私と俺はこの偶然を奇跡と呼び、そして運命だったと分かち合いたい
田山 凪
不思議な二人
スマホのアラーム音が鳴り響く。
「……朝か」
一応アラームはかけているものの、かけずとも決めた時間にすぐ起きれる朝にも夜にも強いタイプ。ただ、寝相はあまりよくない。起きるといつも恋人である
今日は雅の上に乗っていた。
寝顔をしばらく眺め満足すると雅の耳元で囁いた。
「朝だよ。起きて」
雅はゆっくりと目覚めいまの状態を把握するのに数秒かかり、目を合わせて麗華におはようと伝えた。元々低い声が寝起きでさらに低くなっている。
「私がごはん作ろうか?」
「……俺が作るよ。昨日遅かったんでしょ」
「雅だってずっと起きてたじゃない」
「俺はネタ探しをしてただけだから」
「それも立派な仕事だよ」
雅は自身の上にうつぶせになっている麗華を仰向けにして共に起き上がる。
体を伸ばし欠伸をすると麗華の耳元囁いた。
「俺のごはん食べたいでしょ」
やり返された。麗華は少し恥ずかしそうにしながら小さくうなずき、首元までの長さの艶のある黒髪を軽く手櫛で整えた。
麗華も雅も共に企業勤めではない。雅は執筆と週二でネット投稿のエッセイ漫画。二度脚本家を担当。それ以外にも表現をする分野に対して意欲的に活動している。根本的に人との交流がそこまで好きではないため、なるべく家で仕事をしたいと思いつつも興味あるものに対してはすぐに行動に移してしまう性格だ。
麗華はwebデザイナーや個人でネットに関することやプログラミングなどの授業をしている。webデザイナーをやっているがあくまでみんなが好きそうなものやトレントを調べ作っているだけであり、本人曰く自らが何かを生み出すことには向いていない。データを収集が好きでその統計結果をwebデザイナーとして利用している。現在は雑誌のコラムなども担当しており、フリーで働くかっこいい女性として何かと女性関連の雑誌のオファーがかかることもある。最近は会話AIに強い興味を抱いている。
創作や芸術を生業とする雅とITを生業とした二人がどうつながったのか?
それは遡ること五年前の夏のお話。
――
当時二十二歳だった雅はただのフリーターだった。
この時は作ったのものを表に出すことはなく、ただ作っては書いては溜めて寝かせるだけの日々。自分には絵を描く才能も物語を作る才能もないと思い、他者の表現を見ることだけが楽しみだった。しかし、このままどう人生を生きていくのか漠然とした悩みもあった。
雅が働いていたのは大きくない個人が経営しているカフェだ。
SNSなどの口コミで有名になり、写真映えする料理がたくさんあり、季節ごとの限定料理も多く、客のほとんどは女性やカップルだ。
「雅さん、これ三番にお願い」
「わかりました」
社会に貢献することはしたいが会社の歯車になることを強く嫌う雅は、今後のことを悩みつつ漠然と過ぎていく時間を眺めているしかなかった。
いつも通りに雅が働いている時、当時二十歳の麗華が女友達と共にやってきた。
この時、席へ案内したのは雅だったが当然この瞬間は二人とも相手のことを認知などしていない。ただの客と店員。誰の日常にでもありふれた一度きりなら相手の声も顔も一切記憶できないほどのありふれた出会い。
粗方注文を届け終わりレジカウンターで店内の様子を眺めていると、雅は麗華に目線がいった。女友達はみんな写真を撮っている中、麗華だけは淡々と食事を始めたのだ。
「麗華は写真撮らないの?」
「いや、別にいいかな」
「え~! こんなに可愛いのにもったないよ」
「食事なんて不味くなくて栄養が偏ってなければなんでもいい」
なんとも淡白な返事。
周りの雰囲気をぶち壊すようなことをノータイムで言うその姿は雅にとって強い興味の対象だった。
「だったらなんで今日遊んでくれたの?」
「だって、いつも誘ってくる店に比べて安かったから」
麗華は特別金がないわけではなかったが食事はただの作業と考えているために、そんなものに学生の身分で大層なお金を使うのが理解できなかった。その上、周りが自身を誘ってくれるのも少しばかり容姿がいいからだと思っていた。
実際に麗華は容姿端麗であり、黒く艶のある長い髪は天然記念物なみの希少価値を感じる雰囲気があり、着飾ってはいないがどんな服でも似合うスタイル。スマホは日本人の多くが買う某海外メーカーのものではなく、それの対となるメーカーのもの。
麗華は折りたためるのが便利なためそれを選んでいた。こういう機械にはそれなりにお金を使うこともある。
いわば麗華という希少な存在がすでに価値になっていた。
染まって馴染むのではなく、意図せず自身というものを色濃く見せつけていた。
それは、当時の雅とは正反対だった。
大した学もなければ資格もない雅にとって、人や場所に順応することは必要だった。しかし、雅が求めていたのはそんな窮屈な生き方ではなく、麗華のようなスタイル。
雅は思った。仮にあの子はいまいる友人に嫌われてもダメージを受けないどころか、清々するんじゃないんだろうかと。経験の一環として付き合ってはいるものの、そこに楽しみを感じているようには到底思えない。
すると、麗華は雅に向かって手をあげた。
「どうされましたか?」
「あの、少しぬるいくらいの水もらえますか?」
無論できなくはない。
ただ、こういった客一人一人の細かい注文を聞いているといざという時に、接客が遅れてしまうためあまり受けないのがセオリー。だが、雅は特にそれを気にせず了承し、水をほんの少し温め麗華へと渡した。
「ありがとうございます。ちょうどいい温度ですね。助かります」
雅がこうもあっさりと対応したのは麗華がおそらく知覚過敏なのではないかと疑ったからだ。現に女友達は夏にぴったりな冷製スープのセット。しかし麗華は温かいスープ、メインの料理も温野菜を選んでいる。
最初はただそれが好きなだけだと思っていたが、水に一切手をつけず、最後までドリンクメニューで悩んでいたことから、さっきの注文で確信に近いものとなった。
下手すればまるでストーカーのようにまじまじと見ている自分に気づき、何をやっているんだろうと小さくため息を吐いて麗華を見ることをやめた。
お会計の際、麗華たちはそれぞれ割り勘で別々で支払いをした。
最後に麗華が支払いをすると、雅の目を見ながら言った。
「先ほどはありがとうございました。また来ますね」
「おまちしております」
バイトらしいあいさつで済ませる雅だったが、さっきよりも麗華のことが気になっていたことに気づく。しかし、自分はただのフリーターで相手はテキパキと無駄なく過ごす女子大生。
きっと、大手企業に入ってバリバリ働くか、女社長にでもなるんじゃないかと想像していた。
恋心など抱けるはずもなく面白い客が来た程度の気持ちで済ませていた。
――
「目玉焼きは半熟でいい?」
「うん。――ねぇ、このジュース飲んでいいの?」
麗華は冷蔵庫に入っていた1.5リットルの中身が残りちょっとのジュースをもって首をかしげながら雅のほうを見ていた。
「いいよ。コップ用意するね」
「このままいっちゃだめかな? あと少しだし」
「麗華がいいなら」
雅の返事を聞くと麗華はジュースをラッパ飲み。
そんな姿をみて雅はつい小さく笑った。
「なに?」
「いやぁ、最初のころから変わったなって」
「それ馬鹿にしてる?」
「いいや、もっと好きになっちゃうなって」
またやられた悔しさを空になったペットボトルのキャップをしめ、それで軽く雅の頭を叩いて消化した。
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