お日様から始まる

 二人が住んでいるのは住宅街にある十階建てのマンションの十階。二人とも高い位置の部屋を望んだわけじゃないが、十階と九階はそれより下の階よりも、部屋数が多かったことに加え立地も良く値段もそこまで高くないことから、このマンションに住むことに決めた。


 朝はとても日当たりがよく目覚めと共に朝日が顔を見せてくれる。

 普段は麗華のほうが早く起きるが、麗華が目覚めるとすでに雅の姿はなく代わりに抱いていたのは雅の枕だった。


「なにこの粋な計らい」


 寝返りを打ち窓の方を見るとベランダで煙草を吸っている雅の姿があった。

 

 麗華は煙草が苦手だ。

 父親がヘビースモーカーであり、厳しい教育を強いてくるために父親と煙草が結びついてしまい気に入らないのだ。だけど、雅が吸う姿は別。部屋の中になるべく臭いを持ちこまないようミニサイズの消臭剤をベランダのテーブルに置き、入ってくる時は丸々一本使うのではないかと思うほど自身にふりかけて戻ってくる。

 朝日に照らされ煙草を吸う雅の姿は、どこか儚げかつ生命力を取り戻すような、不思議な雰囲気があると麗華は感じていた。

 雅は部屋の方へ振り返り麗華が起きているのを知ると、すぐに煙草を消そうとした。麗華は首を横に振った。窓で遮られ音が届かないから、はっきりと口を動かし「そのまま」と言葉を伝えた。

 今日も二人の朝が始まる。


 基本的に料理はどちらが作るか決めていない。

 二人ともそこまで料理に興味がないからだ。

 それでも、相手に美味しい料理を食べてほしい。美味しそうに食べる姿が見たいという気持ちは共通していて、お互いに譲ろうしない時もある。

 かと思えば、シリアルバーなんかを食べてダラダラと朝の時間を謳歌することも。

 今日はソファに並びコーヒーとシリアルバーで朝の時間を過ごす。


「ねぇ、この前書いてた作品はどこまで進んだの?」

「あ~、丸一日プロット書いてたやつか。――没にした」

「えっ、あんなに時間使ってたのに?」

「納得がいかなかった。まだ自分にそれを扱う知識量がなかったから」


 没にしたと言っても完全に切り捨てたわけじゃないことを麗華は知っている。

 すべての経験が表現に活かせると考える雅は、例えそれが今は利用価値がないものでも世の中が変化し、自身が経験を積めば利用できるとし常にストックしている。

 麗華はそんな雅のやり方をたまに非効率だと小ばかにするが、そんな君を主人公にして作品を書くぞと言われいつもお相子となる。


「そういえばさ」

「なあに?」

「お日様って面白いよな」


 また脈略のない話題が来たと麗華は思った。

 芸術家や表現者の中には変な人もいるが雅もまたその一人。


「確かにを両方使ってるもんね」

「おそらく最初のは美化用語として、様は敬語として。ほかにもお爺様とかなんて使うかもしれないけど、個人に使う敬称としての様を太陽に対して使ってるのは中々面白いと思うんだ」

「だったらお客様はどう思うの? 店なんかでよく使われるわ」

「お店で使うのは気に入らないな。ウ冠はそもそも家屋を表すものだし、お店なら購入者、買い手とかそんなんでいいじゃないか」

「じゃあ、雅の作品を見てくれる人や買ってくれる人はお客様じゃないの?」

「読者だし、視聴者だし、評価してくれる人。買うってのは所有権を得ることになる。でも、それらの人たちが俺の作るものを買っても、物質の所有権はその人にあるけど、俺の表現の所有権はない」

「ふ~ん」


 淡白な返事だが雅は気に留めない。

 自分の言っていることを自身の中である程度の理解に落とし込む作業をしていることを知っているからだ。


「私はさ、言われたものを作るだけ。だから、私がサイトを作ってもその所有権は相手にある。そこからどうしてもね」

「それはとても大変なことだよ。個人を相手にするにしても大勢を相手するにしても、求めているものをピンポイントで提供するってのは簡単じゃない」

「私からすれば雅のほうが大変に見えるわ」

「じゃあ、こうしよう。みんな大変だけど苦手な場所じゃないからできるってね」


 麗華が雅を気に入っている一つ。

 二元論で物事を見すぎないところ。

 思考の抽象力が高いと言うべきか、なるべく早く答えを求めたがる麗華にとって、最初こそ違和感を覚えたが、それが自身の生き急ぐような状況を変えてくれると理解している。

 麗華は一時間のうちにどれだけできるかを考えるが、雅は消費した一時間は次の一時間のためにあったと考える。

 どちらが正しいとかではない。当然どちらであっても時間の使い方次第で失敗もある。ある意味、正反対だからこそ二人はこうやってそばにいるのだ。


「雅は変わったけど変わらないね」

「それはお互い様」

「あっ、おと様がついてる!」

「本当だね」


 そんな他愛もない会話から一日が始まる。


 

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私と俺はこの偶然を奇跡と呼び、そして運命だったと分かち合いたい 田山 凪 @RuNext

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