【書き下ろし番外編】初めての嫉妬?②


 

 ――ダン!


 矢が的のど真ん中を射貫き、爽快な音を響かせる。


「おみごとです、クリスタ様」


 ラルフさんが賞賛の声をあげ、パチパチと手を叩いた。

 的には他にも私の放った矢が四本突き刺さっている。五矢放って全て命中した。


「さあ、どんなもんです」


 私は弓を手にしたまま得意顔でアレク王子に話しかける。

 ここに至るまで私は、教えられてもいないのに完璧な素振りを披露したり、騎士団の敷地を十周走ったり、腕立て伏せを五十回やってみせたりもしたのだ。

 そこまでしても、アレク王子は珍獣を見るような目を向けてくるばかりで、褒め言葉の一つもかけてくれなかった。

 思い通りにいかなかったことが悔しいのだろう。そろそろ先ほどの無礼な発言について謝罪してもらいたいものだ。 


「侮るようなことを言ってすまなかったな。ここまで出来るとは思わなかった。見直したぞ」

「えっ?」


 今のタイミングで謝ってくるとは思わず、拍子抜けしてしまう。二周目の彼はなぜか少し意地悪なところがあって、素直じゃなかったから。

 こんなふうに感心されると、こちらも素直にうれしくな――いや、ダメだって、こんなことで喜んじゃ!

 むしろこの展開はまずいのでは……?


「お前には武術に関しても見込みがあるようだな」


 ……ほら、やっぱり。また期待値があがってしまってる。

 ポンコツ聖女に徹しようと思っていたのに、見くびられたことで負けん気が働き、つい本気を出してしまった。


「その技術と体力はどこで身につけた?」


 不思議そうに腕を組んで問われ、私はあたふたしながら答える。


「いや、ほら、私、猟師の娘ですから。父によく連れられていった狩りで」


 走り込みと素振りに関しては、一周目でラルフさんに疲れにくい走法や木刀の扱い方を教わったのだけど。まさか、「ラルフさんに習った」とは言えないからね。弓術と基礎体力に関しては父に鍛えられたから、嘘をついているわけでもない。

 聖女の力を使ったと誤解されるようなことはしていないし、今回の失態はそこまで大きなミスではないはずだ。


「お前は女なのに狩りをするのか?」

「え、ええ。まあ」


 また物珍しそうな目をして問われ、私は苦笑いを浮かべて返す。

 年頃の乙女にここまでの腕力と体力を披露ひろうされれば、貴族の男性ならもう女としては見ないだろう。男に混じって狩りをするような女であれば尚のこと。もはや珍獣のようにしか思われていない。

 かえって、これでよかったのかも。――なんて思ったのだが。


「おもしろい。お前のような女は初めてだ。がぜん興味が湧いた」

「……は?」


 予想とは真逆の反応に、目をしばたたき聞き返す。

 興味が湧いた? って、珍獣に?

 金銀や財宝には興味がなく、ストイックだと言われている『氷の王子』が?

 王族のくせに、だいぶ嗜好しこうが変わってない?


「ラルフ、クリスタの基礎訓練はお前に任せると言ったが、俺もできる限り時間を作って指導しよう」

「なっ! 何言ってるんですか!? 殿下は政務でお忙しいでしょう? ご遠慮させていただきます!」 


 私は手と首をブンブン横に振って拒絶する。アレク王子とは極力関わりたくないのに、冗談じゃない。


「時間については、やりくりすればどうにかなる。睡眠時間を削ってでもお前を自分の手で育ててみたくなった。かなり武術の才能があるようだからな」

「いえっ、多少体力があって弓矢を扱えるくらいで、武術の才能なんかありませんって! 私なんかの訓練にあなたの貴重な時間をくなんて、申し訳ないですよ。全部彼に教えてもらいますから。ね、ラルフさん?」


 腕を掴んで問いかけると、ラルフさんは少しの間アレク王子の不機嫌な顔を観察し、口角をあげて答えた。


「そうですね。殿下はやはり政務でお忙しいでしょうし、私が指南いたします」


 彼が一瞬だけニヤリと笑ったように見えたのは気のせいだろうか。


「それではクリスタ様、まいりましょうか。施設のご案内がまだでしたので」

「はい、ラルフさん。よろしくお願いします!」


 いつもと同じように優しく微笑みかけられ、私は安堵の笑みを浮かべて返した。

 紳士らしくエスコートしてくれようとしたのか、ラルフさんが手を差し伸べてくる。

 私は笑みを浮かべたまま、彼の手を取ろうとしたのだが。


「待て。勝手に話を決めるな」


 アレク王子が私の手を掴み止め、ラルフさんを睨むように見すえて告げた。


「まだ時間はあるから、クリスタの案内は俺がする。訓練も毎日俺が見るからな」

「ま、毎日ですって~!?」

「ああ。日によってはラルフの方が長く担当することもあるだろうが、可能な限り俺が指導してやろう」

「いえいえ、だから遠慮しますって! さっき言った通り、武術に関しては特別な才能もありませんし、私はラルフさんに教えてもらった方が――」

「反論は受けつけん。これは決定事項だ」

「そんなっ!」


 私は反感の声をあげ、ラルフさんにすがるような目を向ける。

 どうか昔――一周目と同じのようにアレク王子をいさめてほしい。

 だが、私の期待もむなしく、ラルフさんは小さく首を横に振り、肩をすくめて言った。


「仕方がありません。殿下は一度決めたことは決して曲げないお方ですから。言う通りにいたしましょう」

「……ラルフさぁん」


 彼にすがりつこうとした私の手を、アレク王子が不機嫌な顔をしたまま引き寄せる。


「行くぞ、クリスタ。隣に来い。お前は俺の婚約者でもあるのだからな」


 そう言って手を強く握られ、私の胸はにわかに熱を帯びた。

 どうしてまた婚約者であることを強調するの?

 今まで婚約者として扱ってくれたことは一度もないのに。

 手を握られたのも初めてだし……。


 まさか、私とラルフさんに嫉妬を――いや、『氷の王子』と呼ばれている冷淡な彼に限ってそれはない。私が反抗的な態度ばかり取っているから、苛立って意地悪をしているだけだろう。

 心臓が落ちつかないから、とりあえず離れてほしい。


「わ、わかりました。案内には従いますから、まずは手を放してくださいっ」


 これ以上親しい関係になるわけにはいかない。五年後には後腐れなく別れられる距離感を保っておかなければ。


「いや、お前は俺に反抗ばかりしていて、逃亡する可能性があるからな。このままでいく」

「逃亡なんかしませんって! だから放してください!」


 必死に訴える私だったが、アレク王子は聞く耳を持ってはくれなかった。

 私の手を握ったまま、武器庫の方へと突き進んでいく。

 何度要求しても、私を解放してくれそうな気配はない。

 本当に、一度決めたことは決して曲げない人間のようだ。


「もうっ!」


 彼とは関わりたくないっちゅうのに、どうしてこうなっちゃうのよ、序盤から!


 結局、アレク王子は騎士団領を案内する間、手を放してくれることはなく、私はずっと胸や手に熱を覚えながら悔やんでいた。


 

 ――こうして、アレク王子は私の訓練にいちじるしく干渉し、徐々に執着してくるようになる。


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【9月26日発売】死に戻り聖女は完璧王子の執着から逃れたい【番外編】 青月花 @setu-hana

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