怖い話『ゆきだるま』
寝る犬
ゆきだるま
「今思い出すとめちゃくちゃ怖いんだけどさ」
バイト終わりに仲間と集まった宅飲みで、「夏だしなんか怖い話のネタでもないか」という秋葉の言葉に、石丸がぽつりと話し出した。
「みんな覚えてないかな、小学生1年のころ住宅地の真ん中でひき逃げがあったんだけど……そうか、まぁそうだよな。ひき逃げなんて珍しくない。ただ、そのひき逃げの現場は俺んちの目の前でさ。せっかくの冬休みなのに外で遊んじゃいけないって、そう言われてたんだ――」
――数日たって、雪が降った。
俺なんか膝まで埋まるくらいの大雪で、さすがに交通機関もマヒして親も家にいたんだ。
親父といっしょになって庭に大きな雪だるまを作ってさ、自分の身長くらいある雪だるまに大満足で、家族で昼飯を食べた。
一度身体が暖まると、もう親父は外に出たくなくなったんだと思う。
庭から出ちゃいけないよって念を押されて、俺は一人で雪だるまを完成させることにした。
ただ真っ白い丸だけの雪だるまにさ、バケツかぶせて帽子にして、枝を刺して手にして……って感じで飾り付けしていったんだ。
いや、あれは楽しかったなぁ。
「おい、いつになったら怖くなるんだよ」
「そうだ、ひき逃げ事件からぜんぜん関係なくなってんじゃん」
「まぁ最後まで聞いてくれよ。それでさ、鼻に大きな松ぼっくりを刺して、口はスコップで穴開けて、片眼は大きめの黒くて丸い石があったからつけたんだけど、もう一つの目が見つからなくてさ――」
――庭の中を探し回った。
そのころには道路も結構周りの家の人が雪かきしてさ、犬の散歩してる人とかも現れ始めた。
うちの親父も雪かきのついでに雪だるま作ってくれたんだと思う。
そこで気づいたんだ、一本向こうの道の角で、こっちをじっと見てるおっさんが居る。
でもまぁ俺だしね、雪だるまがうらやましいのかなぁくらいにしか思わなくて、むしろ早く完成させて自慢したいって気持ちで、最後の雪だるまの目を一生懸命探した。
そして見つけた。
真っ白で透き通って、濃い茶色の瞳孔がある、いかにも「眼球」って形のボールが、庭の端に転がってたんだ。
雪に埋もれてたんだけど、なぜだかその場所が気になって、わざわざ穴を掘って見つけたんだぜ。
「あったなー子供のころ、そんなボール」
「なんか流行ったよな、一瞬だけ」
「うん、ただそのボール、やけに柔らかくてさ、つぶれちゃうんじゃないかって気が気じゃなくて、わざわざ雪だるまにボール用の穴をあけて、優しくはめ込んだんだ――」
――やっと完成した雪だるまに俺は感動してさ、少しの間それを眺めていたんだ。
そしたら、最後にはめ込んだ目玉がギョロっと動いた。
上下左右キョロキョロと見回して、最後に目玉はこっちを見てるおっさんに向かって止まった。
当然俺もその視線を追っておっさんを見るわけだ。
そしたら、目が合ったおっさんが急に走ってきた。
その表情がなんかおかしくてさ、笑ってるんだか泣いてるんだか怒ってるんだか分かんない。
俺は急に怖くなって家の中に駆け込んだ。
玄関から部屋に向かって「パパ! 変な人来る!」って叫ぶ。
俺の声も普通じゃなかったんだろうな、親父が慌てて出てきてくれた。
親父が雪でびしゃびしゃの俺を抱きかかえて玄関に出ると、さっきのおっさんが雪だるまにパンチしてるとこだった。
親父は「オイっ! 人んちの庭で何してる!」って怒鳴ったんだけど、そのおっさんはわき目も降らず崩れた雪だるまの上で、何度も拳を振り下ろしてた。
なんだか「思い知ったか!」とか「もう見えないだろう!」とか、おっさんは叫んでたと思う。
母親が警察に電話して、ちょうどひき逃げ事件のあったこの辺りを巡回してた警官が、すぐに現れておっさんを取り押さえてたよ。
「いやまぁ怖いけど」
「意味わからん。結局なんなんだよ」
「これはさ、後から聞いた話なんだけどね。そのおっさん、ひき逃げの犯人だったんだって。毎晩夢に目玉だけが現れて『見ていたぞ』『お前の顔も覚えているぞ』ってさんざんうなされて、ほとんど眠ることもできなかったらしい。それで『あの目玉さえ片づければ』と現場の周囲を探してたんだってさ」
「ってことは、あのボールって」
「うん、現場検証の時に見つからなかった本物の右目だったらしい。ひき逃げされたとき、ほんとに犯人の顔を見てたのかもな――」
――何が怖いって、俺が本物の目玉をおもちゃにしてたのが怖い。
犯人逮捕につながったからいいようなものの、あれで事件と何も関係なかったら、俺が呪われてたかもしれないだろ。
石丸はそう言ってチューハイを飲み干し、少し笑う。
俺たちは、真夏だというのに寒気を感じて、黙ったまま次のチューハイの缶を開けた。
――了
怖い話『ゆきだるま』 寝る犬 @neru-inu
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