喧嘩の果てに
三鹿ショート
喧嘩の果てに
彼女を助手席に乗せ、自動車で夜の街を進んでいく。
目的地は、決まっていた。
到着するまでが、彼女と過ごす最後の時間だろう。
***
自動車を運転していると、様々な懐かしいものを目にした。
その公園は、彼女と初めて出会った場所である。
私が他の子どもたちに泣かされていると、彼女は大声を出しながら拳を振るい、私を助け出してくれた。
泣かされていた私よりも多くの怪我を負っていたにも関わらず、彼女は私を安心させるかのように笑みを浮かべた。
私が彼女に心を奪われたのは、そのときだった。
***
その学校では、彼女と共に部活動で汗を流した。
性別で部活動を分けるほどに大きな学校ではなく、それに加えて私と彼女以外に部員が存在していなかったために、我々は使用する人間が皆無である体育館を独占し、互いの技術の向上に執心した。
未だに女性的な成長をしていなかったためか、他の異性が彼女の魅力に気が付いている様子はなかったが、私は彼女と二人きりで時間を過ごすことが嬉しくて仕方が無かった。
***
その飲食店では、私が初めて得た給料で彼女の誕生日を祝った。
学業の傍らで得たものであるために、それほど多くは無く、二人で食事をしたことでほとんどが消えてしまったが、彼女の笑顔を見ることができたことを思えば、大きな問題ではなかった。
***
その観覧車では、私が彼女に愛の告白をした。
頂点に到着し、夜景を一望することができる状況と化したところで、私は彼女に自身の想いを伝えた。
彼女は驚いたような表情を浮かべていたが、即座に口元を緩めると、私に抱きついてきた。
そして、その場所で接吻を交わした。
彼女もまた私に好意的な想いを抱いていてくれたことが、私にとって至上の喜びだった。
***
その宿泊施設を目にしたとき、私は自動車の運転を止めた。
この建物にもまた、忘れることができない思い出が存在している。
だが、それは良いものではない。
この宿泊施設から、彼女は私以外の男性と出てきたのである。
何かの見間違いかと思ったが、別れ際に接吻を交わしていたことから、彼女が私を裏切っているということは明らかだった。
しかし、私は認めることができなかった。
往生際が悪い私は、彼女が私の眼前で他の男性と身体を重ねていなければ、決定的な証拠ではないと考えたのである。
私は同棲している彼女に対して、出張でしばらく家を空けると告げ、家を出る振りをした。
そして、彼女が外出した隙に家の中に戻り、寝室の押し入れに身を隠した。
私が留守だと知れば、彼女が男性を家に連れ込む可能性が高く、彼女の裏切りをこの目で見ることができるのではないかと考えたのである。
そのように考えている時点で、彼女のことをほとんど黒だと認識しているようなものだが、それでも私の勘違いであることを望んでいたことは否定することができない。
結論を言えば、彼女は私を裏切っていた。
加えて、その相手は、私の友人だったのである。
これが赤の他人だったのならば諦めもつくだろうが、その友人は、私と彼女の関係を応援してくれていたはずだった。
だが、実際は、私に隠れて関係を持っていたのである。
この時点で私の怒りは相当なものだったが、それを増幅させたのは、二人の会話だった。
二人は、私が気が付いていないことを馬鹿にしていたのである。
彼女は、私の友人の方が何もかも勝っていると褒め、私の友人は、彼女との出来事を幸福そうに語る私が滑稽だと嘲笑した。
思わず、私は押し入れから飛び出した。
二人は私の登場に驚きを隠すことができなかったが、そのような反応はどうでも良かった。
彼女が見ている前で、私は男性を殴り続けた。
拳だけではなく、身の回りのあらゆるものを使用し、男性の顔が分からなくなるまで行動を止めることはなかった。
やがて荒い呼吸を繰り返しながらも私が視線を転ずると、彼女は涙を流しながら謝罪の言葉を口にしていた。
寂しかったのだ、二度とすることはない、などと、聞いてもいない言葉を繰り返している彼女の顎を、私は蹴り上げた。
打ち所が悪かったのか、彼女は意識を失っていたが、関係はない。
私は友人と同じように、彼女の肉体もまた傷つけていった。
そして、彼女は自動車の助手席に乗せ、男性は荷物入れに押し込むと、二人の死体を処理するための場所へと向かうことにした。
***
山奥に存在している不法投棄の現場には、多くの塵が存在している。
私は二人の肉体をなるべく細かく切り分けると、別々の塵の中に紛れ込ませていった。
仕事を終えると、私は自宅に戻った。
寝室は荒れ放題だったが、掃除するほどの体力は無かった。
寝台に横になると即座に夢の世界へと旅立った。
夢の中で、肉体が細切れと化した彼女が私に対して謝罪をしている。
変わり果てた姿と化しても、謝罪の言葉を吐く彼女に向かって、私は唾を吐いた。
愛していた人間を殺めたことに対する罪悪感など、私には存在していない。
どのような事情が存在しようとも、私を裏切った時点で、彼女は私に何をされたとしても文句を言うことができるような状態ではなかったのだ。
「ゆえに、私は悪くはないのです」
山奥の不法投棄の現場にて、制服姿の人間にそう告げるが、相手は納得するような表情を見せることはなかった。
喧嘩の果てに 三鹿ショート @mijikashort
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