少女的なものと少女的なもの
スルメ大納言
第1話
私は君に際してこれを言うというのは本当であるか。私は君に際して心臓を吐き出さねばならぬというのは少なくとも君において本当であるか。君は私において本当であるか。
「ああ、私は私に告白する。君はそこで聞いていればいい。」
と言われて、後はどうなったのか分からない。或いは言われてすらいなくて、ただ彼女は、
「少年が少女に告白したことを私が君に告白しよう。」
と言い、去った。去ったかも知れない。
私と君、或いは君と私とは誰なのか。それは黒板に書いておいたから気が向いたらば読んでみてくれと、それとは別のどこかに書いてあった。
目覚めた私、と、少なくともこうしておけば、文脈を問われずに済む。私が問わぬ限りにそうなのであって、前後は未だ不満足な空き部屋の寝顔と、必要に応じて浮かび上がったのは接続の確立された一本の私。ただ今ふくらはぎを攣る運命を見た為に、そうはならなくなった。
言っておかなかっただろうか。言う必要が無かったから。ここはともかく今までのそうした物件よりは木目の多い印象で、それといっても割合的には、ずっとコンクリートな装いで……
きっとここではないどこかたる私の寝床も、ここよりは非人間的な冷たさを保っているから、それが当たり前であるならば、この教室はまさしく、エントロピーの増大に特有の暖かさの見間違い、即ち公共物としてのノスタルジーであった。病院が逆説的に無機質であることの似たものとして、この単なる材木は意図せずして鬱陶しかった。(取り立てて言うべきは皆、白色で、それ以外は……)
ところでいつからここは教室であった。黒板がいずれかの壁にあるのだと、そればかりは本当であるとして、だから何だと言うのだろう。何を欲しているのだ。その基礎としてあのリノリウムの足音があるのならば、少なくともこの空間に属する一個以上の某が欲しているは彼女であった。
そうした環境に気付かず入ってくるのは私ではなく、これはまたもや彼であった。これは記憶喪失に数え入れられなく、例の足音である必要も無い様に思えたが、ともかく彼は見た目が良いので、私は無条件にこれを愛したのである。
実のところそんなものはどうでもよくて、ただ条件的のこの今がどこにあるのかと、無論そんな風にではなく聞き出すべき相手は、
「君だったのか。」
を言うところの任意の口であったという話。
つまり…つまり私は彼を殺したとか殺していないだとか、彼は幽霊だとか幽霊でないとか、そんなことはどうでもいいが、取り敢えず彼はそこにいた。そしてまた話し相手であった。違和感は無い。
「君が不幸になるように呪っておいたんだ。別に僕は君を好きじゃないけれど、それは仕方の無いことなんだよ。」
彼はそればかりを繰り返していたから、一種の文句は彼の足跡か、せめてもその木の板に付けねばならなかったが、これは大きかった。少なくとも私の現状に対しては。
「仕方無いよ、この部屋の傾向性が既にずっと恋なんだから、君は不幸に違いない。」
足場はずっと広かった。ここで適当に彼を慰めたとて、それはずっとつまらなかった。そうして今、佇まいの面白味を喪失し、直立は飽きられる。
ただ今部屋の隅にまで転がり落ちている。なのに未だこの教室にいる。間違いなく私は飽きられている。飽きていないのはただ私一個。
「そういえばここは教室、というのはそうなのか(?)」
「そうだ」
と彼。
「かといって君はもう学生ではないのだろう(?)」
「きっと違う」
と……。
「学校という集合が無限に感じられていた。学生という記号はずっと曖昧で、それだから君は見付けられなかった。まだ君はそこにいるのかい(?)」
「今出ていくよ。」
と言い、出ていった。
ようやく一人となって、ただ今、私の方もすっかり分からなくなっていた。学校の方が必要であるのか学生の方が必要であるのか。消えてよいのはどちらであるか。ああ、私もまた学生ではない。学ランを着ていない。今、消えます。
学生時代を諦められぬ彼の回想が、この今に対しては矛盾でしかなくて、この学校においてどうしても恋をしなくてはならぬ私は、この学校から出ることが出来ぬというのも、言ってしまえば正しかった。言わぬ限りに私はずっと学生で、学生の私はそれを言うことすら矛盾であるのだから。
そうしてつまり私はブレザーを脱ぐ仕方が分からぬし、この教室を出る仕方さえ、ずっと昔に忘れた後であった。或いはいつかの未来に。
それでも私が私の類義語である別の三年間であった時には、私が恋をするのは決まっていたのであるし、またいつかの未規定な私は、私が恋をしなかったことを知っているのである。それでも私はここを出ないから、未だ少女を待つことが、ずっと妥当性を帯びている。
ところで、ところでとはところでなのであるが、この場所は恋が恥ずかしいものでなくてはならないらしかった。その空間は紛れもなくそうであって、身に覚えの無い私とは、つまりそれではないのだという。目的的に備え付けられた私は、所謂恋とは違うらしい。私はただ、いつでもそれらしい装いのオレンジの反射に、毎回浮かび上がるべき交換可能の恋の文字として、そこにいることを許されていた筈であるのに、今私は交換されて私になったのである。それだから彼はそもそもいなかったか、いてもいいがいなくてもいい。それは同じことであった。
しかし少女は、その通りであるならば、これはどれでもよかった筈も、ただ今この場所、いいや私は、固有の恥じらいをしか思い出せぬ装いである。(それは確かにおかしい。)
それはすっかり異物であった。異物であるために彼女でなくてはならなかった。私は確かに言い淀んでここにいるのであって、私は何か自分の文法を逸脱して、彼女との約束を取り付けたのであった。
黒板には、
「少女は少女であることを何回知ったか」
と書いてある。
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