letters 05

 元気ですか?


 実は謝らないといけないことがあります。朋美が俺と暮らしたいと言っていた事だけど、どうやら叶えてあげることが出来なくなってしまったようです。そして、会うことももう無理かもしれない。この手紙を読んでる時は、きっと俺が旅立った後だろうか。

 また朋美を泣かせてしまうかもしれないと思うと、正直怖いよ。

 待ち合わせした日、きっとたくさん泣かせたよな。本当にごめん。

 両親が亡くなって、朋美をどんな形でも支えてあげなくちゃいけなかったのに、それすらできなかった。こんな馬鹿な兄をどうか許してほしい。

 そしてどうか、泣かないでほしい。辛いこともまだまだたくさんあると思うけど、朋美には笑顔で乗り越えてほしい。

 俺がいなくても生きて、幸せになれよ。

 それだけを心から願ってる。

 


 視界が涙で滲み、頬を伝う雫が次々に手紙と手の甲を濡らす。そんなわたしの背中を慰めるように、雅樹は優しく叩いた。


「あと、洋平から頼まれたことがある」


「なんですか?」


「君を支えるようにって」


 顔を上げると、困った顔を浮かべる雅樹の顔があった。少し言いづらそうに、けどはっきりとした口調で告げる。


「君を支えていく方法なんて俺には分からないし、俺に洋平の代わりが出来るなんて思ってない。けど、そんな俺にできる事があるとすれば……それはひとつしかない」


「それって」


「朋美さん、俺と文通しませんか?」


 涙を拭い、わたしは目を見開く。


「ずっと洋平の代わりに手紙を書いていた俺にしか出来ない方法だろ?」


「雅樹さん」


「きっと洋平もこうなることを願ってたんだと思う」


 そう優しく微笑んでくれた雅樹の顔が何故か兄の顔と重なって映った。


「朋美さんが嫌じゃなかったらだけど」


 その言葉にわたしは小さく頷く。


「よろしくお願いします」






 *** ***






それから2年の歳月が流れ、わたしは兄のことをきっかけに医療関係の大学へ進んだ。兄との夢は実現できなかったけれど、兄のように苦しむ人や、それを支えようとしている家族の力になりたい。それがわたしの今の夢であり、願いだった。


 それでも時には、辛いことや苦しいこともある。しかし、それを励まして見守ってくれたのは、近くにいる両親だけではなかった。

 兄の四十九日以来、月一回の頻度で届く雅樹からの手紙だった。



 元気ですか?

 俺は無事、就職が決まりました。

 お互い忙しくなりそうだけど頑張るしかないですね。くれぐれも無理しないで。



 特に慰めや励ましの文章が書いてあるわけではなく、前と変わらない他愛ない日常の出来事を綴っただけの短い手紙。

 兄の代わりをしていたせいか、始まり方はいつも同じだった。それを見る度に兄を思い出す。だけど、もう涙は出なかった。


 兄の死を受け入れたわけでも、乗り越えられたとも思っていない。けれど、泣いてばかりではいけないと思い直した。前へ進み、兄の願い通り笑顔でいようと決めたのだ。

 こんなにも前向きになれたのは、やはり雅樹の手紙のおかげだろう。


 しかし、肝心のお礼をまだ言えていない。

 何度も感謝の言葉を手紙に書こうとペンを握ったが、それを文字にすることができなかった。


 これだけは手紙で済ませたくない。

 きっと、またいつか会えることを信じて、感謝の言葉を胸の中にしまった。










 それからまた季節は巡り、わたしは再び兄のお墓の前へ立つ。

 兄が亡くなって、ちょうど3年。


「お兄ちゃん、久しぶり」


 そう語り掛けながら、視線を足元に向けた。

 そこには新しい花束が供えられている。


「誰か来たのかな?」


 しゃがみ込み、自分の花束をお墓の前に置いた直後だった。ゆっくりとこちらに近付く足音が聞こえてきた。そちらへ顔を向けると、驚いた顔でわたしを見据える雅樹と目が合う。


「雅樹さん、お久しぶりです」


「久しぶり。今日会えるとは思ってなかったからびっくりしたよ」


「わたしもです」


 兄の命日。

 行くことは伝えていたが、時間までは伝えていなかった。


「元気そうだね。安心したよ」


 安堵したような笑みを浮かべ、雅樹はわたしの隣へ立った。わたしは立ち上がり、雅樹に体を向ける。


「雅樹さんのおかげです」


「ちゃんと支えになれてたかな?」


「もちろんです! 感謝してもしきれないぐらいです。それでも、言わせてください」


 勢い良く頭を下げる。戸惑う雅樹がわたしの名前を呼ぶのが聞こえたが、それを遮るように大きな声で言った。


「雅樹さん、ありがとうございました!」


「朋美さん?」


「雅樹さんがいなかったら、お兄ちゃんに会えないままだったかもしれない。何も言えないまま、何も知らないまま終わっていたかもしれないから」


 頭を上げると、そこには照れ笑いを浮かべる雅樹の顔があった。それを見て、やっと心が軽くなったのを感じた。



 元気ですか?

 こう書くのが癖だったよね。きっとお兄ちゃんのことだから、気付いてなかったよね。

 実は、初めて貰ったお兄ちゃんからの手紙、わたしも部屋の壁に飾ってあったんだよ。

 知らなかったでしょ?

 お兄ちゃんはわたしの支えになってあげられなかったって思ってたみたいだけど、そんなことなかったよ。今まで届いた手紙はわたしをずっと支えてくれてたんだよ。

 だからもう大丈夫。わたしにはお兄ちゃんの手紙がたくさんあるから、もう泣いたりしないよ。約束通り笑顔で頑張っていくから安心して。

 今まで本当にありがとう。

 さよならは笑顔には似合わないから、言ってあげないからね。

 その代わり、これだけは言わせて。


 大好きだよ。

 わたしにとってお兄ちゃんは、世界一かっこいい最高のお兄ちゃんだった。




 これがわたしから贈る最後の手紙です。



                                          (完)

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わたしのラストレター 石田あやね @ayaneishida

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