第4話

とりあえず明るくて人通りの多い場所行かない?


驚きや、羨望の薄れる状況だったので俺はすんなり提案できた。


雑木林を抜けるとベンチが見えた。羽虫のたかる街灯がスポットライトみたいに照らす。


両端に座った二人の間は、中一位の子なら座れる隙間があったが、わざわざ詰める気にもならなかった。


「なんかカッコよくなった?体格もガッチリしてるし、服も良いの着てるし自信のある顔つきしてる。良かったね。」


曙さんが口を開いた。妙に明るい口調が鼻に付く。


「そっちはどうなの?」


聞いてから思った。何て意地悪な質問なんだろう。首に縄をかけるのを見れば大丈夫じゃないなんてわかりきってるのに。


「私は・・・・。」


言い淀む曙さんを見て後悔が沸き、体が芯から冷える。謝罪を付けたそうとした時だった。


「駄目かも。」


桜が舞い落ちる音より小さい声だった。だから俺の聞き間違いと勘違いした。


「何にもうまく行かなくて、たどり着いたのが此処だった。」


足された言葉に力は無く、力強く美しい彼女の姿は何処にも無く、まるで高校生の俺を見ている様だった。


詳しく聞こうとすると、彼女は話し始める。


「ピアノが弾けなくなった。ただそれだけ。」


俺はまた尋ねる。少し彼女の元気が無くなって行くのを感じた。


「そんなことないよ。私は才能なんて無い。何も無かった。」


俺は続けて尋ねる。曙さんは数秒の沈黙の後口を開く。


「勉強?スポーツ?そんな物何の役にも立たないよ・・・・私よりできる人なんて腐る程いる。私は誰かに負けない何かが欲しかった。それがピアノだと思ってたの。本当に馬鹿だよね・・・。」


それでも俺は尋ね続ける。自嘲気味に笑う曙さんに向けて。


「今日天才に会ったの。超が五個くらいつくような。その子の演奏を聞いてお客さんは大喝采。その後の私の演奏は皆イヤホンつけてスマホいじってた。いやわかってた。ピアニストとして活動してたら才能無さなんてすぐわかる。それでも諦めきれなくて頑張ってたけど、もう無理。私が生涯かけて手に入れた物を、今日の彼は私の半分の人生で得ている。・・・・ごめん。天人君にこんな話しても理解できないよね。」


俺は返答する。すると曙さんはバッと首をこちらに向け、激しく歯ぎしりした。


「ふざけるな・・・。ふざけるな!あんたに何がわかるのよ!初めから誰よりも特別な力を持ってた癖に!何が・・・何が・・・・気づいたら一番に成ってたよ・・・・。そんな事言われたら、どうしようもないじゃない・・・。私は特別になりたい。そうすれば誰からも忘れられないと思うから。」


曙さんは大声を出した事で、ハァハァと息を荒げる。呼吸が整うのを待ち、彼女に言う。


「俺は曙さんの事一度も忘れたこと無いよ。」


曙さんからの返事はない。それでもこの想いだけは一人で喋り続けられる自信があった。


「あの時の俺は誰からも認めてもらえなくて、貴方と過ごしたあの時間だけが俺を支える唯一の物でした。でも、そのたった一つだけ俺は生きていけました。だから何か困ってるなら力を貸したい。俺がされたみたいに。」


「そう・・ありがと。でも、もう良いんだ。」


「俺は良くない。」


曙さんが、きょとんとした表情でこちらを見る。自殺しようとした事実が衝撃で顔を見る余裕が無かったけど、本当に綺麗だな。歳取って幼さが抜けて完全に大人の魅力にあふれてた。


こんなに美しい人には、もっと自信を持って生きて欲しい。いや生きるべきなんだ。


だから言ってみる。


「ねぇ。今からうち来ない?」


俺の発言に曙さんは肩を揺らして、こちらを見た。目つきは明らかに俺を警戒していた。

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年収五億ある配信者なのに、俺はまだニ十八歳童貞だ。 雛七菜 @nanana015015

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