好奇心のカタマリ
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好奇心のカタマリ
プロローグ
突然であるが,「好奇心のカタマリ」を知っているだろうか。謎の怪しさ漂うこの「好奇心のカタマリ」はとある港町に住む中学校と高校のクラスの掲示板に貼られている学生新聞である。この学生新聞を作る潮香出版の一部の社員による飲みの席で若手が「学生にも文章を読んでほしい」という願いからなんとなく「好奇心のカタマリ」は生まれた。
この出版社に勤める大人の70%が持っているようなありきたりな願いが乗せられたタバコと酒の匂いが漂う学生新聞「好奇心のカタマリ」は,ライターを目指す若者の育成にも役立っている。この学生新聞は高校生と大学生が書いているのだ。このアイデアも潮香出版の飲み会の中で出たアイデアである。
1章 和田明穂の出会い
私は学生新聞「好奇心のカタマリ」のライターとして常にネタを探している和田明穂である。高校1年になり「好奇心のカタマリ」のライターとして様々な記事を書いている。いまだに私の記事が世に出回ったことはないが,「白髪の恐怖!!40代に聞く元気な毛髪」は学生ライターからは一定の評価を受けたが,出版社の大人たちが苦笑いをしていた。私は私の記事を多くの学生に読んでもらうべく新しいネタを探していた。
あれは二月の上旬である。バレンタインが近く,どこもかしこも浮かれる女と糖分を欲しがる男のせめぎあいが見られた。鼻にはカカオの匂いがつき,すでにお腹いっぱいである時期であった。私は色恋にもチョコにも惹かれず次のネタを考えながら電車に乗った。車内には私と同じ高校に通っていると思われる二人の高校生しかいない。1両に3人しかいないこともあり,私以外の高校生はそれぞれの上半身を倒し,今にも寝そうな様子で向かい合って電車に揺られていた。この二人が男女であったため,私は「バレンタインに浮かれやがって。」と心の中で唾を吐いた瞬間である。停車駅が近くなり,女は立ち上がって言ったのだ。
「ねぇ,私のこと好きだったんでしょ。」
なんて素敵な言葉であろう。女である私が言ってみたい言葉でありながら,言われてみたい言葉である。こんな素敵な言葉を聞いた男は一度大きく目を見開いたが,すぐに笑い出した。
私はこのやりとりをした二人に興味を持った。なぜ,「好きだった」と過去形であったのか。女の発言の根拠は何であるのか。男はなぜ笑ったのか。様々な「なぜ」がライター魂に火をつけた。今の私はまさに「好奇心のカタマリ」である。
翌日から私は早朝から学校に登校し,時に校門で待ち伏せ,時に教師に話を聴き,時に学校を歩き回り,電車に乗り合わせた二人を調査したのであった。危うく不審者として疑われ生活指導の奈良先生の目が気になるギリギリを攻めた。そこで私は男の名前が葉山祥太郎であり,女の名前が宮本唯花であることを知った。この二人は三年生であり,卒業を間近に控える先輩であった。
二章 葉山祥太郎の戦歴
まず,私は葉山祥太郎について聞き込みを始めた。葉山は友人が多く,部活はしていなかったようだが,後輩との結びつきもある。様々な情報を手に入れるため,私は鼻息荒く葉山の知人に話しかけたのであった。重要な葉山と宮本の許可を得ていないことは気になっていたが,後ほど許可をとることにした。
葉山の友人の話
彼はつまらないよ。私がツチノコを探した時も,潮風を使って空を飛ぼうとした時も,貝殻をネットで売ろうとした時も,彼は私の誘いを断ったんだ。彼は「時間がない。」と言っていた。しかし,私は分かる。彼は負けると思って逃げたんだ。結果が大事で,勝ち戦以外はやりたくないのだ。確かに彼は無敗さ。彼は「無敗の葉山」と呼ばれ,一部の生徒からは恐れられている。でも,それは簡単な勝負だけをしたからにすぎない。彼はつまらないよ。
あれは体育祭の時だ。種目を選んでいる際に,葉山はクラスのマドンナ斎藤に障害物競走を一緒にやろうと声をかけられた。あの斎藤だ。羨ましいことこの上ない。全ての男子生徒から嫉妬の目を向けられた中,葉山はただ一言で断ったのだ。
「私は障害物競走に向いていない。騎馬戦は得意であるから騎馬戦に集中させてくれ。それ以外は準備などを頑張るよ。」
確かに騎馬戦では無双状態であった。必ず最後まで残り,半分以上の騎馬からハチマキを奪った。しかし,斎藤と一緒に体育祭に出て,クラスのマドンナに近づくことができるのであれば,挑戦してみてもいいではないか。せめて断るのであれば,私を代わりにするべきだ。にもかかわらず,彼はただ断っただけであった。単純に羨ましく,私を代わりにしなかったことへの苛立ちを覚えた。
宮本唯花と葉山は三年になってクラスが一緒になったんだ。特別仲がいいわけじゃない。ただ,体育祭の準備や文化祭のシフトが一緒になったから,イベントは一緒にいた。会話をたくさんするわけではなく,二人でゆっくりと自分たちのやるべきことをやりながら,宮本が葉山に喋り続けていた。
葉山は実はお喋りである。誰かと話すことが好きで,人と一緒にいる時間を大切にする。しかし,あまり話をせずにただ笑っていることが多い。宮本もお喋りであるから,葉山もたくさん宮本とお喋りをすればよいのに,彼はしゃべらないのだ。宮本の話を聴きながら笑うだけである。恥ずかしいのかもしれないが,結局葉山が積極的になれないから宮本と付き合えないのだ。友として葉山の恋を応援している身としてはもったいなく思う。
葉山の後輩の話
葉山先輩は最強です。「無敗の葉山」と呼ばれ,多くの人から勝利し,誰からも負けていない。僕も葉山先輩みたいに誰にも負けない男になりたいです。一部の人は葉山先輩を「意気地なし」と笑うけど,それは間違いです。葉山先輩は自分の力を理解しています。そして,葉山先輩は勝てる戦いがあるのです。本当の意気地なしであれば,戦いはすべて断る,と僕は思います。意気地なしは,全ての戦いで負けると思います。そう,この僕のように。
僕が初めて葉山先輩と会ったのは,今年の夏です。僕は富田先輩から誘われて「海上のオセロ大会」に参加しました。子どもの頃から僕はオセロが強く,家族でも一番強かったのです。自信をもって戦場に向かいました。多くの学生が参加する中,一人とても強い方がいました。それが葉山先輩です。誰が挑んでも笑いながら勝ってしまう。どんなに攻められても微笑みながらいなすその姿に僕は惚れ惚れしました。
僕も葉山先輩と戦いました。すでに葉山先輩の優勝はほぼ確実であり,もしかしたら隙が生まれ,オセロに強い僕なら勝てるかもと思ったのです。
しかし,結果は惨敗でした。僕の策という策は全て打ち破れ,なす術なく負けてしまいました。僕は負けた後悔よりも,葉山先輩の強さへの憧れを抱きました。葉山先輩は大会を無敗で優勝し,景品であるペパーミント栽培キットを手にして帰りました。
それ以後,僕は葉山先輩と会ってはお話をするようになったのです。僕がたくさんのことを話すのですが,葉山先輩はいつも笑って聞いてくれます。ああ,なんと優しいのだ,葉山先輩!
そんな葉山先輩が学校行事でいつも一緒にいる女性について葉山先輩に聞いたことがあります。葉山先輩は,あの女性とは友達で,たまたましゃべることが多くなり,よく一緒にいるようになったと話していました。彼女もたくさん話す人のようです。葉山先輩は笑いながら彼女の話を聞いているようでした。葉山先輩は人の話を聞いている時に,笑いながらこう言います。
「僕はいつも人の話を聞く。色々な考えがあって面白くて,人の話を聞いている時間が大好きなんだ。」
葉山先輩は僕や友達の話をたくさん聞いて,感性を養っているのです。そんな葉山先輩と同じように人の話を聞いたこともありますが,どうしても私が話したくなり,聞く立場に回り続けることができませんでした。さすが,葉山先輩!
第3章 宮本唯花と好意
私は葉山の知人への聞き込みを数日で終わらせ,宮本の知人に聞き込みを行った。しかし,宮本はお喋りのわりに友人や知人が少ない。私は特に宮本を知る女性に話を聞いた。
宮本唯花の友人
唯花は明るくお話することが大好きです。私と唯花ともう一人仲の良い友人が集まり,皆でファミレスに行くと会話が止まりません。常にしゃべり続けます。特に唯花はケタケタ笑いながら色々なことを話します。有名人について話すこともあれば,最近あった面白いことをずっと話すこともあります。私たちは唯花が大好きです。
また,唯花はとても自信がない子です。いつも自分が好かれていないと思っています。私たちによく好かれている証拠を聞いてきます。私から見て,唯花は色々な人から明らかに好意を持たれているのに,唯花は「よくしてくれている。」と言うのです。そのせいか,唯花は限られた人としか話しません。唯花が話す人は,唯花の中で好意を持たれている印象がある人か,その場をどうにかやり過ごさないといけない時のどちらかです。
葉山君は男子の中では変なあだ名をつけられ,色々言われますが,優しい男の子ですね。唯花も葉山君のことはポジティブに思っているようです。私達以外であんなにお喋りする唯花は見たことなかったので,初めは驚きました。葉山君の笑いながらお喋りを聞いてくれるスタンスが唯花に合っているのでしょう。体育祭も文化祭も唯花は楽しんでいました。
文化祭が終わった後のことです。私達はファーストフード店に集まり,お喋りをしていました。私が唯花に聞いたのです。
「葉山君のこと好きなの?」
唯花は言いました。
「いい人よ。私の話を笑いながら聞いてくれるの。それだけではないわ。あの人の笑顔を見ていると,不思議と私も笑えるの。」
私は付き合っていると思いましたが,二人は付き合っているわけではないようです・他人の恋愛には事情があり,それを知らない私が言うことはあまりありませんが,唯花の言葉からこの二人はきっと付き合うのだろうと思いました。私はこっそりと唯花に伝えました。
「葉山君,唯花に惚れてるわ。」
唯花は恥ずかしそうに笑うだけでした。
私,和田が3人の聞き込みを終えた時期にライターと編集部による会議が行われた。その会議に珍しく潮香出版の幹部である川相千佳子の姿があった。川相は部下のアイデアを企画にできるようなクオリティーに仕上げる天才である。また,部下は自分のアイデアを使ってもらえるため,川相を慕っていた。潮香出版の中では「マジシャン仏」という異名を持っているのである。その川相が会議後に声を私にかけた。
「どう?記事を書けてるかしら?」
私は苦笑いをしながら返答した。
「まだ聞き込みしているんですよ。」
川相は笑いながら言った。
「私の娘にも聞き込みをしたそうね。良い話をしてくれたかしら。」
私は気づいたのだ。宮本の友人の苗字が川相であることに。
そして,川相は話し続けた。
「それにしても,この学生新聞っていう企画は上手くできているわ。学生に文章書かせて上手いこと書ける子がいたら,うちのライターとしてオファーする。そうすることで,初めからある程度信頼ができる人を雇えるのだもの。適当に中途採用するよりもよほどマシだわ。しかも,新聞も安く印刷しているから出費が少ない。この新聞読んでうちのことを気にした女子高生が雑誌買ってくれれば,それで儲けなのよ。」
おい,仏。流石に大人の本音が駄々洩れである。しかし,この記事が上手く書ければ,ライターとしてオファーがもらえるかもしれない,という期待を胸に抱き,胸をたたいた。しかし,少し強くたたきすぎたようで,少しむせた。
4章 宮本唯花の発見
いよいよ,私は宮本唯花にインタビューすることになった。あの素敵な女学生に声をかけるのだ。同じ女性の私でも緊張する。ただ,緊張する理由の一つが,本人の許可を得ず聞き込みをしたことではある。
宮本唯花の話
私はあまり秀でたものがあるわけではありません。学業は234人中100位くらいで,2桁に入れば上出来です。運動もそこまでできた方ではありません。そんな私でよければお手伝いしたいと思います。
私が電車の中で葉山君に言った言葉ですね。私は,人から好かれていることを実感できません。そのため,あまり人と一緒に居たいとも思いません。私は仲の良い3人組でいるか,一人でいる方が気楽なのです。
しかし,葉山君は違います。私は初めて葉山君と話した時から,葉山君と私は似ていると感じていました。体育祭の時も,文化祭の時も一緒に居て心地よいのです。私は気づいたら,葉山君に恋をしていました。しかし,私は人の好意が分からないため,告白するのに躊躇していました。傷つくことが怖かったのです。
私は4月から東京の私立大学へ進学します。もともと薬学を学び,薬剤師になりたかったのです。しかし,葉山君は関西の私立大学へ進学します。私は焦りました。このまま葉山君に私の気持ちを伝えず離れることが怖くなったのです。ですが,葉山君の気持ちが分からないのに告白するのも怖い。2つの恐怖が天秤にかけて日々悩んでいました。その時に思い出したのが,友人の「葉山君,唯花に惚れてるわ。」という言葉でした。
私は自分に賭けてみようと思いました。実は,私は友人と運試しをして負けたことはありません。すごろくや人生ゲームは必ず1番最初にあがります。友人の弟と一緒にすごろくをした時は,私が強すぎて友人の弟を泣かせてしまいました。私は人の好意が分からなくても,私には運がある。これは賭け事だ,と思うことにして私は葉山君に聞いてみました。
「ねぇ,私のこと好きだったんでしょ。」
言った後に私は後悔しました。もっと別の言い方があったはずでした。こんな攻めた言い方ではなく,もっとかわいい言い方にすればよかった。まだ上目遣いで「私のこと,好き?」と聞いた方がよかったかしら。そして,「好きだった。」という過去形ではなく,今の気持ちを聞けるように質問をする必要があったのです。
言い直そうか,悩みましたが,葉山君は笑いました。葉山君の笑いはいつもと違いましたが見たことがあります。例えば体育祭の騎馬戦の時です。ほとんどの相手クラスの鉢巻きを奪い,両手を空に突き上げた時の彼の笑い方に似ていました。わたしはその笑顔を見て,質問を言い直すことなく返答を待ってみました。
その返答はメッセージでいただきました。その返答は...
5章 葉山祥太郎の笑み
私は宮本唯花のインタビューを終え,残すは葉山祥太郎のインタビューだけとなった。私は葉山へのインタビューと記事の許可をとるために頬を3度両手で叩き,葉山との待ち合わせ場所へ向かった。
葉山祥太郎の話
僕は年末を迎える前に私立大学に合格し,大学入学後の準備をしていた。2月の電車内はすでに大学入学後の準備で疲れていた。電車の中には僕を含めて3人しかおらず,電車内で上半身だけ横に倒して過ごした。そんな中,宮本さんが僕に言ってきた。
「ねぇ,私のこと好きだったんでしょ。」
何なのだ,一体。急に言われて,どうすればいいのだ。僕は驚いてしまった。しかし,僕は瞬時に理解した。「あぁ,これは勝ち戦だ。」,と僕は思った。
僕が宮本と初めて会った時に不思議な感覚を覚えた。確かに宮本と会うのが初めてなのに,どこかであったことがあるかのような,懐かしいような感覚。僕は前世だなんだを信じていない。興味ないのだ。しかし,あの時ばかりは前世からの縁を感じた。そして,もっと一緒に居たいと思えた。今覚えれば,あれが恋なのだろう。
僕は宮本に恋をしていることをすぐに自覚した。その時,「この恋は攻めすぎては良くない。宮本が僕に話し続けるくらいの関係がちょうどいい。」,と僕は思った。そのため,宮本といる時間は聞き手に回ることを意識した。別に僕は聞き手に回ることが嫌いではない。話をするのは好きであるが,人の話を聞くことで,その人のことが分かったり,自分の感性を養うことができたりするため,よく他人の話を聞くのだ。
話を聞く側に回ると決めてからは,とにかく宮本の話を聞いた。体育祭の思い出,ペットのインコ,気になる屋台など,ざっくばらんに様々な話題について宮本は話した。僕は宮本の話を聞ける喜びと宮本の話の面白さによりずっと笑った。
しかし,宮本の様子を見ていて,宮本が僕に恋愛感情を抱いた印象を持てなかった。クリスマスは二人で過ごすかも,と心の中で浮かれていた僕はだんだん焦りを感じ始めた。しかし,この恋の駆け引きはこのまま継続したほうが上手くいく,と僕の勘が訴える。僕の勘は外れない。大学を選ぶ時も最後は僕の直感を頼るほど,僕は僕の勘を信じている。無敗である所以はこの勘なのだ。焦る感情と頼りの勘による殴り合いが気づいたらバレンタイン間近まで続いたのであった。
あの瞬間は突然訪れた。
「ねぇ,私のこと好きだったんでしょ。」
この言葉を聞いたときは語り始めた時に話したように,まず驚いた。しかし,次の瞬間気づいたのだ。僕の勘は正しかった。今までの駆け引きでよかったのだ,と。無理してベラベラ喋るよりも,宮本が僕に話せるように聞き手に回って正解だったのだ。そう考えたら,自然と僕は笑ってしまった。
あの後,僕は宮本にメッセージを送った。内容はこれから話すとおりである。
「急になんだよ,びっくりしたな。色気のあるセリフを柄にもなく言うから驚いたよ。
好きだった,は違う。好きだったけどね。でも違うんだ。
今も好きなんだよ。初めてあった時からずっと,今も僕は宮本が好きなんだ。男として言う(メッセージだけどね。男なら直接言うべきなんだろうけど,ごめん。)。付き合おう。」
こうして,宮本と葉山は付き合うことになった。遠距離恋愛になるが,むしろちょうどよい距離感であろう。さよならを言う時に,次に会う時を楽しみにできる。そんな関係を楽しみ余裕が4年もあるのだ。彼らは上手くやるだろう。今までそれぞれが抱えた葛藤が馬鹿馬鹿しく思える日々が来ることを祈るばかりである。
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