼はお気に入りのアレグロを強引に鼻歌に編曲して、失敗した。

 「夢の中のあの人ではなくて、夢というあの人を欲している。」

「欲しているかは分からぬが、少なくとも今、追っている。追っていたくない訳ではない。と思う。必ず、追い付いてしまいたくはない。のだろうか。」

 ああきっと、私は彼女から逃げてきたのであり、彼女は欲しいが、今更出逢ってしまえば、彼女を得たことにはならぬから……

 「今日はもう、帰れそうにありません。分かり過ぎれば壊してしまうから。」


 客室、と名付けたばかりの新しさにおいて目覚める私に顔は存在しない。この見切れた鼻と、あの例の顔は同一ではない。

 眠気というものが少なくとも今のところは、この空間の属性として機能してきたのだと知った。

 アラビア数字の好きな模様に丸を付ければ彼女と会えることの拍子抜けを恐れて、彼女と会うことの無いと知ったこの今をばかり、小一時間散策し続ける。未だ変わった様子は無い。

 未だこの雰囲気が勘違いを起こさぬ限りにおいて、我々は全てを覚えているのであった。僕と君と彼と彼女の名前である。言う必要は無いから、私はただ今記憶喪失である。

 「おはよう。」

 この地帯にあってそれは、皮肉という名の何でもない挨拶で、私にとっては余程いかがわしい慰めであったけれども、彼女と私の見た目以外には全く全てが静まり返っていたから、私は何かを言い返したのである。何故なら私は記憶喪失だから。

 彼女の名前とあれとあれ、私の名前の位しか覚えていないのである。

 おはようであって良かった。こんにちはであったなら、何を返せばいいか、返さなくてもよいのか、永久に迷い続けたであろうから。

 だから私は、

「君のことが好きというのは本当か。後で来て、もう一度聞いてみて欲しい。」

と言った。授業はもう終わったらしい。

 ところで、ああ。しかし、ああ。どこへ来るように言っただろうか。ここには無いどこかである。私は悲劇の身であった。

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少女的なものと少女的なもの スルメ大納言 @surume2003

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