まえがき(あって無い様なもの)

 「インクが青いことを知っている。という具合の優位、そのばかりを今君に見出して、目の前の君、目であるところの君に殊更に手紙を出すのは、なにも、君に対してではないんだ。」

という様なことを言われた気のした随分後で、目の前の少女がその様なセリフにあてがわれたであろうことは疑い用の無い真実であった。という様なことは無い。

 「目の前といって、今更誰の目の前であるかを語ることも無いだろう。無いからといって、語ってしまえばそちらの方がずっと良い。というのはいつもの話で、今は専ら、目の前の少女。その通りだろう(?)」

 少女というのは別に、それでなくとも良かったが、目の前のこれは少なくとも摩擦係数の小さそうな…という限りで少年であってもよいが、ともかくそれは私でないと言い得る、あらゆる最小限。

 「例えば私が、君における奥行きだとかいう例のあれ、君の視覚の付け根とまなざしという名の適当な君のそれを反射してしまう様な件の西日に等しい鬱陶しさであるならば、私と君とのツーショットはナントカのカントカ判断によるところの幾何学的な直感において発酵し、君を嘔吐させるだろう。」

というアナウンスが、この私に固有の空間にまで達し、この場それ自体の不相応と非公式、目の前の少女が目の前にいる訳ではないということを告げる。

 しばしば感覚の余興、現象において信念があまり水を差さぬ装いのばかりの信念が足音を立てて近付いて、これは所謂、彼…彼女が、ポリ茶瓶をくれたというのはどうしてか。そんなことはどうでもよくて、これの中身の甘いのがどうしてだ。まだ一口も飲んでいないそれ、彼か彼女を目一杯に吸い出してみて、ようやく分かった。ここは夜。

 「君を言い始めてようやく分かった。君は君。ところで私は誰。」

 「喉が乾いたのでしょう(?)」

と、既に飲み干した後で分からない。

「きっとそう、言われてしまえば仕方が無い。彼を欲したから彼が要請された。だけれども彼は彼でも彼女でもよくて、その時々の音便であった。よってそれは、それが無くともよかった訳で……」

「しかしそれが無いのが良かったとは違う。」

「そう。」

 だから彼女は仕方無くそこにあった。

 「ところで少女は、」

「あなたは、別に、そこに座っていればそれでよくて、だからこの席はどうして元より向かい合わせである必要が有ったのか。」

と、目の前のアールデコの超自然的な木目が呟いて、私は任意の私が嫌になる。必要もまた必要であるのではなくて、必要が有るだけ。きっとこれも彼の足音が手渡してくるそれであった。嫌々私は目の前の雑談を義務付けられている。

 「列車とはこうなのかい(?)」

「そういうものなのですか(?)」

「そういうものでもいいですか(?)」

「……」

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