第11話 過度に膨らんだ嫌いの気持ちは大好きの気持ちと見分けがつかない

 街の外へのびていく道がある。

 晴れた空の下、草原の中をゆったりと北へと向かうアスファルトの道だ。

 街は広がり続けそれに伴って舗装された道路の割合は増えているというけれど、街を出て歩いて行けばいつかは砂利道に突き当たることにもなるだろう。


 わたしは空を見上げ、道の先に目を凝らし、それから振り返ってこれから出ていく街の姿に目を移した。

 わたしが長く過ごしたタルルネシラの姿。


 この街に来て何年が経つだろうか。

 都会は時間の流れがとても速い。

 せかされるように過ごしているとたくさんのことを取り落としてしまう。

 わたしもいろいろなものを落として無くした。

 それらはもう戻っては来ないけど、それでも失うばかりだったとは思いたくないし思っていないのは、わたしは追い出されるのではなく送り出されているってことがわかっているからだ。


「よーし、じゃあ、そろそろ行きますか」


 伸びをしながらそう言うと、


「それを言い続けてもう三十分になるのだがな」


 と、隣から不満そうな声が上がる。

 トモヒコは旅の大荷物の上に腰かけて、そわそわした様子で道の先を見ていた。


「ごめんって。もう浸り終わったからさ」


 わたしは笑いながら荷物を背負いなおした。

 ぐずぐずしていたのは妹を待っていたからだ。

 できれば最後に妹にさようならを言いたかった。


 でも、妹にはアイドルを続けるように言ったのだから、忙しい彼女に別れを言えなくても仕方ない。

 それより彼女には頑張ってほしい。

 サーシャにはとてつもない才能があるんだから。


 わたしたちはこれから北へ向かう。

 北には大きな森がある。

 その森の奥にはエルフの王国があって、昔からのしきたりを守りながらエルフたちが生きている。


「兄は本当にそこにいるのか?」

「どうだろう。手がかりぐらいは残ってるんじゃないかな」


 わたしは今でも故郷は嫌いだ。

 というか生理的に、反射的に、怖いという気持ちが来てしまう。

 それでも向かう理由は、もちろんトモヒコのお兄さんを探すためだ。


 わたしは昔、森の中で旅人と会ったことがある。

 その人はわたしにタルルネシラの街の噂とアイドルになるという夢をくれた。

 彼がまだあそこにいるとは思えないけれど、でも多分あれがトモヒコのお兄さんだったんだろう。


「本当か? 本当の本当に兄か?」

「うん。名前訊いた時、確かヤスなんとかって言ってたし、思い返せば蛍光イエローだった気もしなくもないし」

「なぜそんな重要な情報を黙っていた」

「いや、外の人だし変な名前でもそんなもんかなあって、あと金髪に見えなくもなかったからわたしたちにとっては珍しくもないよ」

「しかし会ったのは何年も前なのだろう? 本当に兄なのか?」

「そうだねえ。でも考えてみたらこっちとそっちの時間の流れって一緒なのかな。違うんじゃない?」

「それは確たる根拠があって言っているのか?」

「いや?」

「これだから愚か者は……」


 言いながら、苛立ちながら、それでもトモヒコはうれしさが勝っているようだった。らしくもなく笑みにも似たものが顔に浮かんでいるようだ。


「早速出発するぞ」

「うん。三十分経ってるけどね」


 歩き始める彼の背中を追って、わたしも足を踏み出した。

 少し遠ざかったところでもう一度振り返る。

 そこにはやっぱりタルルネシラの街がある。

 わたしの第二の故郷。

 わたしは故郷が嫌いだ。この街も嫌いだ。この街の人々が嫌いだ。妹が嫌いだ。自分が大嫌いだ。


 でも、過度に膨らんだ嫌いの気持ちは大好きの気持ちと見分けがつかない。

 そういうことなのかもしれない。


 好きと嫌いをないまぜに、わたしは今日を歩いて行く。

 明日もきっと歩いてる。


 またねって街につぶやいて、視線を前に戻した。



(終わり)

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高度に発達したファンタジー都市は現代日本と見分けがつかない 左内 @sake117

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