詩と栞③


 七星詩、本日晴れて十八歳になりました。


「うぅ゙ぅ゙………ぅぁぁああん!!!」

「ど、どうしたの? お姉さんに告白してもらったんじゃなかったの?」

「ザッヂャン…………実は斯々然々で……」

「ふーん、日付変わった瞬間お姉さんに電話したけど卒業するまでは付き合えないって言われたの?」

「うわぁぁぁぁ゙ぁ゙!!!!!!」


「七星ぃ!! 授業中だぞっ!!!!」


「いやぁぁぁぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙!!!!!」


 ◇  ◇  ◇  ◇


 勉強頑張りました。赤点も無くなりました。栞さんのアドバイスで大分背伸びした大学に挑戦してます。家業もコツコツやってます。珈琲の美味しさもちょっとずつ分かってきました。


「なのに何故っ!!!?」

「まぁさ、冷静に考えたらいくら成人したからって高校生に手を出したら犯罪だよね。お姉さんの言い分だってあるんじゃないの?」

「でもさ、でもさ……凄く頑張ってさ……楽しみにしてたのにさ…………」 


 放課後、自販機で親友のサっちゃんに奢ってもらいブラック珈琲が自販機からガシャンと落ちてきた。手に取ろうとした所、サっちゃんがそれを奪い私のおでこにデコピンをくらわせてきた。


「これはいらないでしょ。ほら、グラウンド横に止まってる車見てみ?」


 我ながら間抜けな面で見上げると、黒く四角い外車が目に映る。車の事はよく知らないけど……私の好きな車。栞さんの車。


「お姉さん、アンタが思ってる以上にアンタのこと思ってるんじゃない? ちゃんと愛されてるんだから、自信持って突っ走れ」


 サっちゃんは笑いながら私の背中を押してくれた。

 そうだよ。いつだって……走るしかない。早く、早く栞さんの隣を歩いていきたいから。


「し、栞さん!!」

「ごめんなさい、急かしちゃった?」

「ふへへ、そういう年頃なんです」

「……今日、時間ある?」

「ありますあります! 今日は夜遅くなってもいいという許可を得てますから」


 私をじっと見つめる栞さん。相変わらず格好良くて可愛いので、私も見つめ返していると……吹き出して笑う栞さん。

 あぁ゙……幸せTime。


「じゃあ隣、乗ってくれる?」


 意気揚々と乗り込もうとしたけれど……ふと過る不安事。仕方ないよね……こんなに好きなんだから。


「あ、あのですね……他の人も……こうして隣に乗せてるんですか?」

「ちょっと前までは十年来の付き合いがある美容師をよく乗せてたんだけど……最近は後ろに乗ってもらうことにしてる。何でだと思う?」

「な、何故ですか?」

「あなたに嫌な思いさせたくないから。分かった?」


 ……ちゅき。


 シートベルトを締めると、以前私が好きだと言った曲たちが流れ出す。嬉しくて……なんとなく背筋を伸ばしてしまう。


「もしかしてこれは……デートというやつですか?」

「そうね、デートね」

「せっかくなら着替えて化粧したいんですけど……」

「あなたのすっぴんも制服姿もどっちも好きだけど……じゃあ一回家に帰ろっか」

「こ、このままでいいでしゅ……」


 背伸びしてお洒落して隣を歩きたいけど……今の私、十八歳になったけどまだ高校生の私は今しか無いから……そんな私を、栞さんに見てもらいたい。


 車を飛ばし着いた場所は……外国語が書かれたお洒落なお店。英語じゃないし……何語だろう。


「ここ、お気に入りのスペイン料理屋で……店主と仲が良いから、昼間だけど特別に開けてもらってよく入り浸ってるの。Hola、電話で言ったアレといつものお願いね」


 店の人と親しげに挨拶をして、個室へと案内された。ほぇぇ……お洒落な店だ……

 注文した炭酸飲料が届くと……可愛らしいケーキが一緒に添えられてきた。


 チョコペンで書かれた“Happy Birthday 詩ちゃん”の文字。

 これ……多分栞さんが書いたんだ。どうしよう、こんなに嬉しいのに……涙が止まらないや。


「ごめんね、上手く書けなかったけど……誕生日おめでとう」

「栞さん…………あ、あの、私電話で失礼な事──」


 何も言わせないかのように、私の唇を塞いでくれた。優しく頭を撫でてくれて……嬉しいのと、困らせてしまったことに涙がまた流れ出す。

 

「本当はこういうこともしちゃいけないんだけど……こうでもしないと詩ちゃん分かってくれないでしょ?」


 自分がいかに幼稚だったか思い知らされる。

 ちゃんと私の事を大切に考えててくれるのに……私は自分の事しか頭になかった。


「栞さん……ごめんなさい」

「ちゃんと伝えなかった私がいけなかったから。ごめんね、詩ちゃん」


 ◇  ◇  ◇  ◇


 気を取り直して、誕生日の乾杯。

 瓶に入った赤い飲み物を直飲みする栞さん。凄く嬉しそうに飲んでいて……私も嬉しくなってしまう。


「栞さんのそれは何のジュースですか?」

「これ? サングリア」


 そう言って瓶を渡してくれた栞さん。匂いを嗅ぐと……


「お、お酒じゃないですか!! そんなに一気に飲むものなんですか?」

「人それぞれだから分からないけど……これが私。酒が好きで四六時中飲んでる中毒者。ふふっ、嫌いになっちゃうでしょ」


 外国語で書かれたよく分からない沢山のお酒を何本も飲む栞さん。そういえば前にアパートに行ったときもお酒の缶が沢山並べてあった。


「本当ならあなたに嫌われなきゃいけないのに、嫌われたくないからあなたの前では我慢してたの。大人ってズルい生き物ね」


 私も同じ。栞さんに嫌われたくないから……好きになって欲しいから、そんな私になろうとしてた。でも背伸びしなくても……きっと栞さんは──


「お、お酒と私どっちが好きですか!!!?」

「……どっちも好き。でも、お酒は我慢出来てもあなたの方は我慢出来ないかも」


 そう言って……いつもの珈琲の匂いとは違う、アルコールの匂いが私を包み込み……手に持っていた瓶を机に置いて、栞さんは私を抱きしめてくれた。


「お誕生日おめでとう。大好きよ? でも卒業するまでは我慢してね」

「だ、だ、だ……も、もう一回言ってください!!」

「ふふっ、嫌。さーて飲むよ」


 お酒を飲むと少しだけ変わる栞さん。

 でも、どちらも栞さんで……どちらも大好き。

 卒業まではまだまだ先だけど、私らしく走って走って……私の中にある大好きな好きを、あなたに伝えたい。

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