第6話

 僕は少し早めに約束のカフェについていた。

 僕は時計を何度も確認するのと同時に何度も店内を見渡した。

 時間丁度に彼女は店内にやってきて僕の前の席に座りココアをとカステラを頼む。

 もちろんココアは二つだ。

「早かったのね」

「うん、でも五分くらいかな」

 彼女の視線が僕のお冷のグラスに注がれる。

「そう」

 僕のウソがばれたと僕が思ったのと同時に店員が莉央ちゃんのお冷をも持ってくる。

「ところで例の件のことだけど」

「うん、でも真奈のことならもう大丈夫だから。あの日にいろいろ聞いた。それに今の彼女はもう吹っ切れてたよ」

「分からないじゃない」

「うんでも確かに梨央ちゃんの見るは未来変えられないものじゃない」

「それはそうだけれど、もしかしたら人が死んでしまうかもしれないじゃない」

「うんだから考えたんだけど僕たちで今日からあの廃校が取り壊されるまで見に行こう」

「取り壊される?」

「うん、結構有名な話になってるけど取り壊して梨央ちゃんの通ってる高校の分校にするんだって」

 少し意外だった。

 梨央ちゃんはこの手というか必要そうな情報収集はかなりしていると思っていたし、正直気にしていなくても僕の耳に入ってくるくらいは有名な話だった。

 以前から決まっていたことで段取りが最近決まって取り壊す日も決まったらしい。

「分かったわ、放課後廃校の前で集合ね」

「うん」

 そしてココアとカステラが運ばれた。

 彼女も僕もカステラを一口運ぶ。

「ごめんなさい」

「ん?」

「ココアも甘いのにカステラを頼んでしまって」

「いや、僕は和菓子もココアも大好きだから」

「そう」

 梨央ちゃんは僕から視線はそらしカステラをまた一口頬張る。

 僕もつられて一口。

「甘いね」

「嫌味? あなた見ない間に正確悪くなったんじゃない?」

「違うよ。本当に甘いなって」

「どうかしら」

「信じてって」

 僕はカステラを大口をあけてかじりココアで流し込む。

「ほら」

「あ、私のカステラ・・・」

「ご、ごめん」

 つい僕がカステラを食べてしまいショックを受けてしまう彼女に僕はあわてて追加のカステラを頼む。

「どうせならほかのにしてほしかったわ」

 口をとがらせる梨央ちゃんに僕はまたクスッと笑ってしまう。

「梨央ちゃんって前よりも我儘になったよね」

「なってないわよ」

「絶対なったって」

「知らないわ」

 彼女はそういうと残りのカステラを食べた。

 そして追加の飲み物を頼んだ。


 僕たちは放課後になると早速廃校の校門に集まる。

 梨央ちゃんは僕よりも早くついており少し遅れた僕を睨んだ。

「ごめん、こんなに早く来てるとは思わなくて」

「あなたにとっては解決した話だものね」

「別にそんなつもりで遅れたわけじゃないよ」

「・・・知ってるわ」

「うん」

 ただ学校の時間が長引いただけだが彼女も多分そんなことはわかっているとは思う。

 僕たちは廃校の周りを散策したり近くの公園から眺めたりして一時間ほど一緒にいた。

「ね、来ないでしょ」

「うん」

「それに火事は夕方だったから今日はもう来ないね」

「そうかもしれないわね」

 僕はベンチから立ち上がり彼女に視線を落とす。

「飲み物買ってくるからまってて」

 僕はまたコンビニまで歩き出した。

 梨央ちゃんの好みって何だろうと考えているといつも僕と同じものを飲んでいることを思い出した。

 好みが同じだったとはと考えたけれど彼女と初めてあった小学生の頃は紅茶を飲んでいた気がする。

 僕はとりあえず温かいストレートティーと苦めのホットココアを買っていった。

 戻ってくると梨央ちゃんは僕のことを待つことに疲れたのかぶらぶらしていた。

「お待たせ、どっちがいい?」

 彼女に対して僕は買ってきた二つの飲み物を見せる。

「紅茶で」

 僕は無言でそちらを渡す。

 僕たちはまた座り込む。

 あたりはすでに暗く、街灯の明かりを頼りにしないとはっきりとは何も見言えないような世界が広がっていた。

 しばらく沈黙が続いていたが僕が切り出した。

「そろそろ帰ろうか」

 あまり暗くなってくると彼女を帰らせるのが怖くなる。

「・・・そうね」

 僕は彼女を最寄りの駅まで送り届けた。

 彼女は別れ際に僕に視線を向けていった。

「また明日」

「うん、また明日」

 僕たちは電車の扉に間を拒まれて別れることになる。

 彼女のの乗る電車が見えなくなるまで僕はその場から離れることはできなかった。


 今日も昨日と同じ場所で待ち合わせる。

 今日は僕のほうが早く着いたみたいだった。

 周りを見渡していても彼女は見つからない。

 少しがっかりとする気持ちがあったが切り替えてワクワクしていこうと思った。

 しばらくすると彼女は姿を現した。

「お待たせ」

 彼女は隠そうとしているが少し息が荒い。

「それって?」

 僕が指さしたのは昨日買ったのと同じ飲み物だった。

 僕たちは昨日とは逆の蓋を開けて口をつけた。

「こっちも飲む?」

「うん」

 静かにいつもの公園で待ち伏せをしている。

 どちらも今日は話さない。

 だからつい僕の方が自然と開いた。

「また莉央ちゃんとこうして話せるとは思ってなかった」

「・・・」

 莉央ちゃんはぼくの次の言葉を静かに待っている。

「だってあんな別れ方しちゃったから」

 僕は彼女の言葉を待たずに話し出した。

「本当はずっと後悔してた。君に対して言ってしまったこと。あれは本心だったかもしれないけどただの八つ当たりだ。 気づいてたんだ。莉央ちゃんは頑張ってくれてたこと」

 自然と僕の瞳から雫が落ちた。

「後悔してすぐに謝ろうと思ったけど、君はすぐにいなくなった。母親を失って悲しかったけどどうしてだろうか。僕は君に会えないこと、傷つけてしまったことの方がすごく悔しかったんだ。だから今言うね」

 僕の言葉を静かに聞いている莉央ちゃんは少し悲しそうな顔をしていた。

「ごめんね、色々と。僕はただ君の隣にいたかっただけなんだ。色々とあったし、たくさん間違った事をしてしまったけれど君と一緒にいたい。これからも君を支えたい」

 僕の心の叫びを、今まで抱えていた本音を彼女に届けた。

 それだけで満足できた。

「私はあなたの母親を助けられなかった! 殺したの!」

「違うよ」

 彼女の溢れる感情に僕も感化されて昂っていく。

「違わない! 分かってたのに…」

「変えられないこともあるよ!」

「そんなのって…。それじゃ私はなんでこんなのが見えるの!? 変えられないのならこれをなぜ渡したの!! 神様って残酷よ」

 彼女は顔に大きな雫を作り今までにない顔で話した。

「変えられないなら私の存在なんていらないじゃない! 今回だって本当に来ないなら私は必要なかった!! だってこんなの見せられて私が準備してても勝手に解決してしまうのならなぜこんなのが見えるの!!」

 彼女の苦痛の叫びが僕の心を貫通して背中まで痛みを感じさせる。

「僕には君がいるよ」

 僕は暴れる彼女を優しく抱きしめる。

「いらないわ! だってあなたには他にたくさん愛してくれる人がいるじゃない! 私じゃなくていい!」

「君がいいんだよ」

「父親だっている! あの子もいるじゃない! なんで私なの!? あの子の方が明るくて私よりも優しい、それにあなたを笑顔にできる…」

「そうかもしれないね。でもね、僕を満足させてくれるのは君だけなんだよ。僕は君に出会ってから恋を知ったよ。君しかみてないよ。初めて会った時からずっと君だけが僕の運命だったんだ。だから君が泣きたいなら僕は君の涙を受け止めて拭ってあげるし、一緒に辛い思いもしてあげられる。君がしたい事があるなら僕は全力で応援するし君のために行動できる。僕はね莉央ちゃんの全部好きなんだよ。一目惚れだった。でも一つだけね、関わってくうちにどんどん好きになっていったんだ。その一つが莉央ちゃんの優しさだよ。その力を人助けのために身についたって考えるのは莉央ちゃんが優しいからだよ。僕はね、君がすごく優しい女の子だって知ってるし僕にとって君だけが生きがいなんだ。君を助けたい」

「何言ってるの。私はそんなに大した人間じゃないわ」

「僕はそうは思わないよ。僕がみてきたどんな人よりも君は綺麗な人だよ。顔も素敵だし心も素敵だ」

「勘違いよ」

「そうだとしたら僕は相当好みが変わってるみたいだ」

「変なの」

「変だよ。君は自分が嫌いなのかもしれないけど僕はその君が嫌いなはずの君が好きだ。君の理想も含めて全部好きなんだ」

「私、あなたが思ってるほど強い人間じゃないわ」

「かもね、でも君は強いから君なんじゃないだろ」

「そうね」

「好きだよ」

「…私はすごく嫉妬したわ。あなたがあのこと仲良くしてたから。そんなの全然私じゃないのに…」

「それでも好きだよ。愛してるよ」

「…私も好きよ。本当はずっと好きだった。あの日の事、私もすごく後悔した。あなたにも手伝って貰えばよかったって。そうすればもしかしたら救えたかもしれないって。私のできることなんて大してないのに他人に助けを求められなくて。本当は今回も怖かったの。1人で人を助けるときはいつも怖かった。助けられないかもしれないって。私のせいでまた1人人が死んでしまうかもしれないって。自分で自分にプレッシャーをかけてしまうの。だからこれからはそんな私の横にいて欲しい。私は弱いからあなたがいないと心が折れてしまう。私にもあなたが必要よ」

「ありがとう」

 僕は彼女を強く抱きしめた。

 彼女の体温を感じる。

 彼女は僕にくっついて離れない。

 僕も彼女を抱きしめて離さない。

 ちょうど彼女の気持ちが落ち着つくと自然と僕から体を離した。

「恥ずかしいところを見せてしまったわね。そろそろ帰るわ」

「駅まで送るよ」

「いいわ、あなたはもう少し見てから帰ってくれない?」

「うん、わかった」

 彼女は僕のことを置いて帰っていく。

 彼女に言われた通り30分近くそこにいることにしてその日は何事も起こらず帰った。


 いよいよ最後の日がやってきた。

 この日も僕は学校が終わるとすぐにいつもの場所に向かった。

 しばらく待っていても彼女はやってこなかった。

 おそらく今日は来ない。

 それは昨日の時点で何となく感じていたから別段ショックではない。

 僕はだから梨央ちゃんを待つのではなく、今日はこの廃校の最後を看取って帰ろうと思った。

 みんなが前に歩き出した。

 僕はそう感じたからこそこの廃校には何とも言えないような感謝の気持ちがあふれてくる。

 この廃校が壊されていく姿を脳裏に焼き付けながら僕はここ最近の記憶を辿っていく。

 梨央ちゃんを追いかけて学校に行った。

 そこで僕は真奈と出会い、彼女とも忘れられないような日々を過ごした。

 今思うと運命的な関係だと思う。

 それからしばらくは真奈と二人で行動することが多かった。

 でもやっぱり僕は梨央ちゃんのことを忘れらずにまた彼女のことを考えてしまっていた。

 でもそれが今こうして彼女との関係性を進めてくれた。

 僕はこれからどうしようか。

 僕も人を助けることができる人間になりたい。

 梨央ちゃんの手助けがもっとしたい。

 廃校の壊される音がやむころに僕はそう考えていた。

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戸上梨央との物語 @Mikazukitou

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