第2話 一週間後
「で、進捗はどうだい?」
主任ことスザンヌが話かけてきたのは、俺が飼育員になって、一週間後のことだった。
今いるのは、社内の地下秘密基地。
現在はゴキブリ養殖場として、スザンヌの隠蔽工作のため、フル稼働している。
スザンヌは無い胸を張って堂々としている。
俺は作業する手を止め、やれやれと口を開く。
「進捗云々より、こいつら本当にゴキブリです?」
「ああ、ゴキブリのDNAが含まれているから、ゴキブリだ」
「……体長100cm超えているんですけど」
スザンヌは新生ゴキブリがいる檻を眺める。
「別におかしくないだろ。ゴキブリなんだから……それにしてもだいぶ成長したね。さすが、僕が生み出した新生ゴキブリだ」
「いやいや、さすがに無理がありますって⁉」
「そんな騒ぐな、ゴキブリたちが怯えるだろ」
「……主任だけには言われたくないです。それにですよ、普通のゴキブリって全長0.6から7.6cmですよね」
「君、そのネット情報をそのまま取ってきたよう平均値を参考にするのは関心しないぞ」
「いいでしょ、大雑把な基準さえ分れば」
スザンヌは溜息をつく。やれやれと両手をヒラヒラさせ、スザンヌは肩をすくめる。
「あのね君、ゴキブリといっても、種類ごとに全長が異なるんだし、調べるなら、論文や本を参考にしたまえ、だから万年三流部下なんだぞ」
「……三流なのは認めますが、一週間も部下を放置した上司に言われてたくないです」
「大人の事情ってやつなんだから、仕方ないだろ。そのくらいわかりたまえ」
「いや、主任の場合、普通に個人の事情ですよね」
「個人の事情だろうと、忙しいのは変わりないんだから、いいだろ」
「それ、単なる自己中ですから」
スザンヌはそっぽを向く。
「うるさいな」
「そもそも、ですよ。上司なら、事前に教えるっていうのが筋ですよね」
スザンヌはぎゅつと唇を嚙む。
「くっ……一理あるな」
「でしょ、なら聞きます。最大のゴキブリって何cmです?」
「僕の知識だと、ヨモイモグラゴキブリだな。全長9cmを越えるって言われている」
「……なら、余計可笑しいですって。主任、一体こいつらに何のDNA入れたんです⁉」
「いいだろ。そんなこと、たった10倍の誤差だ」
「いやいや、誤差範囲を超えてますって⁉」
スザンヌは胸を張って、腕を組む。
「人間より小さいんだから、正真正銘ゴキブリだ」
「そんな自信満々に言うことじゃないですから、てか普通に基準おかしいですよ」
「四の五のうるさいな。ゴキブリは太古からいるんだ。現代の知識だけで、ゴキブリを語るのは些かお門違いだろ」
俺は渋い顔になる。
「……確か、そうですけど」
「それにだ、人間だって産まれた時から百センチを超えるわけじゃない。それと同じだ。……なので、僕は悪くない」
「いやいや、絶対主任が悪いですって」
「なんでもかんでも、僕のせいにするな」
「今までの経験上、大抵主任の仕業ですって。いい加減認めてください」
「認めん」
「駄々こねられても、事実です。それに、こいつらの鳴き声ライオンやアヒルなんですよ。一般常識的に、ゴキブリから動物の声が聞こえるっておかしいですからね⁉」
「……生物進化はまだ解決されてないことが多い。そのくらいあり得るだろ」
「いやいや、いい加減、可笑しいって自覚してください」
「君、僕の言葉を信じられないのか?」
「はい、これぽっちも」
「……即答されると傷つくんだが」
「自業自得です」
「ほんと容赦ないな」
「で、この一週間、俺に飼育任せて何したんです?」
「偽札作りだ。マフィアのおじさんたちに、捕まって製造マシンを無理やり作らせていたんだよ。解放されたのが、昨日だ」
俺は大仰な溜息を吐く。
「もう科学者やめて、狂気の科学者目指した方がいいじゃないですか」
「黙れ。僕だって、わかった上で協力したんだ。なら、普通、水を差さないもんだろ」
「いや、同意した段階で罪は重いですって」
「重くない‼」
「でも、通貨偽造罪適用されますよ。バレたら、ゴキブリ云々より先に牢屋行きですよ」
スザンヌは歯を食いしばる。
「くっぅぅ、僕だってわかってる。そのくらい」
「本当です?」
「……なんだ、その罪人を見るような目は」
「事実でしょ」
「そうだが、僕の場合は嫌々だ。それにだ、僕だって善行の一つくらいしてる」
「それに準じて余りある悪行を積んでますけどね」
スザンヌは唇を尖らす。
「うるさい。言っておくが、今さら逃げるなんて無しだからな」
「もし、逃げたら?」
「僕が泣く」
「やけに素直ですね。本当に、それだけですか?」
スザンヌはニヤリと微笑む。さも当然のように口にする。
「君の内部情報が、世界全土に拡散する」
「……とんでもないことしますね」
「でも、安心してくれ。ハレンチなデータは、僕が責任をもって削除したから」
俺は目を見開く。あまり知りたくない現実を知るべく、俺は恐る恐る聞き返す。
「……今、なんて言いました?」
「僕が責任をもって削除したって、言ったんだが。結構な量があって、一日かかってしまったが、その分だいぶ軽くなったぞ」
「……確認してもいいですか。そのファイルたちってA~Eで分かれていて、○○騎乗や何分何秒エビ反りって、書かれていました?」
「あぁ、よく分析してあって、見応えがあったよ」
俺はその場に倒れ込む。
「う、あぁ、あぁぁぁ~」
俺の掠れた叫び声が響き渡る。
それから数分後。
スザンヌは泣きた止んだ俺の肩に手を置く。
「ほら、元気だせ。ちゃんとバックアップは取ってあるから」
俺は恐る恐る頭を上げる。
「……本当です?」
「本当だとも。僕だって、人の心くらいある」
「さすがに、それは過大評価だとと思うんですが」
「おい、人がせっかく、救済の手を差し伸べてあげているのに、その言い方はないだろ」
「間違えでした。主任は我が社が誇る世界一の天才科学者で、仁愛に満ちた人です」
スザンヌは目を細める。
「とんだ、手のひら返しだな」
「俺は波風を立てず流されるのが、流儀ですから」
「いや、それ流儀しちゃダメだろ」
「それで、データは?」
「責任をもって実家に郵送したよ。妹ちゃん宛てにしたから、後で確認するといい」
「……郵送しちゃったんですか?」
「あぁ、アナログの方が安心だからな」
「いやいや、デジタルアナログ云々より、人としても問題ですよね。それ?」
「おいおい、さすがに、僕も郵送のマナーは知ってる。ちゃんと、兄の性癖趣向って書き添えたから、大丈夫だ」
俺は、覇気がない笑みを浮かべる。
「……はっはっはっ、死にたい」
「ほら、そんな絶望した顔してないで、さっさと作業に戻りたまえ」
「その原因は、間違いなく主任ですけど」
「バックアップあげただろ」
「そういう問題なら、こんなに落ち込んでません」
「世の中に理不尽が付き物だ。受け入れろ」
「……なら、主任も諦めて自首してください」
スザンヌは視線を逸らす。
「それはそれ、これはこれだ」
「ほんと、
俺は溜息を吐く。
大人しかったゴキブリたちが雄叫びを上げる。
スザンヌは目を見開く。
「一体何事だ?」
「さぁ、いつも一斉に騒ぎ出すんですよ。理由はわかりませんが」
スザンヌはニヤリ微笑み、顎に手を当てる。
「ふむ、面白そうだな」
ゴキブリの檻に近づくスザンヌ。
「そんなに近づかない方が……」
「大丈夫大丈夫」
「そいつら、捕食してきますよ」
「何を馬鹿な。いくら、僕でもゴキブリを肉食にした覚えはないよ」
「ならいいですが」
ゴキブリ体表をパチパチと叩くスザンヌ。
「ほら、ほら見たまえ、大丈夫だろ。この光沢のなる艶、そして二つの触覚。正真正銘ゴキブリじゃないか」
スザンヌの腕がゴキブリに噛みつかれる。
「うああっぁあぁぁ僕の腕があぁ」
「言わんこっちゃない」
「助けてぇくれぁぁ」
「はいはいわかりましたよ」
× × ×
「はぁはぁ、死ぬかと思った」
窓から夕陽が差す、会議室。
全身を透明な粘液でコーティングしたスザンヌを見て、俺はやれやれと口に開く。
「ちょっと、体液飛ばさないでください」
「仕方ないだろ。取れないんだから」
「注意したのに、のうのうと近づいたのが悪いんでしょ」
頬を膨らませるスザンヌ。
「わかってるよ。でも、一体あの生き物はなんだ?」
「俺に聞かれても知りません」
「僕だって、あんな生き物作った覚えはない」
「いや、主任が作ったんでしょ」
「そうだが、計算ではあんな凶暴に進化するはずはなかった」
「そんなの知りませんよ」
「……もういっその事、こいつらがゴキブリを絶滅させたってことにしよう」
「大罪の上に大罪を重ねましたね」
「うるさい。けど、ほんとにどうしよう?」
「もう諦めて、自首してください」
「嫌だ」
「じゃぁ、首チョッパですね」
「ちゃうわ」
「でも。こんな化け物世に出たら、ゴキブリの絶滅どころじゃないですって。普通に、人類の破滅ですよ」
「……そこら辺はおいおい、考えよう」
こうして、一週間分の報告会は終了した。
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