幕間その一:他愛のない雑談
穏やかな天気の昼下がり。
ふわりと毛を撫でる心地よい風が馬車の中を流れ、帆の隙間から木漏れ日のように陽の光が差し、舗装されていない平野を走る馬車はまるで揺りかごのようだ。
どこを切り取っても最高に絶好な昼寝日和だというのに、瞼を閉じていても一向に眠気が訪れないのは何故なのか。
理由は明快である。
「――でさぁ」
「そうよね――」
「でも――」
すぐ目と鼻の先で、クソガキ三人衆がずぅーーっとくだらない話をしているからだ。
ドッと笑い声が上がる度に俺の耳はピクリと反応し、誰かが姿勢を変えようとすると決まって手足や尾が俺の身体にほんの少しだけ触れる。
堅い床でも不安定な気候でもどんな環境下でも、座ってでも立ってでも宙ぶらりんでもどんな姿勢でも、すぐに寝てすぐに目を覚ますコトが出来る――それが俺のひそかな特技だったというのに、どうやら人が近くにいる状態でだけは全く寝付けないらしい。
人が発生させる音やニオイ、気配の全てが気になって仕方がない。
……それだけなら百歩譲っていいさ。ただ単に俺が他人との行動に慣れていないだけであって、コイツらが大きな声を出して騒いでいるというワケでもないからな。
「――カイル、君はどう思う?」
「…………」
名前を呼ばれて、ピクピクと頬が痙攣し始める。
あろうことかコイツらは、事あるごとに俺に話題を振ってくるのだ。
「だぁから! 俺、寝る、つったろ!? 誰が不寝番したと思ってるんだ!」
「いやでも、『俺ってば、寝ないで三日間活動できるから』みたいなことを昨日の夜に自慢されたってフレイシスさんが」
三人の輪から離れた荷台の隅で、俺たちが話す様子を微笑まし気に眺めている桃髪の女。
今でこそ大人しそうな雰囲気を出して無口を装っているが、昨夜は散々質問攻めにした挙句に三人が起きだすまでずっと喋り通していたのを俺だけは知っている。
どうしてか妙に懐かれている気配があるのだが、別段なにかした覚えはないし、それどころか差の激しい二面性と面倒ごとを抱えてそうな気配に、俺としては出来れば関わりたくないという印象を抱いていた。
「い゛った゛ぁ゛!」
たまたま傍を転がっていた
ドンという鈍い音と共に
そしてそのまま桃髪の女は、特有の柔和な雰囲気から想像つかないような汚い悲鳴を上げて仰け反り、後頭部を勢いよく荷台の壁へとぶつけるのだった。
「……何をするんですか。これ、先端部分は割としっかり固くて当たれば痛いんですよ。食べ物で遊んではいけないんですからね」
左手で後頭部をさすり、右手で額を押さえ、両目に若干の涙を浮かべる桃髪の女は、その行動と言葉の割にはあまり痛くなさそうな声音でそう言った。
「テメェが悪意のあるモノの伝え方をするからだろ」
「
投げつけられた
とはいえ、理屈っぽい言い訳をしているんだろうというコトはなんとなく分かる。
「まぁまぁ、喧嘩はしないで。僕が彼女に君のことを訊いたんだ。フレイシスとは既に数回ほど簡単な依頼を共にしているけど、カイルとは今回が初だろう? 少しでも距離を縮めたくて、昨夜はどんな様子だったのかを知りたかったんだ」
「だったら、直接俺に聞きゃあいいじゃねぇか」
「君に聞いてもまともに相手をしてくれないだろう? 昨日、一昨日の短い付き合いだけどそれぐらいは分かる」
「……」
的を射た分析に、思わず黙ってしまった。そんなに分かりやすい性格をしているのだろうか。
「そうしたら、寝なくても活動に支障はきたさないと聞いたから、せっかくの道中なんだし親睦を深めようと思って話を振っていたんだが……迷惑だっただろうか?」
「いいじゃないっすか、カイルさん! どうせ村へ着くころには夕方で、一泊してから行動開始することになるでしょうし、ここいらで仲良くしときましょ!」
赤髪の男は眉根を山の形に寄せて困ったような顔をし、さらに追随するようにして、金髪の男が軽快にそう言ってのけた。
そんな二人に対して、つい寸前まで笑っていたはずの青髪の女はすぐに顔を顰めてそっぽを向いており、こちらへ向けられている尾は不機嫌そうにユラユラと揺れている。
元より俺とて仲良くする気なんてサラサラないが、こうも露骨なまでに嫌悪感を態度に出されると流石に俺も腹立ってくるな。
とはいえ、ガキの挙動一つ一つに目くじらを立てる様な大人げないマネはしない。俺だってヒマじゃないんだ。
「俺はやれる時にやれるコトはきっちりやっとく主義なんだよ。つーわけで、寝れる今のうちに寝る」
「はん、協調性のカケラもないなんて、こんな大人にはなりたくないものね」
「やんのかゴラ、クソガキがーっ!? 今度はナマいうその口ン中に鉛玉ぶち込んでやらぁーー!!」
「はーっ! それはこっちのセリフよバーーーカ!! 二度と武器握れないように両手とも完全に壊死させてあげるわ! それでアンタの開拓者人生も終わりね、ザマァ!!!」
「わーー!!
俺がバチバチと黒い稲妻を迸らせながら拳銃を取り出すのと同時に、青髪の女は恐らくは利き手と思われる右手をこちらへと向ける。
一触即発状態の俺たちの間に、金髪の男が慌てた様子で割って入り、互いに向けられている銃と右手を強く掴んだ。
「テメェの尻尾の制御もマトモできないってんなら、年長者として俺がキッチリ躾けてやんよ!」
「わーでたでた! そうやってすーぐ年齢を引き合いに出すヤツ! そういうヤツがいっちばんガキ臭いのよねー! 発言がおねしょ臭いわよ、おしめでも変えてあげましょうかーっ!?」
「マリ、流石にその発言は下品だと思うな」
赤髪の男が呑気にそういうが、当事者である俺の視点からしても、ツッコむべき要素はソコではないと思う。
昨日は全員そろって険悪な雰囲気を振りまいて口論していたというのに、慌てふためいている金髪の男に対して、コイツは落ち着きすぎではなかろうか。
「アル! そんな呑気なコト言ってないでマリを止めてくれよ!
「大丈夫さ。カイルにその気があるのなら、昨日のように何も言わずに問答無用で発砲しているさ。口で言っている限りは問題ないと僕は思うよ。マリも、向こうから仕掛けてこない限りは自分から暴力を振るうことなんてない、そうだろ?」
「「…………」」
無邪気な赤髪の男の発言に、俺たちは揃って押し黙る。
さわやかな笑顔でそんなコトを言われてしまっては、本当にヤる気があったとしても出来るワケがない。ココで撃ってしまえば、明らかに全面的に俺が悪いってコトになってしまうし、あまりにも大人げがなさすぎるというモノだ。
青髪の女も考えているコトは同じようで、パチリと目が合うと嫌味たっぷりに露骨な舌打ちを同時に鳴らした。
「言葉の暴力なら散々振るわれてんだけどなぁー」
「だったら今すぐココに、衛兵呼んでみなさいよ」
しばしの睨みあい。そして、フンッと互いに互いの顔から勢いつけて視線を外す。
移動した視線の先では、なにやら興味深そうな様子で俺たちのやり取りを見ていた桃髪の女の姿があった。
何を考えているのか全く分からない、なんとも不思議なヤツだ。
「……ったく、完全に眠気が飛んじまった」
積まれてあった木箱にもたれ掛かるようにして座り込み、大きく息を一つ吐く。
すると、ズズイと身体をこちらへと寄せて赤髪の男が距離を近づけてきた。
「だったら、君の話を聞いてみたいな。開拓者になる前は旅をしていたんだろう?」
「ヤだね。めんどくさい」
「いいじゃないか。自分で言うのもなんだけど、僕は好奇心が旺盛だからね。こうなってしまうと話してくれるまで催促を止めない」
「いいですね、私も気になります。昨晩は私が一方的に話してばかりでしたので、今度はカイルさんのお話を聞かせてください」
まずい、厄介極まりないヤツがココに来て乱入してきやがった。
やたらと世話を焼いて気を配りたがる今までの行動からして、赤髪の男の言葉は間違いなくウソなのはわかり切っているが、この女に関しては、一度抱いた好奇心を手放そうとしないというコトを昨日の夜でよぉく理解させられている。
このままでは本当に、俺が話を始めるまで延々と催促され続けるだろう。
鬱陶しい催促を無視して無理やり昼寝を決め込むか、観念してテキトーな話をしてから邪魔のない昼寝をするか。
「…………はぁ」
考えるまでもない話だった。
パッと輝かせる眼前の顔面が二つ。きわめて眩しい。
鬱陶しいその顔面をそれぞれ鷲掴んで無理やり引きはがし、少し感じる気恥しさをため息とともに押し流す。
……自分の体験を誰かに聞いて聞かせるのは、随分と久しぶりな気がするな。
小さい頃は何かあるたびに、父さんや母さんに報告しては優しく頭を撫でられたものだ。
居住まいを正して真正面に座る、赤髪の男と桃髪の女。そのすぐ後ろで、金髪の男が苦笑しながら拝聴の姿勢をとっている。
「アレは南部の地方を旅していた時のコトだ。俺がソコを訪れた時、ちょうど
いつか夢幻のアルヘイヤ 琥鉄 @kurogane_iron
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