影がひとつとふたつで

昨日より断然温度が下がった、と感じる朝だった。

むき出しの手がかじかむから、軽く握って指と掌を擦り合わせる。

効果は薄いが固まらないように、と願いこめて続けていたら、横から暖かな手に攫われてしまった。


「菖蒲は手袋してないのにどうしてこんなに温かいだろな」


「初晴はどうしていつも手袋をしないんだ」


問うて呆れて、結末は手を繋ぐ。

幸いにして雲一つない晴天だから、昇った太陽が暖かい。

それを背に歩いてく。


ふと、地面に目をやると、影が黒くはっきり刻まれていた。

自分が動けば影も動き、手を繋いでる隣の影と。


初晴はしみじみ、思った。


「菖蒲ってさぁ」


「何」


「影まで格好いーよな」


赤茶の髪を輝かせ、黒の瞳をあらゆる宝石恥じらわせるほど煌めかせ、そんなことを初晴が言うもんだから、菖蒲は吹き出してしまった。


「初晴には敵わないな」


「え?なんで?」


影まで格好良いと褒めただけなのに、急な敗北宣言とはこれ如何に。

理解およばぬ初晴は、それこそ菖蒲には敵わないとほやいた。

だけど影は寄り添ってくっついて伸びて縮んてひとつになった。

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狐照 @foxteria

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