第2話

 次の日から僕は暇さえあれば彼女を探している。

 また会えるまで僕は彼女を探そうと思った。

 思えば彼女は昔から変な力があった。


 彼女 "戸上莉央" が僕の前にやってきたのは小学生6年生の夏休みの前だった。

 夏休み前で浮かれていたのもあって教室の中は毎日が大騒ぎだった。

 そんな教室を先生の一括で静かにする。

 すると教室は一気に静まり返っていく。

 そして先生は手招きした。

 教室に入ってきた少女に一目ぼれで初恋だった。

 そのきれいな髪の毛に魅了され、その不思議な瞳はとても澄んでいて、そこに写されているような気がした。

 自己紹介を手短に終わらせ彼女は指定された席へと向かった。

 きれいな彼女は男子にも女子にも人気だった。

 僕も魅了された人間の一人だったがなかなか話しかけられずにいたら気づいたら下校の時間になっていた。

 たまたま僕は運がよかった。

 彼女と下校の方角が同じだったからだ。

 そして同じ方向の同級生はいなかった。

 彼女のことを独占できているこの時間がとてもうれしくて僕はその日からこの下校の時間が楽しみになっていった。

 僕たちはそれからわずかな時間にたくさんのことを話した。

 好きなお菓子だとか音楽の話だとか、休みの日にはどんなことをするのかとか。

 彼女のことを知ることができるということがとてもうれしくてどんどん好きになっていった。

 そんなある日彼女はとても困った表情をしていた。

 僕は彼女のそんな顔は見たくなかったから彼女に笑顔になってほしくて声をかけた。

「今日はどうしたの?」

 いつも明るいわけではないけれどかっこいい彼女のそんな曇った顔は僕にとってもすごく新鮮だけど少し胸の内が痛んだのだ。

「戸上さんが何か悩みがあるなら聞くよ」

「じつは」

 彼女は重々しく口を開いた。

「実は少し困っていて」

 僕は彼女のその表情に困った。

 何ができるかなんて全く分からないが力になりたいと考えた。

「何でも言って、僕ができることなら何でもするから」

 僕のその言葉に意を決したのか彼女は口を開いた。

「夏休みの期間中にこの街で夏祭りがあるでしょう?」

「うん、毎年やってる結構大きいのがあるね」

「そこで死人が出るわ、今年」

 普通なら信じないだろうが僕はなぜか無条件で彼女の言葉なら信じてしまう。

「死人?」

「ええ、どうにか祭りを中止にできないかしらと思って」

「それはできないと思うな。それなりに大きい祭りだからさ結構気合い入れてたくさんの人が準備してるんだ。だから中止になるとしたら天候ぐらいでしか」

「そうよね」

 僕はふと思った。なぜ彼女は死人が出るということを知っているのだろう。

 聞きたくはなったが彼女が口を開いたのでその質問を飲み込んで彼女の発する音に集中した。

「だから夏祭り日に私を案内してくれない?」

 一瞬体が固まってしまったが個人的にすごくうれしい申し出だったからだ。

「僕でよければぜひ」

 忘れる前に聞いておこうと思った。

「ねえ、戸上さんはどうして夏祭りで人が死ぬことを知っているの?」

 心臓の音がすごくうるさい。

 彼女からの返答はなかなか返ってこない。

 しばらく沈黙が続くと彼女が口を開いた。

「私ね未来が見えるの」

 彼女の視線は明らかに冗談を言っているような目ではなかった。

 すごく真剣にその澄んだ瞳で僕のほうを見ている。

 この瞳には逆らえない。

「信じるよ。戸上さんの言うことだもん」

 我ながらとても情けない。

 たとえ嘘であったとしても騙されてもいいと思ってしまった。

「ところで未来が見えるのなら僕の助けなんてそんなにいらないんじゃない?」

 本当は役に立ちたいと思ったがそんな不安がよぎる。

 期待には応えたい。

 できることしてほしいことを教えてほしかった。

「そんなに便利なものじゃないのよ。私の見た夢は未来に起こることが見えることがあるの。でもその夢は断片的で確定的なことではなくて私たちが介入しなくても起きないかもしれない。別のところでおきる事によって未来が変わるようなことかもしれないから」

 彼女の雰囲気からなんとなく覚悟ようなものを感じた。

「だからあなたには私が見た夢を参考にして一緒に止めて欲しい」

 その言葉を聞いただけで僕は舞い上がっているのを感じた。

 体が熱い。

 きっと僕は自分で思っているよりも彼女に重い感情を感じているのかもしれない。


 その日から僕たち二人は学校でも一緒に行動することが多くなっていった。

 彼女も秘密を打ち明けられたからか何となく以前に比べてかなり打ち解けた気がする。

 クラスでもそのことは少し噂になっていた。

 そんなことは気にせず彼女は今日も僕を連れて人の気配がいないところに連れていく。

 話の内容はある程度分かっていた。

「夏祭りのことなんだけどまた新しい夢を見たわ」

「どんな夢だったの?」

「まず今まで見た夢を全部もう一度簡単に話すわね」

「うん」

 一度あの日以降に聞いたことではあるけれどはっきりとするためにはすごくありがたい。

「まず初めに見た夢は髪を結んだ赤い浴衣の少女が川の中でおぼれている夢を見たわ」

「それだけだと手掛かりは川の近くというだけだね。でも川はかなり長いしたぶん安全のために柵が常設されてるはず。その範囲でしか祭りはやらないからもう少し情報があれば何か特定できるかもしれないね」

「ええ、それじゃ二つ目の夢の話をするわね」

「うん、お願い」

「お母さんと河川敷の付近ではない祭りの中を二人で歩いているわ、とても楽しそうにね」 

「うん、なるほど。だとすると当日の地図を手に入れられればかなり見つけるのも簡単になるかもね」

「ええそれと私が今日見てきた夢なんだけど女の子が辛そうにしてたわ。でもその女の子なんだけど何かはわからないけれどなぜか違和感を感じるの」

「違和感?」

 僕はつい聞き返してしまう。

 本人も特に何が違和感の正体かはわかっていなかったみたいだけれどついついそこが気になってしまう。

「ええ、女の子は泣きながら祭りの中を一人で歩いているわ。もう前もはっきり見えないぐらいに顔をぐしゃぐしゃにさせていたのを私ははっきりと見たの」

「それならはぐれたから辛そうにしてたんじゃない?」

「そうかしら」

 それ以上話しても話し合いは平行線になりそうだったのでここで僕たちは話を切り上げる。


 放課後になると僕たちは祭りの地図を手に入れようと考えた。

 役員のおじさんと知り合いだったのでもしかしたらそこから手に入るかもしれないと思い彼女と一緒におじさんの元に向かった。

「戸上さん、少し声が大きいおじさんだけど気を悪くしないでね」

「そんなに失礼な人なの?」

「うーん、失礼な人かも」

「大丈夫よ、それだけのことで人の判断なんかしてないから」

 僕は彼女のその言葉がやたら大人のような感じがして逆に自分がちっぽけな存在のような気がしてくる。

 僕らはおじさんのお店に向かった。

 おじさんは喫茶店を開いていて今の時間も営業中だ。

「いらっしゃい!」

 中に入るとおじさんの大きな声が僕たち2人を出迎える。

「お、坊主じゃねえか。まあ、ここに座れや」

 そういっておじさんは僕たちを手招きしてカウンターの席に座らせる。

 しばらくするとココアがでてきた。

「お嬢さんは紅茶の方がいいかい?」

「ありがと」

「あいよ」

 すぐにティーカップに並々と入った紅茶をおじさんはもってきて戸上さんの目の前に置いた。

 僕はあまりコーヒーが好きではないのでココアをいつも淹れてくれる。

 僕はそのココアに一口だけ口をつけて話し始めた。

「あの、おじさんって祭りの運営委員会的なものに入ってたよね?」

 おじさんは少しびっくりしたような顔で僕を見た。

 あまり僕から祭りの話をしたことがなかったから驚いているようだった。

「ああ、まあな」

「その、できればでいいんだけど祭りの地図とかもう手に入ったりしない?」

 祭りまであと1か月をきっていることもあり地図くらいできていてもいいのではないかと思った。

「いや、悪いなまだ参加するのかはっきりしてないところとかあってよ地図の完成も遅れてんのよ」

「そっか」

 僕は肩を落とした。

 するとおじさんは戸上さんの方を見た。

「お嬢さん、ボウズのこれか?」

 おじさんは小指を立ててみせた。

「え?」

 戸上さんは固まっている。

 僕はこれはチャンスかもしれないと思った。

「実はそうなんだ。彼女とちゃんと祭りを回って見たくて予定を立てようと思ったんだけど」

 少し無理があったかもしれないし戸上さんは驚いて少し表情が固くなっている。

「なんだそうだったのか、それなら俺に任せておけ。完璧な地図とまではいかないけど速攻で簡易的な地図は作ってやる。明後日以降にもう一度来てくれ」

「ありがとう!」

「お嬢さんもこいつのこと頼んだぜ。こんなに張り切ってるボウズは初めて見たぜ。こいつはサービスだ」

 そういっておじさんは僕たちの目の前にカステラをだした。

「好みのカステラだぜ」

「は、はい。ありがとうございます」

 彼女は展開に少しついてこれないみたいだったが少しずつ調子を取り戻し始めた。

 おじさんは僕たちにサービスと言ってカステラをふるまったがいつも飲み物も勝手に出て着る分はサービスだ。

 僕はあまりこのお店にお金を入れた記憶がない。

 結局僕たちはカステラと飲み物をいただいてその店を後にした。


「とりあえずまた明後日ぐらいにここに来よう」

 それまでおじさんからは特に情報は手に入ることはなさそうだった。

「そうね」

 少し疲れたのか彼女は音にならないため息をこぼす。

 それを見た僕はついある提案をする。

「それなら今からちょっと商店街とか回らない?」

 彼女は少しきょとんとしていた。

「あ、もちろんこの後に何か用事がなければだけど」

 僕はすっこし照れてしまって声がどんどん小さくなる。

「ちょうど歩きたいと思っていたの」

「うん!」

 僕の少し大きな声を聴いて彼女は驚く。

「普段からそれぐらい大きな声でしゃべったほうがいいわよ」

「うん」

 彼女は自信があって声の大きい男の子が好きなのだろうか。

「それならとりあえずついてきてよ」

 僕に連れられ彼女は商店街を歩き回る。

 彼女はゲームセンターやこういった商店街の食べ歩きなどをしたことが無いようだった。

 だから僕は彼女のためにゲームセンターでは小さな猫の縫い儀るみのキーホルダーを取ってあげた。

 彼女は少しだけ喜んではくれた。

 そのあとは僕のお気に入りの喫茶店に向かった。

 そこはとてもおいしい大福やお団子があって彼女にふるまった。

 僕のおすすめはよもぎ団子でこれは彼女もかなり気に入ってもらえたらしい。

 あまりにおいしそうにほおばるものだから僕が食べるのを忘れてしまったくらいだ。

 以外にも彼女は食いしん坊でたくさんのよもぎ団子をその小さな口の中でどんどん押し込んでいった。

 しかしその次に入ったお店はちょっとした楽器屋さんで僕とは縁遠いお店であった。

 僕は彼女が店の奥の店主と何か話している間近くにあったバイオリンを眺めた。

「ゲッ、なんだこの値段」

 僕の驚いた声に反応して彼女が言った。

「そんなの安いほうよ」

 僕は恐れ多くてお店の楽器には触れられそうにないなと思った。

 彼女は僕によって来るように手招きをした。

 僕はそれにいとも簡単につられて彼女のそばに向かった。

 向かった先には大きなピアノがあった。

「そこに座って」

 彼女に言われるままに僕は用意されていた席に座る。

 すると彼女は鍵盤に手を伸ばし始めた。

 初めに大きな音を鳴らし小さな音から次々と音を生みさしていく。

 彼女の作った曲ではないだろう。

 どこかで聞いたことがあるような曲だった。

 何か懐かしいような気がしてくる。

 演奏が終わると彼女はこちらに向き直った。

 僕は何か言わなければと思い月並みの感想を言ってしまった。

「すごかった。好きって言ってたもんねバッハ」

 戸上さんは次の曲を弾いた。

「聞いたことある。この曲もかなり有名な曲だよね」

「今日は凄く楽しかったわ。男の子とデートしたの初めてだったからどうすればいいのか私もよくわからないけれどとりあえず何かお礼がしたかったのよ」

 胸のあたりがすごくソワソワする。

「ありがとう」

「…ええ」

 店主がすごくにっこりとしている。

「それじゃ二人のこれからの祝福を願って一曲いいかね」

 そう言って何曲か引いてもらったり教えてもらったりもした。

 時間もかなりすぎており気づいたら空はかなり赤くて親が心配するような時間になっていた。

「最後に見せたいところがあるんだ」

「?」

 僕は彼女の腕をやさしく引っ張っていく。

「茶菓子のことも教えたかったけど1番はここへ連れてきたかったんだ」

 僕は引っ張っていた彼女の腕を離して目を向ける。

 彼女は少し前に歩みでる。

 その眼前には夕焼け色に燃える街が見えた。

 ここは少し丘を登ったところでそこまで高い場所ではないのですぐに登れる。

「きれい」

「でしょ」

 なぜか得意げな僕。

 僕が彼女に抱いているこの感情は、確かに恋心だ。


 日付が変わると昨日を思い出しにやける。

「戸上さんに会いたい」

 僕はまだ小学生なのにませているんだろうか

「純、早く降りていらしっしゃい」

 お母さんの声が僕を呼ぶ。

 僕は大きく返事をして下の階にあるリビングに向かった。

「おはようお母さん」

「おはよう、早く顔を洗ってらっしゃい。なんかあんた凄い気持ち悪い顔してるわよ」

「ひどいな」

 顔を洗いリビングに戻るとお母さんは朝食を用意して待っていた。

 席に着くと父親の姿がないことに気づく。

「父さんならもう仕事に行ったわよ」

「そう」

「なにかあったの?」

「お父さんのことを好きってわかった時ってどんな感じだった?」

 僕の突然の返しにお母さんはかなり驚いた表情と一緒に飲んでいたお茶を吹き出しそうになっていた。

「え、あんたにも好きな人でもできたの?」

「かもしれない。でも周りの人が言うような感じじゃないんだ。なんというかもっとこう大切というか僕が触れてもいいのかなというか、こうまるで神様に出会ったみたいな感じなんだよ」

 僕の言葉を聞いてお母さんはくすくすと笑い始めた。

「あなたってやっぱり私たちの子供ね」

 妙な納得顔のお母さんに僕は少し照れてしまった。


 学校につくと今日は戸上さんはいなかった。

 それから何日か戸上さんは休んでいた。

 ある日彼女は久しぶりの登校をした。

「おはよう、体調は大丈夫?」

「・・・ええ、心配ないわよ」

 そんな風には見えなかったがきっと彼女が言うのであれば問題ないのかもしれない。

 ただ今日は彼女から目を離さないようにしようと心の中に決心をした。

 僕はその日彼女の後ろについてまわった。

 そのせいで周りからは粘着ストーカーとまで言われ始める。

 トイレにまでついていこうとした僕はさすがに彼女に止められる。

「せめてお手洗いは一人で行かせて」

「うん」

 出てきた彼女は何か決心したような顔をしていた。

「話すからもう少し離れてもらえる?」

「うん」

 僕はすぐにうなずき彼女はそれにため息をこぼした。

 彼女の提案で僕たちは人のいないところへと向かった。

 本来開いていないはずの屋上のカギをなぜか持っていた彼女はそこへ案内する。

「実はね、私未来が見えるって話したじゃない。あれは本当にそんなに高頻度でみるものじゃないの。ただ今回少し頑張りすぎちゃったのよ。だからかなり体に負担が来ててずっと熱を出してたの」

「そうだったんだ。確かにそんな力を使ってるんだからなにかあってもおかしくないよね。ところで体はもう大丈夫なの?」

「まだ頭が割れるように痛いわ。でもそういっていられないから今日は登校したのよ」

「帰りなよ、僕は戸上さんの体が心配だよ」

「いやよ私は一人人が死ぬ未来を知ってしまったんだからそれを助ける義務があるわ。これは私のこの世界にいる理由なのよ」

「それじゃあ僕もその秘密を知っているんだし君を助けるのが僕の理由だね」

 僕のその言葉を聞いて彼女はあきれたかのような反応をした。

 僕もそれを見てつい笑顔がこぼれる。

「とりあえず今日は僕が戸上さんの分も含めて頑張るからさ今日は帰ってゆっくりして明日から満足いくまで頑張ろうよ」

 僕の言葉に渋々納得した彼女は自宅へと向かっていった。

 とりあえず思いつくのが地図をもらうことだ。

 僕はさっそくおじさんの店に着くととおじさんは気さくに迎えてくれる。

 いつも通りココアを僕のよく座る席の目の前に差し出す。

「いわれてたやつ用意しといたぜ」

 その手には僕たちが望んでいた品が握られていた。

 他人に渡すものがこうも無造作に折り目がついているのはどうかと思う。

 だけどこれで少しは進展があるはず。

「大切にするよ」

 地図を持って会場を見てみることにした。

 この地域では一番の大きい祭りということもあって準備や出し物もかなり大がかりだった。

 とりあえずきては見たが特別これをしようというものも見つからない。

 そうしていると被害者ぐらいの年の小学生の集団が引率の先生によってこの場に来ていた。

 小学生の子供たちはここに祭りの準備のお手伝いをしに来たらしく案内の元いろいろなところに散らばっていってしまった。

 しばらくそれを観察していると日も落ちてきてしまい小学生たちも帰り支度を始めていたのでそれに合わせて僕も帰宅した。


 日をまたぎ僕は学校に行った。

 探すまでもなく戸上さんは視界に入ってきた。

「戸上さん、おはよう」

 僕が声をかけると彼女は少し疲れていそうではあったが返事をしてくれた。

「おはよう」

 僕たちはその時間は特に何かほかに言葉を交わすこともなくホームルームに突入した。

 待ち遠しかった給食の時間をおえ午後の授業までの憂鬱な時間を過ごさなければいけないお昼休みに入る。

 戸上さんを見ると教室にはいなかった。

 給食にもあまり手を付けていなかったみたいだったから少し心配になってしまう。

こういう時は基本的に保健室で寝ているんだろうと思い僕は保健室に向かう。

 保健室の扉は空いていて中には先生がいなかった。

 僕は勝手に中に入ってベッドに戸上さんがいないか確認する。

 一つだけ人が入っているベッドがあった。

 僕はそのベッドに手をかけて少しめくった。

 すると戸上さんとは違う人と目を合わせる。

 河原で準備していた子の中にいた気がする。

「ごめんね」

「あ、気にしないでください」

「君はいつもここを利用してるの?」

「そうですね、なかなかお外に行けなくて。いつのまにか番人になってます」

 彼女は笑っていたがから元気に見えた。

 あまり体調がすぐれないのだろうか。

「誰か人を探してるんですか?」

「うん、そうなんだ。これくらいの伸長で髪は長めなんだけどすごくきれいな女の子」

「ここには来てないです」

 僕は少し落胆してしまいどっと疲れがにじみ出て近くにあった椅子に座り込んでしまう。

「その人ってもしかして戸上さんですか?」

「え、そうだよ。知ってるの?」

「はい、私たち3年生の中でも有名人ですよ。すごくきれいで女の子からも人気が高いんです」

「たしかに戸上さんは女の子からも人気が出そうだよね」

「はい、じゃああなたが最近戸上さんによくついて回っている人なんですね」

「なんかいやだなその言われ方・・・」

 僕は少しショックを受けたような感じを醸し出しつつ頬を掻いてみせた。

「ご、ごめんなさい!」

「いいよ、気にしなくても」

「最近戸上さんと仲いいですよね。もしかして二人は付き合ってるとかなんですか?」

「え、えー・・・」

 付き合ってるわけではないけど付き合いたいというか、ある意味ではそれ以上の関係というか、なんと説明しようかと悩んでいると扉の戸が開く。

「あなたやっぱりここにいたのね」

 扉を開けたのは保険室の先生ではなく戸上さんだった。

 戸上さんは部屋に入ってくるとまっすぐに僕のほうへと進んでくる。

「あなたに話がって探していたのに教室に戻ったらいないんだから」

「よくここがわかったね」

「あなたいつも私の心配ばかりしてるからどうせ私がいなければ寝てるとでも思って保健室に向かうことぐらい想像つくわ」

「彼女は、そういえば名前聞いてなかった」

「わ、わたしは飯田 澪って言います。戸上さん」

「私のこと知っているなら別に名乗る必要はないわね」

「はい」

「せっかく二人で談笑中のところに申し訳ないとは思うけれど少しこの男の子を借りていくわね」

「どうぞどうぞ」

 僕達は保健室から遠ざかる。

 彼女が僕よりも先に声を出す。

「彼女よ」

「何が?」

「あなた鈍いわね。彼女が被害者だと思うわ」

「え!」

「髪型は少し違ったけれど祭りということでおしゃれしたんだと思うの」

「それじゃ彼女を祭りの日に行かせなければいいの」

「そんなの出来るわけないじゃない。彼女は母親と来ていたわ。説得できるわけないわ」

「それなら邪魔しまくって祭りから帰らせるのは?」

「あなた最低ね。子供からしてみれば母親と行く夏祭りなんて特別なものよ。それの邪魔なんて私にはできないわ」

「冗談だよ、そうだよね」

「何かいい案はないかしら」

 僕たちはそれからしばらくの間口を閉ざし考えてみたがなかなかいい案を見つけられず終わりの告げる音が鳴った。 


 僕たちがいくら祭りを止めたくてさもその行事は始まってしまう。

 どんどん屋台の光は強くなり、人の吐息や声がこの空間を支配する。

 幸い出入り口は1箇所しかなくここで見張っていることで夢の中の少女がやってくるのを待つことにした。

 1時間程経った頃のことだ。

 戸上さんが立ち上がる。

「きたわ」

 その子と母親の追跡を開始する。

 彼女はその子を見失わないよう早足に進んでいく。

 よくもまぁ人混みをああもぶつからずに歩けるよなとどうでもいいことで感心していると戸上さんたちを見失った。

 戸上さん達を探すがやはりこの付近にはその影は見つからない。

 どこまで歩いたのか僕にはわからない。

 かなり歩いたような気がしているが人混みに揉まれていたので思ったよりは歩いていない気もする。

 なんなら方向感覚すら怪しいので今の僕が戸上さんの向かって行った方向にしっかり進めているのかも怪しいと言えば怪しい。

 そんなことを思っていたらふと見覚えのある人影を見つける。

 それは本当に偶然でたまたまではあった。

 澪ちゃんが1人で歩いていた。

 僕はあの子がいるならきっと戸上さんも近くにいると考えあたりを必死に探したが見つからない。

 あの戸上さんが見失うとはどれくらい足が速いのだろうかあの子は。

 僕は少し戸上さんを探そうかと思ったが嫌われたくはないのであの子の後を追いかけることにした。

 それに入ってきた時と雰囲気が違った。

 しばらく追跡しているとあの女の子は明るいところからだんだん暗い所へと向かっていく。

 少女は足を止めない。

 気づけば場所は例のあの場所、おぼれるその河原であった。

 少女は歩みを止めず近づいていく。

 一瞬足を止める。

 僕はそれを見て思いとどまったのかと思い、いやそう願った。

 しかしそれは全くかなわない。

 少女は倒れるように飛び込みをした。

 少女は自分から飛び込みはしたがそれでもすごく苦しそうに何か叫んでいた。

 僕は思わずそれを見た後ためらいを捨てて駆けだしたが、それよりも早く駆けだしたものがいた。

 戸上さんだ。

 彼女は僕が飛び込むよりも早く川の中に飛び込み少女の体を支える。

 少女は飛び込んだ時とても苦しそうにしていたが戸上さんに抱かれてようやく人の言葉を話せるくらい息が整ったのか僕にもはっきりと言葉が聞こえた。

「たす、けて」

 戸上さんは少女を抱きかかえ僕は一緒に飛び込み戸上さんを支えた。

 二人を引っ張り上げると戸上さんは一致度息を整え少女に目を合わせるためにしゃがみこんだ。

 少女が息を整え終わると話しかける。

「どうして飛び込んだの?」

 冷たい響きなのに優しく感じるその声に少女は少し戸惑いを覚えてはいるが少しずつ答え始めた。

「ママのために私がいなくなっちゃえば、私がね。体が、体がね弱くてね。いつもいつも家にいるから。ごめんなさい。ごめんなさい。勉強できなくてごめんなさい」

 少女はひたすらに音になってない叫びのような嗚咽をあげ続ける。

 戸上さんはそれをずっと静かに聞いている。

 相槌は打つが少女が次の言葉を紡ぐまでそこでじっと待つ。

「私がいつも病気になっちゃって、ごめんなさい。運動もできなくて、頭も悪くてごめんなさい」

 少女の悲痛な証明がひたすらにその場を支配する。

 僕はそれに感化されて少し苦しくなってきた。

 戸上さんはこんなに近くでそれを聞いているのにそんな表情は見せない。

「私がいなくなればママはすごく楽になるの。だから、だから、、、」

 少女は気づいたらどんどん感情が大きく膨れ上がって今にも吐きそうな声と体の痺れを感じた。

 それを見た戸上さんは少女の体を優しく包み込み左手を腰に右手を頭にまわして先ほどと同じ冷たくも優しいその声で囁くように語りかける。

「頑張って今まで耐えてきたのね。でもねママがあなたにそう言ったの?きえてって?」

「う、う、言ってない」

「でしょ、一言も言ってないわ。ママはねあなたのことが大好きなのよ。だからこんなに自分を傷つけててあなたに幸せになってほしいの。あなたも今同じ思いなのでしょう」

「う、うん」

「それならわかるはずよ。あなたたちはお互いが頑張りすぎちゃうのよ。だから一人で頑張ってしまうけれどもっと思いは口にしなくちゃね。一人で頑張る必要なんてないのよ。きっと大事な思いはし心にしまっておきたいものなのよ。でも伝えた方がいいこともあるわ。私はねあなたよりも少しだけ長く生きてるだけだけどそれくらいはわかるわ。ママの事好き?」

「うん」

 少女がどんどん泣き止んでいく。

「それならまずはママにあなたの気持ちを伝えてみなさい。ママでも自分以外で他人なのだから本当に気になることや知ってほしいことはちゃんと間違えないように伝えなさい」

「うん、ごめんなさい」

「それダメよ、ごめんなさいよりもこれからはありがとうを使うの。言葉には力があるから明るい言葉を使いなさい」

「うん」

「感じすぎてしまうあなたはもっと色々な人と話した方がいいわ。きっと自分が思ってるいる以上に世界は狭いわよ」

 少し戸上さんは笑ってそう言った。

 少女も少し笑った。

「私なんて小さい頃からずっと男子が私に話しかけてこないのは私が美人すぎてきんちゃうしてるからだと思ってたの、でも違ったわ。どうしてだったと思う?」

「わからない」

「私が怖かったんですって。失礼よね」

「ふふふ、でも少しわかります。戸上さん優しいけどなんか怖い先生みたいな話し方だから」

 二人は少しずつ口角を上げていった。

 僕は澪ちゃんが落ち着いたのを確認するとおかあさんを見つけ出した。

 二人は再開すると抱きしめ合う。

 お母さんは話を聞くとぷつぷつと泣き出した。

「ごめんなさい!大好きよ」

「ママ、お姉さんがねごめんなさいはダメだって。 ありがとうを伝えなさいって」

「ありがとう、澪。生まれてきてくれてありがとう」

 お母さんは少女の体を強く抱きしめる。

「うん。ままー。ありが、と」

 二人は感情が溢れ涙と共に溢れ出す。

よく見ると少し離れたところにもう一人澪ちゃんと瓜二つの少女が立っていた。

「君は行かないの?」

「バッカみたい」

「澪ちゃんにそっくりだね」

「当たり前でしょ、双子なんだから。私、似てるねって言われるの嫌いなの」

「ご、ごめん」

 こっちにいる子はなんだか少し苦手な子だった。

 でも態度からはすごく冷たく感じるけどこの彼女は体の力が抜けきっているのがわかるくらい安心したような体制でその場に立っていた。

 僕たちは家族を見送った後2人きりになったその川辺で戸上さんに聞いてみた。

「よく間に合ったね」

「あなたが行くのが見えたから」

 僕は嬉しくなったが情けなくて本当のことは言えなかった。

 この日僕たちの秘密の作戦は終わりを告げてそれは思い出になった。

 戸上さんと僕は二人で川の流れを見ていた。

 どちらも口を開けることはしない。

 ただ川の流れを見ていた。

 僕は戸上さんは何を考えてるんだろう、感じているいるんだろうとそんなことばかり考えていて戸上さんの方を見たりはしなかったけど気になってしかたなかった。

 見なかったのは恥ずかしいかったというのも少しあるけどそれよりも戸上さんが人に見せたくない表情をしているような気がしたからだ。

 鳴き声が聞こえるわけではないし何か弱音を吐いてるわけでもない。

 あの戸上さんの顔が歪んでいるのも想像できない。

 しかしなんとなく今の戸上さんはネガティブなような気がする。

 僕は気の利かせ方なんてわからなかったけど何かしてあげたくてずっと横にいると決めた。

 彼女がきっといつも一人で誰にもその感情をぶつけないで苦しんで悲しんでいるのだとしたらきっとそれは彼女が望んでいることでもあると思う。

 知られたくないんだと思う。心配されたくないんだと思う。

 彼女は強いし、多分それは彼女自身強い自分でいたいんだと思う。

 僕はだから何も言わず、こういう時彼女の側に居続けると決めた。

 彼女がもし他人に頼りたくなった時助けられるように。

 僕が一番最初に頼ってもらえるように。

 屋台の灯りは消えて空には綺麗な月が代わりに世界を照らし、星々が周りで煌びやかに踊っている。

 僕は月は綺麗で好きだ。

 水面に映る月がゆらゆらと揺れている。

 だからそれも眺めている。

 戸上さんもそれを眺めていた。

「ねぇ三橋君は月は好き?」

「好きだよ。綺麗だよね」

「私はね見てると何か不安になるわ」

「なんで?」

「だって朧げなものに感じるもの。月は太陽の光が強すぎて昼のうちに活動できなくてこの時間になってしまう。けれどようやく輝けても太陽のような輝きは出せなくていつも苦しんでいるんじゃないのかしらって考えてしまって私は少し見てると苦しいわ」

 きっと戸上さんが優しいからそう感じるんだ。

 でも太陽にはない優しさが月にはあるんだよ。

 僕は彼女の手を優しく包んだ。

 彼女は少し驚いたけれどあまり抵抗はしていない。

「ねえ、これからは戸上さんはじゃなくて莉央ちゃんって呼んでいい?」

 僕の提案にさらに驚いていた。

「莉央ちゃん? 少しなんというか私にしては可愛すぎる呼び方のような気がするけれど」

「ぴったりだと思うよ。だって莉央ちゃん可愛いから」

「!? 好きにしなさい」

 莉央ちゃんは少し照れてしまってすぐに顔を背けた。


 次の日戸上さんは学校を休んだ。

 僕はその日一日少し憂鬱であった。

 この現象には覚えがある。

 次の日も戸上さんは来なかった。

 その次の日も。

 あまりに休みが続くものだから僕は戸上さんの自宅まで行ってみた。

 もちろんクラスのいろんな人に聞いて戸上さんの住所を特定した。

 我ながら探偵職がお似合いなのかもしれない。

 実は少し楽しかったりする。

 戸上さんの家は周りの家よりも少しばかり大きく、その周辺まで行けばすぐに分かった。

 その家は戸上という表札が書かれていてそれを見て確信した僕はインターホンを御鳴らした。

 ピンポーンと高めの音が鳴る。

 住宅地が静かなこともあり少し緊張が走った。

 まだかまだかと思いつつ胸の中で時限爆弾のように音を鳴らしているこの心臓を頑張って抑えようと必死に胸を手の平で包み込む。

 しばらくたっても戸上さんは現れないので僕はもう一度インターホンを鳴らした。

 しかし彼女は現れない。

 僕は先ほどまでの心臓の高鳴りすら忘れて次は何とも言えない焦燥感が支配する。

「梨央ちゃん!」

 そう呼び掛けてみるが出てこない。

 もしかして中で倒れてるんじゃないかとかいろいろ考えていると一ついい方法を思い居ついた。

 僕はさっそく前にデートで行った和菓子屋さんのお菓子を何種類か買ってきてうまく外からでも見れるように挟み込んでおいた。

 これならもし誰か家にいるならば抜き取られているはずだ。

 次の日僕は不安を拭い去るように早足で戸上さんの自宅へと向かった。

 僕はそのポストを一番先に視界に入れる。

 するとポストの中にあったものはしっかりと抜き取られていた。

 とりあえず安心した僕はさっそくインターホンを鳴らした。

「莉央ちゃん!学校に行こう!」

 僕の呼びかけに対しての返事はなかった、

 僕は戸上さんのことがわからないまま疑問でモヤモヤとさせながら学校へ向かった。

 もちろん学校にも彼女は来ていない。

 先生に聞いてもわからないの一点張りだった。

 確かに謎が多い彼女だけど僕は彼女に近づけているような気がしていただけにかなりショックを受けていた。

 学校が終わり帰宅の時間になる。

 僕はいつもの道を歩いているとその道の途中に戸上さんが立っていた。

 彼女はまるで僕を待っていたように視線を向けた。

 僕は少し緊張をしてしまい、ドキドキとなるこの心臓の音がやかましく感じた。

「純、いつもこの道を通って帰っているの?」

 なんのことかわからないし、それが重要なことなのかわからない。

「そうだよ、莉央ちゃんがいない時はこの道かな」

「そう、それなら」

 戸上さんは僕を置いて去ろうとしたので僕はつい戸上さんのその白く細い腕を引っ張ってしまった。

 戸上さんは少し体勢を崩してしまうが踏みとどまる。

「ごめん、でも待って欲しかった」

「ごめんなさい、でも私少し急いでるから」

 そう言って戸上さんは足早にその場を去っていった。

 彼女はまた夢を見たんだと思う。

 でも今回は頼ってもらえないことが僕にとってショックだった。

 そしてやっぱり戸上さんは学校に来ない。

 金曜になった。

 僕は今日も来なかった戸上さんの自宅へ向かおうとしていつもとは違う道を通った。

 彼女を見つけた。

 戸上さんだ。

 僕は声をかけようかと思ったが彼女の表情はそれどころではないと物語っている。

 僕は彼女の視線の先に目を向けるとそこにいるのは僕の母親でこの人混みのせいでなかなか先にいかないようだった。

 今日は町中でセールをやっていて確かにいつもの倍近く人がいて流れに逆らうことができない。

 僕は次の瞬間に信じられない光景を見てしまった。

 それは子供が道路に投げ出された。

 まだ小さな男の子だった。

 そしてそれに思いっきり速度制限を無視したトラックが突っ込んでくる。

 そしてたまたま近くにいた母親が咄嗟に飛び出してその男の子を弾いた。

 そして母親の体はトラックによって弾かれた。

 僕は声にならないような声が自分から出してそれからのことは覚えていない。

 しばらくは学校に行かなかった。

 信じられなかったからだ。

 いまだに母親が家にいるような気がする。

 父もぐったりとしておりずっと仕事を休んでいる。

 父の弟である僕の叔父さんがたびたび家に様子をみにくるがまるで回復の兆しがない。

 インターホンの音が家に響く。

 僕はもちろん父も扉を開けるつもりはない。

 だが、なぜか今日の僕はその扉を開けようと思った。

 僕はその扉を頑張って開けた。

 とても重くいつもこんなものを開けなければ外に出られないのかと思った。

 扉を開けるとそこにいたのは戸上さんだ。

 彼女はなんとも言えない表情をしていた。

「莉央ちゃん…」

 僕その声に彼女は何を思ったのか少し掠れた声で話しかけてきた。

「ごめんなさい」

 彼女のその声が、言葉がなぜか僕の心のモヤモヤやぐちゃぐちゃの思いが固まった丸い感情を緩め始めた。

「純のお母さんが亡くなってしまったのは」

 彼女の声を聞くたびに封印していた僕の感情を外から突き始める。

「私のせいかもしれない」

 僕はその言葉で完全に感情が溢れ出した。

 まるでパンパンの風船に小さな穴を開けたような感情の漏れ。

 自分でどうすることもできなかったしそんなことは何も考えてはいなかった。

 ただ何かにこの感情をぶつけたかった。

「どうして、どうして」

 どうして、どうして、どうして、どうして…

 その言葉に続く言葉がたくさん溢れそうになるが感情が溢れすぎてそれを言葉にすることはなかった。

 だからだろうか、僕は彼女にもっと酷いことを言ってしまった。

「消えて」

 それは多分僕の本心のいろいろなものが絡み合ってそれがその言葉に集約されてしまったのだろう。

 でも多分その言葉が1番僕の中できっとしっくりくるものだったからサラッとそんな言葉が出てしまった。

 彼女はすごく悲しそうな顔をした。

 今まで見たことない顔だった。

「ごめんなさい」

 彼女はそうもう一度謝ると僕が差し入れした店の和菓子がたくさん詰まった袋だけ渡して駆け足で消えた。

 僕はその袋を持ったまま家に戻ると父親が声をかけてきた。

「それは?」

「友達がくれた」

 僕はなんとなくその袋から大福を取り出した。。

 父親もつられたからなのか団子をとった。

 それと一口食べると不思議と涙が溢れてきた。

「う、うう、」

 父も涙を流して、みっともなく泣いた。

「お礼を言っておいてくれ」

 それは父が立ち直ったことをまだ小さな僕にもわかるほどは活気のある声であった。

 それに僕も同時に謝らねばと思った。

 彼女に言ってしまったことを。

 あれは本心ではあったがあれだけが真実ではない。

 僕は伝えなければいけないことがまだまだたくさんあるし何よりも彼女に会いたい。

 だが思いもよらない現実が僕の前に起きた。

 戸上さんが転校したのだ。

 自宅にも向かったが生活感のなくなった家がポツリと立っているだけであった。

 あれが最後の別れになるなんて思ってもなかったし、彼女を傷つけて別れてしまったということが僕の中でとても大きなオモリとなってしまったと思う。

 僕はその日から多分ずっと彼女を探していたんだと思う。

 


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