ひまわり
おじさん(物書きの)
頭花の太陽
ひまわりの種は食べられるらしい。
縁側に置かれた竹編みのザルに並べられた種を見て、そんな事を思い出した。
家庭菜園をしている母さんが置いたものだろう。
ザルの中の種に手を滑らせてみるとシャラシャラと小気味の良い感触がする。その中から一粒つまみ上げると軽い力で折り曲げて殻を割ってみた。
中から平たい落花生のようなものを取り出すと、躊躇なく口の中へ放り込んだ。
食用かどうかを母さんに確かめようともしなかったのは、すでにビールを飲んでいたからかもしれない。
ほのかに甘くあっさりとした風味、ナッツ類特有の歯ざわりを楽しむには一粒では少なすぎた。
三粒四粒と口の中に運んでいるうちに頭の上で「ポン!」と音がなった。
緩慢に上を見上げるが、古びた日本家屋の天井があるだけだ。何かが落ちた形跡もない。
頭が少し重く感じるのはもう酔いが回ってきたせいかもしれない。
「あら、おかえり。食べちゃったの、それ」
「ただいま母さん。これ食用? もしかして食べたらまずいやつだった?」
「まあ食べても平気だけど、観賞用かな」
「食べる前に聞けばよかったなあ」
「そうね、でもまあきれいに咲いたわよ」
「咲いた?」
そう言うと会話を続けようともせず、母さんは台所へと消える。
縁側から庭を見ると名も知らぬ花が南風に揺れ、その風を頬に感じると頭皮が引っ張られた気がした。
「うわっ」
母さんの言葉の意味を理解したのは脱衣所の鏡を見た時。一瞬で酔いが覚めた。
「……咲いてるなあ」
拳より少し大きい、直径10センチくらいだろうか。頭上にひまわりが見事に咲いていた。
「これは――なかなか可愛いのでは」
頭を動かして様々な角度で眺めてみる。頭の大きさに対してのミニひまわりはバランスが良く、しっかりとして倒れる気配もない。そう、しっかりしている。
髪の毛を掻き分けて頭皮を探ってみると、頭頂部に瘤ができていてそこから姿勢よく生えている。軽く引っ張ると鈍い痛みが頭部に広がった。
「やばい……」
頭部の痛みに現実的な危機感を覚えた。見た目のファンシーさに惑わされて自撮りでもしてみるか? などと考え始めていたが、冷静になってみればどう考えてもやばい。
「母さん、母さん!」
脱衣所からまっすぐに台所に向かうと、母さんは食器を片しているところだった。
「お風呂じゃなかったの?」
「それよりもこれ、コレ!」
焦って言葉も出ないが、必死に頭上のひまわりを指刺した。
「ああ、それね。お花に直接シャンプーとかお湯がかからないように気をつけてね」
「え、ああ……そうなんだ。――いやそうじゃなくてっ」
「うるさい子ねえ。頭花の一つや二つ」
「一個でも十分やばいよっ。どうしたらいいのこれ」
「どうもこうも二週間もしたら枯れてお終いよ」
「二週間もこのままっ」
声が大きかったせいか、台所にはめったに入らない婆ちゃんが顔をのぞかせた。
「――が実るか、バカになるか……」
よく聞き取れなかったが、何事かつぶやくと深いシワをさらに深くして笑みを浮かべたままゆっくりと自室に戻っていった。
「なるようになるから、さっさとお風呂に入っちゃいなさい」
なるようになると言われ、一抹の不安を感じながらも普段通りの行動をするが、やはりすれ違う人々の視線が気になる。かすかに聞こえてくる会話のすべてが自分に向けられた好奇なものであるように感じ、電車内では腫れ物を触るような独特な空気感を味わった。
「センパイ、それすごいっすね」
「ああ、どストレートにコレについて触れてくるお前には助かるよ」
「センパイの家って農家でしたっけ?」
「いや、違うが」
「今って頭花種苗法の改正で未処理のひまわりの種は貴重じゃないですか」
「いや、知らんけど。というか詳しいなお前」
「ネットで話題になっていましたからね」
「そうなのか。自分の頭に生えるまで頭花の存在すら知らなかったよ」
母さんのそっけない対応を思い出すと、自分が知らないだけでコレはそれほど珍しいものでもないようだ。
「やだ、なにそれかわいいんだけど!」
背後からの急な大声に驚いたせいか頭皮がピクピクと引っ張られる。
声の主はあまり話したことのない同僚の女性だった。
「どうして頭にひまわりなんかつけてるの?」
「あ、えーと……」
「どこに売ってるの? オシャレなの? 流行ってるの?」
答えようにも矢継ぎ早に畳み掛けられ、さらに何故か左右に移動している。
「いや、あの。なんでしょうか」
「面白い! このひまわり、私の移動に合わせて首を振るのね!」
「……そうなのか?」
頭皮の動きは感じるが自分では見れないため、後輩にそう聞いた。
「確かにヨーコセンパイに追従して左右に動いてますね」
ヨーコさんっていうのか。大人しそうなイメージがあったが結構違うな――
「どうなってるの?」
言うが早いかヨーコさんの手が伸びた。
「っ痛デデデ――」
「……生えてる。直に生えてる」
「これは頭花と言って未処理の園芸品種の種を食べるとまれに頭から生えるんですよ」
ここぞとばかりに後輩が説明する。
「一部の好事家が恋愛成就になるとかで、未処理の種は高額取引されているようです」
「そうなんだ」
「しかもですね、頭花が枯れた時に運命の人に抜根してもらわないと、頭花が咲いていた間の記憶と大切な人に対する想いや関連する記憶がごっそりなくなるそうです」
「わりと重い事実がサラッと明かされたが?」
「大変! 頭花さんの運命の人を探さないと!」
「急に運命の人を探せと言われてもなあ……」
「まあ、センパイ方なら大丈夫じゃないっすかね」
「え?」
「え?」
とまあ、頭花一連の結末とその種を巡る騒動はまた別の機会に話そうと思う――
ひまわり おじさん(物書きの) @odisan_k_k
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