第3話 一か月後




「バカタレ‼」


 その声と共に、バチィィイイと爽快な音が、会議室に響き渡った。


 俺は頭を撫で、出所不明なハリセンを見る。


「……毎度、思うんですけど、そのハリセンってどこから取り出してるんです?」


「これはエクスカリバーだ」

「いや、ハリセンですよね」

「エクスカリバーだ」


「……はいはいわかりましたよ、エクスカリバーですね。で、そのエクスカリバーはどこから取り出しているんです?」


 したり顔でニヤリと微笑むスザンヌ。


「企業秘密だ」


 俺は頬を引き攣らせて、スザンヌの頭を叩く。

 涙目で訴えるスザンヌ。


「おい、今なんで叩いた⁉ 僕の脳は世界遺産なんだぞ、今の衝撃で支障したらどうしてくるんだ‼」


「ムカついたからです。でも、大丈夫ですって、すで、ポンコツなんですから」


「ポンコツじゃない。世界一の頭脳だ」


「自称ですよね。さすがに24歳なんですから、そんな誰得な自称がやめた方がいいですよ。それに、見ていて、痛々しいです」


「痛々しいだと⁉ おい君、今のれっきとした侮辱罪適用だからな。今まで、見逃してきたが、さすがに今日ばかりは許さんぞ」


「そんなしょうもないことはいいんで、さっさと話を進めてくださいよ」

 

 ぎょろっと唇を尖らすスザンヌ。


「しょうもなくない……覚えておけよ‼」

「はいはい」


「それで、逃げたゴキブリの追跡は?」


 俺は肩をすくめて、答える。


「したんですが、逃げられました。光学迷彩できるらしく、追うにも追えないという状況です」


「……つい光学迷彩まで、手にしたか。ほんと、生物の進化とは恐ろしいものだな」


「恐ろしいどころか、普通に化け物ですよ」


「おい、さすがに僕の生き物を怪物呼ばわりするのは納得いかないぞ」


「なら、飼育手伝ってくださいよ」

「それは無理だ」

「ほんと、主任って無責任ですよね」

「仕方ないだろ、トラウマになってるんだから」


「なら、部下を増やしてください」

「してやりたいが、予算の関係で無理だ」


「それって、主任が人件費無視して、開発費に注ぎ込んでいるからですよね」


 スザンヌはあからさまに、そっぽを向く。


「……安心してくれ。君の給料にはまだ手をつけてないから」

「当たり前です」


 俺はこめかみに手を当て、大仰な溜息をつく。


「で、逃げたゴキブリどうします?」


「本来なら僕が直々捕獲しに行きたいが、室内ならいざ知らず、室外だからな。いくら、僕でも、手がかりがなければ特定できん」


「でも、放置はまずいですって。人類的に」

「大丈夫だよ。人類には核爆弾がある。ほんとにヤバかったら使うだろ」


「いや、ゴキブリ一匹を殺すために、兵器はやり過ぎですって。そもそも、そんなことしたら、俺たちも一溜まりもないですよ」


 何か悟った顔つきで、スザンヌは告げる。


「……よし、聞かなかったことにしよう」

「それ、本当に大丈夫です?」


「良いんだよ。バレなきゃ。どうせ一匹だろ、一匹だけなら、この場所を特定される可能性が低いし、誰が作ったかなんてわかるはずがない」


「ほんと、人としてクズですね。人類より自分のこと真っ先に優先する当たり」


 スザンヌは眉をひそめ、声を震わす。


「おい、このミスは君だろ。僕のせいじゃない」

「そうですけど、さすがに、サイズ的に飼育するのは無理ですって」


「さすがに、キツイか」

「もう200㎝越えましたからね。新生ゴキブリ」


 両手をひらひらさせて、頬を緩ませるスザンヌ。


「いやはや、ここまで進化するとは、僕の天才ぶりに脱帽だよ」


 俺は目を細め、スザンヌを睨む。


「自画自賛してないで、どうかにしてください」


 スザンヌはやれやれと頷く。


「わかってる。僕だって、何もせずに引きこもってたわけじゃない」


「なら、さっさと対処してくださいよ」


「いいだろ。すで、準備してある。さっきに行って、待っているといい」


 × × × 


 ゴキブリを飼育し始めた当初より、一回りも二回りも拡張された地下秘密基地。


 スザンヌの手には、トランペットに回しハンドルを付けたような玩具。


 俺は頬を掻き、恐る恐る問いかける。


「主任、そのいかにも百円ショップの玩具コーナーにありそうなガラクタはなんです?」


「失礼だな。コレはゴキブリを自由自在に洗脳できる洗脳装置、ヘッドブレーカーだ。これで、僕を凌辱した罪を償わせてやる」


「そんな決め顔で言われてもわかりませんから、てか、普通に怨恨ですよね」


「うるさい。君にわかるか‼ 一週間もヌルヌルした気持ちは‼」


「あー、あれは本当に酷かったですよね。だんだん臭くなって、主任もろともゴミ箱に捨てたいと思いましたから」


 頬を強ばらせるスザンヌ。


「……考えるのは脳内だけにしたまえ」

「わかってますよ。で、効果はあるんです?」


「あるとも。コレを使えば、新生ゴキブリを自由自在に操れる」


「そういって、前にも似たような物作って、ビル一つ倒壊させたと思うんですけど」


「昔の話だ」

「でも、社長に説教されて泣きべそかいてませんでしたっけ?」


 ぎゅと唇を尖らすスザンヌ。


「君、僕を侮辱するのはいいが、あとで、泣いて後悔しても知らないからな」


「なら、早速見せてくださいよ」

「いいだろ」


 スザンヌはゆっくりハンドルを回す。

 別々に行動をしていた新生ゴキブリたちが、一斉に動きを止める。二足で直立し、ラジオ体操を始める。

 

 ゴキブリたちを指差して、ほくそ笑むスザンヌ。


「ほら見た前、この集団行動を‼」


 俺は目を見開き、声を震わす。


「うわぁ、絵面酷いですね」


 眉をひそめるスザンヌ。


「酷くない。壮大だ、の間違えだろ」

「いや、さすがにコレは悪い意味で十八禁ですよ。でも、ちゃんと洗脳してますね」


「だろ。コレに一億円を賭けたかいがある」

「……一億円もかけたんですか」

「何か悪いか」

「いや先月、金なくて夜逃げしたんですよね?」


「あぁ、君も知っての通り、偽札作りで打開したが、これが失敗すると後がない。次はドラッグ密輸の手伝いだ」


 俺は目を細める。


「……もう大悪人に転職した方がいいですよ」

「僕は天才科学者だ。断じて、大悪人じゃない」


「行動と実績が合ってないですって。普通に見れば、主任の業績が明らかに黒です」


「黒じゃない。灰色よりの黒だと言い直したまえ」

「いや、黒に近い時点でアウトですって」

「うるさい。結果さえよければ、いいだろ」


 俺はやれやれと肩をすくめる。


「で、どうやってゴキブリを洗脳してるんです?」


「いや、厳密にはゴキブリを洗脳してない。間接的に洗脳してるんだ。成長が著しい新生ゴキブリにどこかまで通用するか、わからなかったからな」


「なら、どうやっているんです?」


「君、ハリガネムシって知ってるか?」

「まぁ、一応。虫に寄生するやつですよね」


「そうだ。僕はそれを利用して、ハリガネムシを意図的に操作する装置を作った。それがヘッドブレーカーだ」


 俺は渋い顔に作り、目を細める。


「あの何となく、嫌な予感がするんですけど、もしかして、俺の知らない所で、ゴキブリたちにハリガネムシ与えました?」


 屈託な笑みするスザンヌ。


「あぁ、三週間かけて与えたよ。体内で成長してくれないと、操れないからね」


「……主任って可愛い顔して、結構エグいことしますよね。ちょっと、一般人が引くようなこととか」


「科学者なら、当然だろ」

「当然だろって言われてもわかりませんから」

「そんな事より、コレを使えばやりたい放題だ」

「……普通に遊ぶつもりですよね」


「当たり前だろ。僕を凌辱した罪は重い」


「自業自得だと思うんですけど、てか、甘噛みされただけですよね」


「うるさい。まず始めにコマネチ、次にスクワット、そして最後にフローズンVショットだ」


 勢いよくハンドルを回すスザンヌ。


 新生ゴキブリらが、よくわからないポーズを始める。室内に、カバやライオン、アヒルといった動物の雄叫びが響き渡る。


 ヘッドブレーカーを見て、俺は眉をひそめる。


「主任、このガラクタ、おかしくないですか?」


 手を止め、目を細めるスザンヌ。


「君、僕の名作をガラクタ呼ばわりするのは万死に値するぞ」

「外見がダサいんだから仕方ないでしょ」


 顎に手を当て考え込むスザンヌ。


「……やっぱり、外見は凝った方がいいか」


「そんなことはいいんで、手元に見てください」


 見開くスザンヌ。


「ふむ、可笑しいな。煙が出る設定をした覚えはないぞ」


「それに、ゴキブリが可笑しいですよ。なんか、酔った中年男性のような千鳥足なんですが」


「そうだな。あの感じだと、路上にそのまま寝て、警察官に諭されるも起きず、そのまま交番に補導される勢いだ」


「そんな、しょうもないこと語ってないで対処してください」


 瞬間、大きな音を立てて爆発する。


「ゲホゲホ、生きていますか主任」

「なんとか」


 壊れた破片を見て、声を震わすスザンヌ。


「僕の一億円が‼」

「そんなことより、主任。ゴキブリたちが⁉」


 新生ゴキブリが足音を立てて、逃げていく。


「そんな馬鹿な⁉」

「さっきの爆発で檻が壊れみたいです」


 慌てて声を震わすスザンヌ。


「非常時の防衛システムを起動するんだ‼」


 俺はスマホを手に取る。


「無理です、故障してます」


 頬を引きつらせ、かなり声を上げるスザンヌ。


「そんな⁉」

「もう、諦めましょう。そして、自首しましょう」


 首を左右に振るうスザンヌ。


「却下だ。まだ、バレてないはずだ」


 蔑んだ目で、俺はスザンヌを見る。


「本気で、そう思います?」

「本気だとも」

「絶対、無理ですって」


「無理じゃない。とにかく、僕たちはあの生物を知らないってことで、話を通す」


「いやいや、 ここまでド派手にやって気づかない方が可笑しいですよ」


 歯を食いしばるスザンヌ。。


「くっ、でもやるしかない」


「てか、ゴキブリ絶滅の件はどうするんです。頃合い的に気づいていますよね、さすがに」


「いや、まだ大丈夫だ。お偉いさんたちは、食中毒で寝込んでいるから」


「……しっと、とんでもないことしてますね」


「なぁに、天才の僕にかかれば、こんなことお茶の子さいさいだよ」


「いや、誉めてませんから」


「それよりも、ここの施設どうします?」


「……といっても、僕は知能担当だから、ここの後始末は肉体担当の君の仕事だろ」


「嫌ですよ。いつ決めたんです?」

「始めからだ」


「始めて知りましたよ。てか、知能担当って言っておきながら、大したこと物作ってませんよね」


「おい、今の発言は聞き捨てならないぞ。僕は生み出すの名作だけだ」


「よく、この惨状を見て言えましたね」

「理由はどうあれ、結果は出ているからな」


 俺は大仰な溜息をつく。


「ほんと、主任って人でなしですよね」

「うるさい」


 こうして、ゴキブリの飼育は呆気なく終わった。


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G、絶滅しました 麦猫 @0707snow

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