禁忌
「説明してよね」
階段を下りて一階のリビングに入った私は、父に詰め寄った。
「なんでこんなことになったの!なんでずっと黙ってたの!なんで…」
「わかったからぁ。特別に話してやるよ」
なにその上から目線。ムカつく。
「楓とは職場で出会って、一目惚れしたんだよ。な、かわいかっただろぉ?」
楓さんの姿を思い出す。
艶やかな茶髪のロングヘアーに、くっきりとした大きな瞳。たしかに、かなり美人な分類に入るのかもしれない。
「それで、仲良くなって、ゴールインしたわけ。桃華に言ったら反対されると思ったんだよぉ」
「当たり前でしょ。私、今も認めてないから」
「…悲しいこと言うなって、楓も悲しむぞ」
「知らない、そんなの」
私は父に背を向けた。
どんなことを質問したって、まともな返事は期待できないだろう。こいつとは、話すのも吐き気がするぐらいなのに。
諦めてリビングを離れようとして、もう一度、振り返った。
「お母さんにはなんて言うの」
瞬間、父の目の色が、変わった。
酒の飲み過ぎで濁った目に、冷たい光が差す。
──あ。
この目。覚えてる。
同じだ。
あの時と、全く同じ──。
私の頭の中で、一つの記憶が弾けた。
※
「お母さんってどんな人だったの」
私がまだ小学生一年生だった頃。
夜、リビングには父と二人きりだった。
その質問に深い意味はなくて、幼い私の純粋な好奇心で。
だから私は、その時の父の反応が忘れられない。
顔を引き攣らし、目を怖いくらいに見開いて、唸るような低い声で、
「お前は知らなくていい」
見たことのない変わり果てた姿に、私は震えながら頷くことしかできなかった。
──うっかりしていた。あの日からずっと、母の話題に触れることは、避けていたのに。
噴き出した冷や汗が、ひたいをなぞるように滑り落ちていく。
私は視線を横に逸らした。そのまま、足早にリビングを離れる。
父は最後まで、黙ったままだった。
拝啓、私のお母さんへ シダレヤナギ @kametann
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