ダンジョン家族

西順

ダンジョン家族

 家の庭にダンジョンが出来た。納屋みたいな石窟から地下へと降りていくタイプのダンジョンだ。


 我が家は日本の地方都市の一般家庭。ダンジョンが出現する事自体は、最近たまにある現象だが、一般家庭の庭にダンジョンが出現するのは珍しく、宝くじの一等に当選するより低い確率である。


 両親が市役所にダンジョンが出現した旨を話に行っている間に、テレビ局が押し寄せてきたり、動画配信者が塀を乗り越えて不法侵入して来ようとして、兄と俺と妹は怖くなって警察に通報した。すぐに警察は動いてくれて、我が家の周囲には規制線が張られ、警察が見張りに立ってくれたので、表向きには一安心となった。


 しかしダンジョンと言うものはモンスターが出てきたり、トラップが仕掛けられていたりする代わりに、お宝が隠されていたりする場所だ。そんなものが一家庭に出現したとなれば、お宝取り放題で不公平だ何だと、周囲から不平不満が出るのも当然の話で、我が家は一夜にして日本でも有数の有名家庭となり、嫉妬の対象となったのだ。


 夕方になって帰ってきた両親の話では、市からは、それなりの金額でこのダンジョンを買い取りたい。と提案されたとの事。これに対して家族会議が開かれる事になった。


 スマホは親族や友人からの連絡がうるさかったので電源をオフにして、家族五人での会議だ。


「売っても良いんじゃないか」


「何言ってんだよ!?」


 父の提言に、兄が猛反対する。


「これはチャンスなんだぜ!? ここから俺たちの成り上がりが始まるんだよ!」


 とゴリゴリの体育会系の兄は、ダンジョンを自ら攻略する気でいるらしい。


「本気で言っているの?」


「当たり前だろ?」


 母が心配そうに尋ねると、兄は自信満々にそう答えた。馬鹿だろこの人。


「兄貴、ダンジョンの恐ろしさを分かってないよ。国が運営する公共のダンジョンだって、毎年死人が出るような危険なものだし、そもそも、一般人は立入禁止。ダンジョンに入るには国が発行する探索資格を取得しないと入れないんだよ」


「ぐっ、正論で論破するんじゃない」


 やっぱり何も考えていないなあ。


「でも、売るのはなんかもったいないよ」


 妹としても、我が家に出現したダンジョンを手放すのは惜しいと考えているらしい。下心が見え隠れするな。


「でも、ダンジョンからモンスターが外に出てきて、そいつがご近所さんを襲ったりしたら、うちが訴えられる事になるんだぜ?」


「うう、だから正論で論破しないでってば」


 でも近隣住民に万が一死人でも出たら、億単位のお金を請求されても不思議じゃない。実際、以前あったモンスターのダンジョン外暴走騒ぎで、そのダンジョンを経営していた一家は、近隣住民から集団訴訟を起こされている。


「そう言うお前はどうなんだよ? 何か案があるのか? まさか口だけじゃないだろうな?」


 睨みを利かせる兄に、俺は不敵な笑みで返す。体育会系の兄にびびって頬が引きつっているのはご愛嬌だ。


「そうだね。案と言うか、策ならもう講じているよ」


 俺がそう言った丁度その時、家のチャイムが鳴らされた。


「来たみたいだね」


 インターホンのモニターに映っているのは、イカつい男たちを引き連れたスーツの女性である。


 ◯ ◯ ◯


「まさか既に民間業者に依頼を発注していたとは」


 呆れる家族が見守る前で、探索資格者である男たちが、庭のダンジョンに入る支度を進めている。


「ねえ、お金は大丈夫なの?」


 母が心配そうに尋ねてきたので、俺は笑顔で答える。


「大丈夫だよ。払うどころか、こっちが貰う方だし」


 これに驚く家族。


「ご子息はしたたかですね。ここにダンジョンが出現してすぐに、ネットオークションサイトに、このダンジョン最初の探索権を出品されたのですよ」


 スーツの女性の言葉に、更に驚く家族。どうやらこの女性はダンジョンに潜らないらしい。


「いったい幾らになったんだ?」


 兄が俺の肩を揺する。妹も両親も興味深々だ。


「悪いけど、使い道はもう決めているんだ」


「何だと!?」


 がっくり肩を落とす家族。色々と使い道を頭の中で巡らせていたのだろうけど、悪いね。


「庭を整備して、このダンジョンを探索資格者に開放する」


「それって私の案じゃん!」


 頬を膨らませる妹。


「お前のは家族経営しようって話だろ?」


「違うの?」


「ちゃんと業者を雇って経営するんだよ。家族経営でダンジョンの運営なんてやっていける訳ないだろ」


 俺の意見に嘆息する家族。


「お前は……、しっかりしていると言えば良いのか、ちゃっかりしていると言えば良いのか」


 父に頭をガシガシ撫でられて、俺の脳がジェイクされる。


「出来るなら、その運営も我が社に務めさせて頂けると、有り難い話なのですが」


 とスーツの女性もちゃっかりしている。


「今回の仕事次第ですかね」


「我々も、これが次に繋がる試金石だと分かって来ていますので」


 言ってスーツの女性は、ダンジョン前の男たちを振り返る。


「お前ら! このダンジョン探索! 絶対成功させるぞ!」


 スーツの女性の閧の声に、「おお!!」と男たちもやる気満々で返事をし、探索の準備を終えた男たちが、ダンジョンへの一歩を静かに慎重に踏み出した。プロの仕事だ。


 ◯ ◯ ◯


 その後、丸一日探索して帰ってきた男たちの調査報告によると、このダンジョンは一日では戻って来られない程深いダンジョンらしく、男たちは初日と言う事で、途中で引き換えしてきたそうだ。


 このダンジョン、浅層では、甲乙丙の三等級で一番低い丙級モンスターやトラップばかりだったそうだが、階を降りていく程、モンスターも強くなり、トラップも凶悪に、そしてお宝も豪華になっていく仕様らしい。こういったダンジョンは珍しいらしく、どうやら我が家はダンジョンでも当たりを引いたようだ。


「ぜひ、我が社に」


 とスーツの女性は社長まで連れてきて我が家を説得。その熱意に折れる形で、現在この会社にダンジョンの運営を任せている。


 今までモンスターがダンジョン外に出たとの報告は上がっていない。が、ダンジョン内で重傷を負った者はそれなりに出ているらしい。出来るものなら死者は出て欲しくないな。縁起が悪いし、風評が怖い。なんて考えるのは真剣に挑むダンジョン探索者への冒涜だろうか。


 何であれ、不労所得を手にした我が家は、周囲からのやっかみから逃れるように、家族は都心のマンションに住居を移し、俺だけが今もこの家で暮らしている。


 未だダンジョンの最下層に到達した探索者はいない。

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