年収五億ある配信者なのに、俺はまだニ十八歳童貞だ。

雛七菜

第1話

百回好きと言われるより、一回嫌いと言われる方を信じてしまう。


ふと目に入ったその言葉に「俺の学生時代と真逆の話だ」と感想を抱いた。


イジメられてた訳じゃないけど、高校に居場所が無くて皆に煙たがられた。


でもたった一人だけ俺の性格を『好き』と言ってくれた女の子が居た。


その『好き』が今の俺を作ってくれた。


けど彼女は太陽より存在感があって、強すぎる光で俺の進路を覆い、前を見えなくして行った。


だから俺は彼女が居なくなった道の進み方が見えないでいる。



今から十三年前


2013年 五月二十一日


昼休み。高校の教室は当然に賑わう。食べ物の匂いが漂い、次の授業で当てられる場所や模試の話題が飛び交い賑やかな輪を作る。


ま、俺はその輪に入れないけどな。


一番後ろの窓際の席。一人で机に突っ伏していた。


学校がつまらない。


一緒に昼を食べる友達は居ないし、勉強はできないし、体育の授業でパスはもらえないし、登校するだけで自己肯定感が下がる。


でも良いんだ。そもそも俺の居場所は此処じゃない。


俺はとあるFPSのゲームで世界一位の腕を持っている。SNSに行けば友達もいっぱいいるし、遊ぶ人を募集すれば一秒で集まる!


フォロワーだって五千人いるんだ!リアルの友達なんていらない!ネットだけが俺の居場所だ!


そう思いながら、クラスメイトの男女が仲良く喋るのを見て肩を落とした。


『はぁ・・』と息を吐いても、俺の劣等感は抜けてかない。


ネットに籠ってゲームばっかして良い訳が無い。


それでも居心地の良い停滞は進めない今を存分に肯定してくれる。


居座るしかないんだ。俺は逃げるようにノートに目を移した。


びっしり書かれた文字には、授業の内容なんて書かれてない。内容はゲームに関することだ。


どうして敵に負けたのか。自分の悪かった動き。良かった動き。そんな社会に役に立たない事が隙間なく埋め尽くされてる。


「あいつ勉強してんの?馬鹿の癖に。」


「違うって。何かゲームのことめっちゃ分析してノートにまとめてんだって。」


俺をネタに盛り上がるリア充男女の声が耳に入る。


またか。まぁゲーマーに当りが強いのは今に始まった事では無いけど。


俺はとあるFPSのゲームで世界一なのをクラスに隠しておきたかったが、クラス中が知ってる。言いふらした訳じゃない。


俺のラインはリアルとネットで分けてない。なのでラインの名前がネットのハンドルネームの『♰AMATO FPS♰』になっている。


そこから特定され何をしているのか知れ渡っているのだ。


因みに由来は、本名の松島天人まつしまあまとと二本『♰』は当時好きだったアニメの二刀流の剣士から来ている。FPSはやってるゲームの説明の為に付けている。


「ゲーム如きにそこまですんの?マジキモくね?」


「わかる。マジでオタクって感じ。」


思うのは勝手だけど聞こえないよう喋ってくれよ。


でも我慢するしかない。キモい。オタク。そんなの俺が一番わかってるから。


ケタケタ笑う我関せずを貫くクラスメイトの声が良く聞こえた。


目の前の友達同士で笑い合ってるのは理解はできる。それでもその笑い声は俺に向けられてる気がした。


そんな時だった。


「笑うな。」


俺を馬鹿にしていたリア充の声も、教室で笑っていた声も、その一言で全てかき消され、クラス中の視線が発言者のに集まる。


曙鶫あけぼのつぐみだった。肩まで伸びた黒い髪。胸についた赤いリボン。

黒いカーディガンに半分隠れた短いスカート。


他の女子と差の無い制服姿に関わらず、彼女だけが輝いて見えるのは、俺の好みのせいかもしれない。


鋭い目つきに、クラス中の視線に怯まない堂々とした。黒髪の似合う大人びた容姿は俺の好みドストライクだった。


「は?何?文句あんの?事実を言っただけなんだけど?」


「どんな事でも一番は凄い事よ。」


金髪のリア充女があけぼのさんに近づいていく。彼女は動じずその場から一歩も動かない。唐突に始まった。金髪ギャルVS黒髪美人の戦いに教室の興味が向く。


「たかがゲームごときで何になるのよ。」


「じゃあ貴方には何かあるの?これなら絶対負けないって言切れる物が。彼にはあるよ。」


その言葉にリア充女は言葉を詰まらせた。


「ほら。何も言い返せない。全部中途半端だもんね。将来私は何者にもなれないとかいうクソつまんない事で悩んでそう。」


言い過ぎでは?


被害者の俺が加害者を気の毒に思う言葉の火力だった。


チッ!と舌打ちをしてリア充女はその場から敗走した。人でも殺すんじゃないかってくらい顔真っ赤にしていた。


取り巻きの男二人も彼女を追いかけ教室が静かになった。


曙さんは勝ち誇った様に『フン』と鼻をならし俺の方に歩いて来る。


肩がすくみ上った。


なんでこっち歩いて来るんだ?いやビビる必要ないよな?俺を庇ってくれたから味方だよな?


曙さんは俺の目の前で足を止めた。恐る恐る、見上げると美しい顔が俺だけを見ていた。体ごと貫かれる衝撃だった。


「ノート見せてよ。」


出来損ないのロボットみたいなぎこちない動きでノートを渡す。


「わぁ・・・すごい・・・。ほとんどびっしり書いてあるじゃん!しかもほぼ全ページ埋まってる。」


俺のノートを見る目に鋭さは無かった。お菓子を眺める少女の様なキラキラした目だった。


それが嬉しくて、俺も調子に乗ってしまった。


「い・・いやそんなことないよ。」


「やっぱりトップ取る人ってがんばってるんだなぁ・・・・ん?」


彼女が何か気になる物を見つけたようだ。ノートの端に書いてあった言葉を刺して質問する。


「ここに書いてある『日曜日の大会』って今週の日曜日?」


「うん。そうだよ。」


「本当!?ちょっと見てみたいかも。」


からかわれてるな。と思った。もう俺はリアルでボコボコにされまくってるのであなた方女の子に夢を見れません。フラれて男は強く、賢くなるのだ。


・・・・それでも懲りずに女の子に夢を見て、痛い目見るのも男と言う馬鹿な生き物なのだ。


「それならイコイコ動画ってサイトで見られるよ。」


緊張しながら頑張ってこたえる。


「ふーん。そんなサイトがあるんだ・・・わかった!楽しみにしてる!絶対勝ってね!」


そういって自分の席に帰っていた。その日俺はずっと彼女を視界から外さなかったと思う。


授業も聞かずに、ゲームのノートも書かずに、勝利の女神って本当に実在したんだ。と勝ってすらないのに浮かれまくってた。


それがクラス・・いや学校中で人気の曙鶫あけぼのつぐみとの初めての会話だったんだ。

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