第2話
大会が終わった月曜日。
俺は大会より緊張する事態に巻き込まれてた。
俺みたいな奴に何か用だろうか。お金かしてとか言われるのかな。
高嶺を超えて天空に存在する曙さんが俺を呼ぶ理由がない。
曙さんは俺と真逆の人間だった。勉強もできたし、帰宅部なのに球技大会で一番目立ってた。容姿も良いので異性からの人気も高い。
唯一の共通点と言えば、お互い友達が居ないこと。昼休みも誰かと居るのを見たことが無い。
周りも彼女に声をかけようとはしない。正義感が強く、こだわりの強い性格だったから度々クラスメイトと小規模の衝突を繰り返していた。
それでも誰も曙さんを敵にまわさない。
好き放題言われてる俺とは大違いだ。
そんな彼女の生き方と俺の生き方を比べ、強い人間は生き方を選べて、弱い人間は生き方を選べないのだと学ばせてもらった。
音楽室に到着し、ドアノブを握りドアを開く。
扉を開くと、部屋にこもっていた空気が肌を撫でて、通り抜けた。
春の風は、まだ冬の名残で冷たくて、血の通ってない真っ白な肌で受けるのは少し痛かった。
「来た来た!」
声の主を見る。曙さんだった。手を振って、こっちこっちと手招くジェスチャーを見て思わず頬が緩む。
いや我慢しないと。笑顔を見せないように、曙さんに近づく。「あ、えっと、こんにちは。」と地面に向かって言う。
「昨日の大会見たよ!一人で四人とか倒してたね!優勝おめでとう!」
思わず顔をあげる。美しい熱にあてられて、体の奥に小さな火種が送られた。
全開に開いてる窓ガラスから、曙さんの香りを運んだ春風が俺の内側にふき荒れ、小さな熱が煽られ、火力が増し、体全体に燃え広がって、指や表情にまで熱が行き渡り、頬がリンゴの様に高揚し、口角が上がった。
「本当に見てくれたの!?」
信じられない。その場のノリで言った発言じゃなかったのか。
「うん。やってることはわかんなかったけど、天人君が強いのはわかりやすかった。」
もらった熱に更に燃料が投下される。リアルで褒められたことは初めてだった。親も、クラスメイトも、先生も、ゲームの話をしようものなら「勉強しろ」と言われるだけだから。
「今日呼んだのは優勝をお祝いして一曲引こうかなと思うんだけど・・・・どうかな?」
「本当に!?てか曙さんピアノまで弾けるの!?なんでもできるんだね!」
まぁね。と笑って彼女は席に着いた。
ゆっくり目を閉じ鍵盤に指を落とした。『バーン』という音共に目が開き、指が踊り始めた。
引いてる曲は俺がやってるFPSのテーマソングだった。昨日知ったはずなのに演奏のレベルが高く、刮目した。
彼女が激しく動き始めた。
揺れる肩に、風に揺られてなびく髪は彼女の存在を大きく見せ、鍵盤を踊る彼女の指は白く美しく、誰よりも自由だった。
美しい空間の中に異分子が現れた。ブーンと羽音をたてて曙さんの周りを旋回してる。
そしてハエは曙さんの頬に止まった。
俺は思わず席を立った。
曙さんが演奏をやめなかったから。
そうして理解した。孤立するほど尖った彼女の自我と才能は全てピアノに捧げられてるのだと。
演奏が終わると、俺は勝手に拍手をしていた。
椅子から立った彼女は笑顔でお辞儀をした。
狂気的な一面と女子高生らしい一面。
教室で見せない彼女の原液を一度に注入され、心臓がバクバク高速で動き始めた。
心臓の鼓動の回数は決まってるらしいので、これで早死にしたら曙さんのせいだけど悪い気はしなかった。
「めっちゃ凄かった!けど・・どうして俺なんかのためにここまでしてくれたの。」
「そういうとこ。」
思わず首を傾げる。
「世界で一番凄い力をもってるんだからもっと自信持ちなよ。君は君が思ってる以上に天才で優秀なんだよ。」
天才?天才ってのは曙さんを言うんじゃないのか?少し的外れな事を言われ反射的に言葉が喉元にこみあげて来た。
「でもゲームができたって何の役にも立たないじゃん。俺もそう思うし。」
「でも誰も君の代わりにはなれないんだよ。だから君には価値がある。私はゲームに対してどこまでも真剣になれる天人君の性格好きだよ。」
『好き。』その言葉の衝撃は計り知れなくて、
寝耳にマグマでも流されたのかと思った。
解ってる。俺を好きなんじゃない。あくまでゲームに打ちこむ性格が好きなだけだ。
でも真剣になれる性格ってなんだろ。随分心当たりの無い所を気に入られてるな。
「ねぇ・・・世界一位になるにはどうしたら良いと思う?」
俺のノートを眺めながら質問してきた。
そんなこと考えたことも無かった。
だからただ事実だけを言った。
「わかんない。気づいたらなってた。」
「そうだよね。そんなもんだよね。」
彼女は「トイレに行く」と言って、音楽室から出た。
今日はありがとう。突然呼び出してごめんね。
俺の方こそありがとう!演奏本当に心に響いた!
そんな会話をして曙さんと別れた。
この時は浮かれていたんだ。曙さんと話せて。色んな一面を知れて。
何か始まるんじゃ無いかってワクワクしてた。
ここから一度も会話せずにお互い卒業するとも知らずに。
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