第3話

「・・・・・っていう話が十三年前にあった訳よ。」


誰も居ない部屋の中、俺は一人で呟いた。


独り言が趣味な訳では断じてない。


これは俺の立派な仕事だ。一台五十万する、高級パソコン。


それに向かって言葉を吐く。正確には、その先に居る視聴者に対してだが。


俺は今配信者として生きている。


配信者とは、動画サイトの機能、生放送を利用する物だ。俺も理解して無いが、配信に訪れる人が多い程、お金が多くもらえるそうだ。


毎日配信前提で、五百人集めれば、余裕で食べて行けると思う。


だから俺は今日も配信でゲームをする。自分の為、そして毎日来てくれる一万人の為に。


ゲームの待機時間にポロっと話した青春時代の苦い思い出。楽しんでくれただろうか。


反応が見たくて、視聴者のコメントを確認する。


『割とマジで五十回位聞いてる。』


『いつもの』


『それしかネタ無いのか?』


そうそう。こういう反応が欲しかった。これは初めて話す話題じゃない。


待機時間で退屈だったので、コメントしやすい話題を出して、わらわらとコメントを賑わせたかった。


似た内容で賑わう中一つの文が目に留まる。


『本当に二年間一度も喋らなかったんですか?卒業した後も?』


恐らく今日初めて、俺の配信を知ってくれた方のコメントだろうか。


『そうだよ。こいつがヘタレだったから、自分から話しかけないで一生誘われ待ちしてた。』


『その結果拗らせすぎて、ネットの名前を『ILY AKEBONOTUGUMI』に変える始末。もう終わりだろこいつ。』


『ILYってなんですか?』


『I Love You』


『wwwww。ありがとうございます。』


「そのw五つは何なんだ。俺は真剣なんだよ。笑うな。」


新規の方に反応すると、コメントでは連続するwが流れた。


それに紛れて『それは知らなかった。マジできつすぎだろ。もう三十だろ?』ってコメントが目に入ったが黙って見過ごした。


「てか、お前ら俺のこと詳しすぎだろ。こえーよ。」


『まぁね。』


『視聴歴八年だからな。』


昔では考えられない。俺の発言に誰かが反応してくれる。その上お金まで貰える。


人間関係がうまくできなかった自分が、まったく知らない人に興味をもたれてる。


「でも今があるのはその記憶のおかげなんだ。彼女が居なければ多分受験期にゲーム辞めてたと思うから。ゲームをやる俺を肯定してくれたのは彼女しかいなかったし。」


『でも今は曙さん忘れて、行きずりの女をとっかえひっかえでしょ?』


『そりゃそうだろ。年収二億あるんだから下半身乾く暇ないだろ。』


急にコメントが好き勝手言い始める。


あること無い事言いやがって。俺は自慢だけど高校卒業して恋人居たのが一度も無いんだぞ。


けどコメントを全然違うとも言い切れない。確かに町を歩くだけで可愛いファンの子に話しかけられるようになった。配信者同士の繋がりで異性と接する機会も増えた。


けど、どれほど綺麗な人を見ても曙さんと比べてしまう。


そして彼女と過ごしたピアノの時間。あれを超える熱を感じない。


女性と接するとき、いつも曙さんと比べる見方しかできず、真っ直ぐ女性を見れ無いんだ。そんな俺が女性と関係を持って良いのか。今だ答えが出てない。


あ、因みに俺の年収は五億な。因みにな。


「だから言ってんだろ。俺マジで彼女いない歴=年齢だし、まだ童貞なんだよ。」


『嘘乙www』『何人彼女居るんですか?』

と短文のコメントが流れる中一つの長文が目に入った。


『三十近くになってそんな名前で活動してるってネタなら面白いけどガチならキモすぎるんだよな。俺は童貞ネタが嘘であった方が安心できる。』


正論だった。けどごめんね。ネタじゃなくて。



配信を終え知人に呼ばれ、六本木に飲みに来てた。


十三年前から繋がりのあったFPSプレイヤーで彼とチームを組んで世界で戦った事もある信用できる奴だ。


出会いがないという俺の話題を聞くと定期的に女の子と合わせてくれる。


けど今回もダメだった。話してみたいと思う子すら居なかった。


早々にバーを抜けて、夜の公園で男二人が並んで歩く。


雨が降った後だった。雑に置かれた街灯も歩くだけなら都合がよく、都会の黒い水溜に反射して、雑な鏡が一つできる。映すのは酔いにおぼつく真っ赤な二人。

酒気が漂う足付きは水溜接触を嫌がらず、波紋が桜をほんのり揺らした。


「ごめんな。やっぱり、なんか違う気するわ。皆ギラギラしててどこか攻撃的だし俺とは合わなそうだと思った。」


自分が良い女の人を紹介してくれといってるので彼は何度も力になってくれていた。


本当に申し訳ない。強い風が吹き桜がひらひら舞った。春の夜風はまだ少し寒かった。


「じゃあ無理。港区なんて悪い事してる奴しか住まないからそんな奴居る訳ない。」


「偏見凄いな。あんまり人に言うなよ。」


「んなヘマしないわ。所で天人の好みってどんな奴だっけ?」


「黒髪ロングの似合う子で、周りにつんけんしてるけど、確固たる芯があって、俺にだけ笑顔を見せてくれるタイプ。」


曙さんの特徴を羅列する。


「何その童貞の妄想みたいな女の子。」


「童貞だからな。」


彼はハァと溜息をつき、顎に手をあて、目に手をあて、頭に手をあて、ワシワシと自分の頭皮を掻きむしった。


「もう良いんじゃないのか?えっと・・曙さんだっけ?彼女も良い歳なんだから恋人も居るだろうし、なんなら結婚もしてるかもしれない。次に進めてないのはお前だけだと思うぞ。」


「そんなことはわかってるけど・・・・。」


「まぁ、言っても聞かないだろうから今度はそういう女の子紹介するよ。」


彼と別れた。帰っていく背中を見て、顔をしかめた。


もう一生一人で良いかも知れない。俺は年収五億あるし貯金もある。


俺が躍起になって恋人探しをするのは、気持ち悪い今の自分を変えたいからだ。


彼女には恩がある。けどそれを十年以上も引きずるのもどうなんだ。


そこまで恩義を感じ、好きでいるなんて犬だって無理だろう。


いつだって諦めるフリをしてきた。


それなのに毎日一万人の前で『ILY AKEBONOTUGUMI』の名前を晒すのは、彼女から連絡来ないかなという、治りきらない受け身の性質ゆえ。


そんなんだから高校の頃、一度しか話せなかったんだろ。


パキパキ。


後ろから枝を踏む音が聞こえた。


振り返ると公園内の雑木林に、一人の女性が足を踏み入れてた。


白いブラウスに黒のジャンパースカート。後ろ姿しか見えなかったが、黒い髪が背中まで綺麗に主張していた。手に何か持っていたがこの位置からでは見えない。


こんな時間に?女性一人で?


気になって、後を静かに追ってみる。


女性は、外から見えない木に囲われた場所で、足を止めた。


暗い場所だったが、かすかに差し込む月明かりが女性の行動を目視で来た。


女性は茶色のロープを持っていた。それを木に巻き、枝にかけ、首にくくる。


「ちょ・・・!何やってんですか!」


思わず体が動いてた。走って女性の傍に行き、首の縄を引きちぎった。


「洒落にならないですよ。こんなこと。とにか・・・」


彼女の顔を見て言葉を止める。


「あれ?」


見覚えのある顔つきだった。記憶よりもはるかに美しくなっている。けれど見間違えるはずもない。


「曙・・・さん・・?」


「もしかして天人君?」


名前を呼ばれているのに、俺は全く反応できずにいた。






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