【書き下ろし番外編】初めての嫉妬?①



「クリスタ、お前には今日から騎士団での訓練に参加してもらう」


 聖女になって四日目の朝、部屋にやって来たアレク王子が突然こんなことを言い出した。


「えっ、今日からですか?」


 予想外の要求に、私は目をぱちくりさせる。

 一周目で訓練への参加を言い渡されたのは、もっと先だったと思うのだけど。

 昨日、一周目の記憶を駆使して侍女の母親を助けたせいで、聖女としての期待値があがり、訓練の日程が早まってしまったのだろうか。


「何だ、不満か?」

「い、いえ、そういうわけじゃないんですけど……」


 訓練はいわば、レークラントの聖女に課せられた義務だ。聖女の力がないのだから、訓練への参加という最低限の務めだけは果たさなければならない。城の人々や民から批判を浴びないように。平穏無事に暮らすためには。


「なぜ聖女が訓練に参加する必要があるのか、疑問には思わないのか?」

「ええ、特には。レークラントの聖女は魔物討伐に参加しなければならないんですよね? 神聖魔法を使って魔物や瘴気しょうきを浄化したり、傷ついた騎士を癒やしてサポートする役割もあるのだと聞きました。訓練に参加して基礎体力を身につける必要があるのだとか」


 ついスラスラ答えてしまった私を、アレク王子が「ほう」と感心した様子で見つめてくる。


「よくそこまで知っているな。誰に聞いたのだ?」

「えっ、えっと、聞いたんじゃなくて、自習したんですよ。王宮の書庫にあった本を読んで」


 私は慌ててはぐらかした。一周目で訓練を開始する前にアレク王子から説明を受けたのだが、まさか「あなたに聞いたんですよ」とは言えない。


「そうか。始めはやる気がないのかと心配していたが、なかなか勉強熱心だな。見直したぞ」


 アレク王子が私の頭をでるように一度叩いて微笑する。

 もしかして、好感度があがってしまった?

 ダメよダメッ。私には彼と円満に婚約破棄して平民に戻るという野望があるのだから。好かれたって何もいいことはない。


 私は極力自分をよく見せないようにしようと決意し、がに股歩きでアレク王子についていく。

 がさつな女であることを演出しておけば、異性として好かれることはないはずだ。

 まあ、彼が私を好きになるなんてあり得ないことだけど。念のために予防線だけは張っておこう。


 アレク王子とは適度に距離を置き、まずは屋外に出る。目指すは、城の東側に位置する騎士団区だ。騎士たちの兵舎や訓練場、厩舎、武器庫などの施設と敷地を総称して『騎士団区』と呼ぶ。一周目でも毎日のように利用していたため、場所はしっかり覚えていた。

 騎士団区へ繋がる門を潜り、煉瓦道を更に奥へ進んでいくと、広大な石畳が眼前に広がった。騎士団区で最も広い敷地を擁する訓練場だ。騎士たちが素振りをしたり、二人一組で試合をするなどして鍛錬に励んでいる。


 訓練場の中央で従騎士に指導している美青年を発見し、私は思わず声をあげた。


「ラルフさん!」


 一周目でとてもお世話になった人だったのだ。アレク王子の代わりに訓練を指南してくれた正騎士で、私に唯一優しくしてくれた男性だった。彼がで城から去るまでは――。


「なぜラルフを知っている? まだ紹介したことはなかったはずだが」


 アレク王子に前方から怪訝けげんそうに問われ、私はギクリと体を震わせる。

 もう二度と会えないと思っていたラルフさんに再会できたことがうれしくて、つい名前を呼んでしまった。


「そ、それは、侍女たちが噂しているのを耳にしたんですよ。騎士団にライトブラウンの長い髪を束ねた美しい騎士がいるって。年も二十代半ばだと聞いていましたし、この人だと思いまして」

「俺はてっきり予言の力なのかと思ったぞ。侍女について言い当てた時と同様にな」

「ぐっ、偶然ですよ。話を聞いていただけですし。やだなぁ」


 危うく、一周目の記憶を乱用して誤解された昨日と同じ失態を犯すところだった。気をつけなければ。


「ラルフ! ちょっと来い」


 苦笑いを浮かべていると、アレク王子がラルフさんを呼んで手招きした。

 ラルフさんは指導していた従騎士に一言言ってすぐこちらに向かってくる。


「昨日話していた聖女のクリスタだ。今日からお前に訓練を見てもらう。クリスタ、レークラント騎士団の正騎士ラルフ・エンゲルスだ。軍務において俺の補佐官を務めてもらっている。訓練については彼からいろいろ学ぶといい」


 ラルフさんを紹介してもらい、私は彼に微笑みかけて口を開いた。


「クリスタ・アーメントです。これからよろしくお願いしますね」


 ラルフさんも微笑を浮かべ、うやうやしくこうべを垂れて挨拶する。


「これは、聖女様。お目にかかれて光栄です。どうぞよろしくお願いいたします」

「そんなに堅苦しい話し方をしなくて大丈夫ですよ。どうか名前で呼んでください。私はラルフさんと呼ばせてもらいますね」

「わかりました。では、クリスタ様」

「はい、ラルフさん」


 私たちは笑顔で頷き合った。

 本当に何て紳士的で感じのいい人なのだろう。一周目の頃と全く変わらない。

 彼なら優しく指導してくれるから、訓練の時間も穏やかに過ごせそうだ。


「おい、聞いているとは思うが、彼女は俺の婚約者でもあるのだからな。クリスタ、お前もそのことを肝に銘じておけよ」


 ラルフさんとにこにこしながら見つめ合っていると、アレク王子が不機嫌な表情で忠告してきた。


「どうしてそんなこと、ラルフさんの前で強調するんですか? 私、五年後には聖女を引退して、平民に戻るつもりなんですけど」


 初日に交わした約束を忘れてもらっては困る。アレク王子に好かれないようにするためにも、はっきり言っておかなければ。


「先日、陛下がとりあえず婚約だけはしておくように命じられたと話しただろう。もう忘れたのか? お前はすでに俺の婚約者だ。そのつもりでいてもらわなくては困る」

「別に困るようなことはないと思いますけど。受け入れた覚えもありませんし、婚約者づらしないでいただけませんか?」

「……何だと?」


 氷のように冷ややかな目でギロリと睨みつけられ、私は半歩後ずさる。

 強く言い過ぎちゃったかな?


「まあまあ、殿下、落ちつかれてください。いつもは冷静沈着なあなた様らしくないですよ?」


 ビクビクしていると、ラルフさんがアレク王子を朗らかになだめてくれた。

 さすがラルフさん、頼りになる。一周目でもよく私たちの間に立って、緩衝材の役割を果たしてくれていたっけ。


「それではクリスタ様、まいりましょうか。軽く施設をご案内した後、訓練の基礎から指南いたします」

「はい、よろしくお願いします!」


 私は笑顔を取り戻してラルフさんについていこうとしたのだが。


「待て。俺もクリスタの訓練を見る。初日だからな」


 予想外の発言を聞いて、「えっ?」と驚きの声をもらしてしまう。

 一周目でもアレク王子が訓練を見てくれることはあったが、基礎的なことはほとんどラルフさんに任せていて、初日は私を紹介してすぐ仕事に戻っていたのに。なぜ? また展開が変わってる?


「殿下、片づけなければならない仕事があるとおっしゃっておりませんでしたっけ? 今日のクリスタ様の訓練は私に任せると」

「仕事は夜に回せばいい。睡眠時間を削れば済む話だ。これ以上お前たちが――いや、クリスタがまじめに訓練をやるか気になるからな」

「ちゃんとまじめにやりますって! 心配いりませんから、殿下はお仕事に励んで、夜はゆっくり寝てください!」

「俺は体力があるから、一日ぐらい寝なくても問題ない。それより、お前の方が心配だ。そのもやしみたいな体では、すぐに音をあげてしまうのではないか?」

「もやし、って! 失礼ですね! 私にだって年頃の乙女らしく胸やおしりにも肉がついてるんですから! ちょっとくらいは。体力にだって自信があります。そこまで言うなら証明してやりますよ! 私がどれだけ出来る女か!」


 私は苛立ちのあまり、つい胸を叩いて宣言してしまう。


「ほう、そうか。それは楽しみだな。では、場所を移そう」


 アレク王子がしたりげに口角をあげ、歩き出した。

 嫌な予感を覚えたものの苛立ちが勝り、彼の後についていく。もやし呼ばわりされて、ここで引き下がるのもしゃくだ。あの、人をおちょくったような微笑も腹立たしい。

 目にもの見せてやる!


 私は少し楽しそうなアレク王子の顔を凝視し、メラメラと闘志を燃やしながら進んでいった。

 

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