図工室の視線

凪 志織

図工室の視線


図工室に飾られているモナ・リザが苦手だった。


どこにいても彼女はこちらを見ている気がする。


図工の授業中はいつも彼女と目を合わせないようにするのに必死だ。


彼女の視線を感じるのは図工の授業の時だけではない。


図工室は校門から校舎へ向かう通りに面していて、登下校時にはいやでも窓際のモナ・リザの絵が目に入る。


休み時間に校庭で遊んでいる時も、視線を感じてふと顔を上げると図工室の窓際でモナ・リザが微笑んでいる。


おかげで僕は穏やかな学校生活を送れなくなってしまった。


パパが言っていた。

苦手や恐怖の感情は対象となる相手を知らないから生まれるのだと。

相手を知れば対策を練れるし、知ることで好きになることもあるかもしれない。


僕はモナ・リザを克服するため彼女について調べ始めた。


なるほど。

どの位置から見てもモナ・リザと目が合うように感じる現象を「モナ・リザ効果」というらしい。


モナ・リザの視線を感じるのは僕だけじゃないということだ。

ならば、クラスメイトの中にも僕と同じように彼女の視線に悩まされているやつがいるかもしれない。


もし、悩んでいる生徒が多くいるのなら大変な問題だ。

皆の意見を集めて絵を撤去してもらうよう先生にお願いしよう。


僕は聞き込み調査を開始した。


「え?図工室のモナ・リザと目が合う?うーん、どうかな。気にしたことないなぁ」


「モナ・リザがいつもこっちを見てるって?何言ってんの?」


「モナ・リザ?確かにちょっと不気味だとは思うけど…。それより、図工室と言えばさ、例の噂知ってる?夕方、図工室に現れる髪の長い女の話…」


僕は学校の怪談の話をしているんじゃない!

モナ・リザ効果という科学的現象について話しているんだ!


こっちが真剣に話しているのになぜ皆まともに取り合ってくれない?

僕はこんなに悩んでいるのに。


このままでは僕の学校生活に平和はおとずれない。

僕は決心した。


夕方、僕は学校に忍び込んだ。


図工室の扉は古くて建付けが悪く、開閉の際はガタガタと激しい音が鳴る。


それを知っている僕はなるべく音が出ないよう細心の注意をして扉を開けた。


しんと静かな薄暗い教室で、モナ・リザが夕日に照らされていた。


僕はまっすぐモナ・リザの絵の前に向かって歩いた。


歩きながらポケットに手を入れカッターナイフを取り出す。

誰もいない教室にカチカチカチとカッターナイフの刃を出す音が響いた。


絵の前に立ち、そのまま刃を突き立てようと腕を上げた時、僕はおもわず動きを止めた。


顔が違う。


モナ・リザじゃない。


いや、モナ・リザだ。

髪型も、ポーズも、背景も。


だが、顔だけが違う。

それはモナ・リザの微笑ではなかった。


外で五時を知らせるチャイムが鳴った。


チャイムの音を聴きながら僕はクラスメイトから聞いた話しを思い出した。


夕方、図工室、髪の長い女…

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図工室の視線 凪 志織 @nagishiori

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