最終話 やいたおもちはきなこで食べる

「美緒、さっきはごめん、俺が悪かった」


「ううん、私も逃げるようなことしてごめん。私の部屋で少し話さない?」


 部屋に向かう途中、妹とすれ違った。


「ちょっと出かけてくるね」


「どこ行くの?」


「コンビニ」


「そう、いってらしゃい」


「いってきまーす」


 気を利かせてくれた妹に感謝しつつ、奏音を部屋まで案内する。

 部屋に着いた私たちはカーペットの上に並んで腰を下ろした。親もまだ仕事から帰ってきていないから、今家には奏音と2人きりだ。


「今日のあれはさすがに俺の配慮が足りてなかった。ごめん」


「それは違うよ」


「え?」


「私ね、奏音の、人を助けてあげられるような力強い優しさに惹かれたの。そんな奏音だから、好きになったの」


「うん」


「だけどね、奏音が教室で他の女の子に勉強を教えてる姿を見たとき、少し怖いと思った」


「怖い?」


「奏音の優しさを全部持っていかれるんじゃないかって」


「それは、そんなことないよ」


「うん、分かってる。私は奏音の優しさをみんなに自慢したい。知ってほしい。でも、私にだけ優しくしてほしい」


 奏音は黙って私の話を聞いてくれている。


「こんな感情、間違ってるはずなのに……! 間違ってると分かっていながら、どうしてもそう思ってしまうの。私、自分勝手な人間でしょ?」


 私は、襲いかかる泣きたい気持ちに耐えながら話を続ける。


「素直に好きになれなくて、ごめん」


「美緒は、別に間違ってないと思う」


 謝る私に、奏音はそう言う。


「美緒のそのやきもちは、俺のことを好きだから生まれたんでしょ? だったら、俺はその感情が間違っているとは思わない」


「そう、なのかな?」


「それに、そんなに大きな感情を無理やり抑えるのは苦しいから。自分がやきもちをやいてるってしっかり自覚できる美緒なら、もっと楽にしても良いんじゃないかな?」


 良いのかな? 矛盾を抱えたまま生きていても。


「俺は美緒のことが好きだ。子どもの頃からずっと。だから、美緒のことは信頼しているし、美緒のいだいている感情ごと愛したい」


「感情ごと……?」


「うん、美緒が感じるものも、それを含めて美緒だから」


「たとえそれがどんなに醜いものだったとしても?」


「美緒自身がそれを否定しない限り、なんだって受け入れるよ」


「……っ!」


 私は、ただただ嬉しかった。奏音がこんなにも私のことを想ってくれていたなんて……。

 だからこそ私も、正面からきちんと奏音のことを愛したい。

 でも、だからといって今あるやきもちを捨てるなんてことはしない。

 もし捨ててしまったら、それは私を信じてくれた奏音を裏切ることになってしまうから。

 だから私はやいてしまったやきもちを、これからやくであろうやきもちを、しっかり自分の心で受け止めてあげるんだ。そしていつか振り返ったときに、あのときやいたやきもちも良い思い出だったかもしれないなと思えるように、私も全力で奏音のことを愛す。愛することは、信じることだ。


「奏音、ありがとう」


 私のことを信じ、受け止めてくれた奏音にお礼を言う。

 

「美緒……」

 

 奏音が私の体を抱き寄せる。

 奏音に私の名前を囁かれるだけで、どうしてこんなに心地良いと感じるのだろう。ぼんやりとした頭で、ふとそう思った。

 2人きりの部屋で私たちは抱き合い、互いの愛の深さを確かめ合うのだった。

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2人の 盛山山葵 @chama3081

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