2話 出発

聖女せいじょ神話しんわ―ラクリモサ―』


 ヒロインは孤児院育ちの孤独な少女。ある日少女の手に不思議な紋章が浮かび上がる。それは未来起こりうる災害を打ち破る強い力を秘める女性にのみ現れる紋章であった。人はそれを『聖女の印』と呼ぶ。

 少女は海沿いの大国、エメルシオン国の世界有数の魔法学園『騎士魔法学園』に入学することになる。

 第一王位継承権を持つ気高き王子アンドレア、その弟で皮肉屋のエルバート、魔法学教師で楽天家のクリストフ、成績トップで生真面目なブレント、騎士クラスに通う粗暴そぼうなバロン、小悪魔な天才少年ロニー。

 少女は個性的な彼らの力を借りながら、来たる災害の日に人々を救うため奮闘することなる。



 ……というのがこのゲームの概要である。


 プレイしたのは高校生の頃だ。ここに来てからの14年を合わせて……およそ20年前ということになる。ホームページに書いていた概要の文章をそっくりそのまま覚えているほど好きなゲームだったが、敵の聖女や国の詳細は興味がなかったので忘れていた。


 この二聖女神話というのはストーリー重視の恋愛ゲームで、パラメーターを上げて好きなキャラクターを攻略しつつゲーム後半で訪れる“災害”に対処してハッピーエンドを目指すものだ。その珍しいストーリー構成とパラメーター調節の難しさから売り上げはパッとしなかった。

 ところが私はこれが大好きだった。攻略可能キャラは皆個性があってカッコよかったし、正義感が強くて優しくて強いヒロインが好きだった。


 ……の、だが。残念ながら私はよりにもよってヒロインと敵対する悪役の聖女になってしまった。


 第一の聖女、ヒルダ。ヒロインよりも早く聖女の印を受け、常人にはとても操ることのできない魔法を容易く使い、その強さから王子の婚約者にまでなっている公爵令嬢。

 聖女の印を持っていながらヒルダほど魔法を使えないヒロインは、ヒルダにとっては邪魔者以外の何物でもなかった。よって彼女はヒロインを追放するためあらゆる手を打ってくることになり、それにパラメーターを上げて抗うことで“ヒルダの追放”が完了する。そして“災害”パートへ移動する。もちろん、災害というのはヒルダのことである。

 ヒロインを逆恨みしたヒルダは自身のもつ力を全て使ってでも国を破滅へ追い込もうとした。それが災害。ヒロインは人々を救うため力を開花させ、国を救う。それがハッピーエンド。


「……ハッピーエンド……ね」


 要するに私は破滅する運命らしい。ヒロインや国にとってはハッピーエンドかもしれないが……。

 考え込んでいると、突然自室の扉が勢いよく開かれた。


「ヒルダ様!」


 ロジータだった。とりあえず屋敷に居ることを許された彼女はまだメイドを続けていた。どこか慌てた様子だ。


「どうしたの?」

「大公様がいらっしゃいました!ぜひ聖女様にお見えになりたいと」


 「早く早く!」とメイドらしからぬ口ぶりで手招きするロジータに、なんとなくただ事ではないなと思い急いで階下へ向かった。




―――――




 玄関ホールへ行くと、パッと見ただけでも地位の高そうな人たちが揃っていた。メイドたちや両親の姿もあった。彼らは私が来たのに気が付くと顔を上げ、1人「おお!」と声を挙げた。


「ご機嫌麗しゅう!聖女の印を持っているヒルダ嬢というのはあなたですな?」

「え、ええ……」

「失礼ですが印を確認しても?」


 大公たいこうと思われる、黒い口ひげとヒョロリとした体が特徴的な男性が右手を差し出してきた。ダンスにでも誘っているような姿勢だ。

 印のついた右手を差し出すと、大公は手をとってしばし印を見つめたあと、機嫌よく手の甲にキスしてきた。

 ……初めて手の甲にキスされた。


「うむ、間違いない!まことの聖女様ですね。いやはやわたくしが生きている間にまみえることができるとは!」


 大公は周囲に立っている騎士や従者の方を振り返り、嬉しそうに笑った。


「しかし不思議なものだ、突然浮かび上がるとは……。一体どのように出現したので?なにか切っ掛けでも?」

「……」


 事実を言うのは憚られた。両親のことは好きではないけれど……罰を受けてほしいとまでは思わない。


「……いえ。ふと気が付いたんです」

「そうですか。さぞ驚いたことでしょう?」


 私は話を変えようと彼に話しかけた。


「あの……失礼ですが、どうお呼びすれば?」

「ヒルダ!」


 父が慌てた様子で言うが、大公が手を挙げて制した。


「失礼いたしました、聖女様。私はエルメシオン国第16代国王アラスタス王の命により遣わされたサンデリック・ヴァレミーと申します。お見知りおきを……」

「国王が?なぜ?」

「古くからの決まりなのですよ。この国で聖女が現れたとき、聖女は必ず国王と謁見えっけんすることになっているのです。ヒルダ嬢はなぜ聖女というものが現れるのか知っておられるかな?」


 知ってたら変かな?それとも知っているのが普通なのだろうか?ここは無知と思われても知らないフリをしておいたほうがいいかもしれない。


「いえ……」

「知らずとも無理はないでしょうな。なにしろ100年に1人現れるかどうかというものですから!」


 良かった知らないフリしといて。


「聖女というのはどんな災いも消し飛ばしてしまうほどの魔力を得ることができるのです。そして聖女が現れた土地には将来必ず大きな災いが訪れる。必ずですよ!ああ、恐ろしい!」

「災いを止めるための存在……ということですか」

「ええ!その印は言うなれば神からの贈り物。この国のため、民のため、我々は聖女様をお守りしなければならないのです!」


 なるほど。こういう経緯でヒルダは王族と会うことになり、王子と婚約するに至ったのだろう。……じゃあ、もしかすると……。


「では、私はこの家を離れる必要があるということですか」

「その通り!アラスタス王はあなたの部屋を用意してございます。ご安心ください、我らエメルシオン国軍は世界でも随一の強さ!来たるべきその日まで絶対にあなたをお守りしますよぉ!」


 ヴァレミーがドンと胸を叩くと、背後にいる軍人と思われる恰幅の良い男は片足を勢いよく踏みつけ、胸を張った。これは頼りになりそうだ。拒否権もなさそうだが。

 私は両親のほうを振り返った。母も父も私を見てはいない。昨日のこともあるし、彼らのことだから私の心配よりも自分たちの仕打ちを国王に話される方が心配に違いない。さっき私が誤魔化したことで、少しでも心を入れ替えてくれるといいのだが。


「……ヒルダ様……」


 ロジータだけが私を心配そうに見ていた。


「……ヴァレリー様。お願いがあります」

「うむうむ、なんですかな?」

「どうかロジータを傍に置いてはいただけないでしょうか?」

「!」


 ロジータを指してそう言うと、彼女は驚きながらも顔色が明るくなった。

 この屋敷から私がいなくなったらロジータは1人きりになってしまう。そうすれば即刻屋敷から追い出される。間違いなく。

 彼女を1人にすることはできない。

 ヴァレリーはうんうんと頷き、くるりと跳ねた口ひげをつまんで撫でた。


「そうですなあ、ヒルダ様も年頃の乙女、同じ年頃の侍女が必要でしょう。よろしい!そこのメイド、ロジータといったかな?君も来るのだ!」

「わ、は……はい!」

「では出発いたしましょう!アラスタス王が待っておられる!ごきげんよう!」


 私とロジータは屋敷の外に停められていた馬車に乗り込んだ。地面のデコボコにあわせて揺れる馬車に乗りながら振り返り、屋敷を見る。メイドや両親が馬車を見送るため外に出ていた。

 住んでいた頃はとても大きく見えていた屋敷と両親は随分小さく見えた。それからどんどん遠ざかっていき、緩やかな丘に遮られ見えなくなった。

 きっともう帰ることはない。



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天才悪役聖女に転生したのに魔法が全然使えない! @mochikura

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