詩と栞②


「でね、夜景見ながらメッチャ美味いハンバーガー食べてね、口についたソース拭いてもらって、帰りの車の中で“眠たかったらここで寝て良いよ”なんて言われて、膝枕させてもらってね、そんでもってお別れの時は頬撫でてもらってね、あぁぁぁ゙幸せ…………栞しゃんだいちゅき……」


「なに、付き合ってんの?」


 月曜日、朝からサッちゃん(親友)にお姉さん改め栞さんとのラブラブデートを三回話している。因みに繋いだ方の手は洗っていない。


「でもお友達からって言ってたし……栞さん経験有り過ぎて挨拶程度にしか思ってないかもだし……あぁ、この薬指まだ栞さんの匂いする」


「まぁ何にせよアンタが幸せになってくれて良かったよ。次の約束したの?」


「してない……テスト近いし……栞さんにもそう言われたし……会いたい……」


「素直に言ってみたら?」


 ◇  ◇  ◇  ◇


 というわけで学校が終わりベッドの上でスマホとにらめっこをしている。

 栞さん、今何してるのかな……

 好きだよ……会いたいよ……


『詩ちゃん? どうしたの?』


 会いた過ぎてスマホの画面に栞さんが映って見える。なんか心配そうな顔してる……ふへへ、可愛い。


『ちょっと……大丈夫?』


 好き過ぎて涙が流れてしまう……

 よし、この妄想の栞さんで練習しよう。


「会いたいです……私達付き合ってるんでしょうか…………早く栞さんの隣にいないと溶けて無くなっちゃいますよー…………あれ? なんでアプリ開いて…………うひょっ!!!!? ちょ、ちょっと切りますね!!!!」


 嗚呼終わった…………

 火照りと悪寒両方に襲われ項垂れる私のスマホに栞さんからの着信。

 先程と同じビデオ通話だ……


「あ、あのですねさっきはその……えっと……」


 何一つ嘘を付いていないのに……どうして同じことが言えなくなってしまうのだろう。

 笑わないと……嫌われたくない……

 

『……仕事、遅くまでかかっちゃうこともザラだし毎日は難しいかもしれないけど……なるべくこうして顔を見せるから。それじゃ駄目かしら?』


「そ、そんなことないです!! 嬉しい……ふへへ……」


 左上に映っている私の顔はなんともだらしなく、やれやれといった顔をしている栞さんはマジ天使。


『勉強進んでる? テストあるんでしょう?』


「いやぁ……一個でも赤点回避出来れば御の字ですね……」


 因みに前回は全教科赤点。ここまで来ると周囲は怒りよりも違う感情が芽生えるらしく、逆にそれが悲しかった。

 でも向き不向きってあるし……


『……明日は朝早い分夕方から時間取れるけど、一緒にいたら頑張れる?』


「…………えっ!!? い、いいんですか!? 頑張ります頑張りますから少しでも拝ませて下さい!!!」


『じゃあまた連絡するから。今日も頑張りなさい?』


 夢みたいな時間……その続きが待っていることに興奮し夜は中々寝付けず、次の日学校へ行き夕方の為に爆睡した。


 ◇  ◇  ◇  ◇


 待ち合わせはスタバ。店の外で待っている最中、インカメを見ながら髪の毛を直す。

 制服で来ちゃったけど大丈夫かな……もっとお洒落しないと……子供っぽいと嫌われちゃう── 


「お待たせ。クマ凄いけどちゃんと寝てる?」


「あっ、えっ、その、おはようございましゅ」


「ふふっ、カフェイン摂れば少しはスッキリする?」


 栞さんに手を引かれそのまま店内へ。

 珈琲の香り、栞さんの香り。

 繋がる手が脈打っているのが分かる。どうしよう、緊張してるのバレちゃうかな……

 栞さんと同じホットのブラックを頼んだ筈なのに、何故か栞さんはホイップ乗りまくりの甘いヤツを注文していた。


「あれ……ブラックじゃないんですか?」


「……あなたの真似したつもりだったんだけど。ふふっ、案外似た者同士なのかもしれないわね」


 その気遣いとはにかんだ顔に心奪われ、ボーッとしたまま奥の椅子へと座った。

  

「夜は用事があって二時間くらいしかいられないの。ここで見てるから勉強しちゃいなさい?」


「は、はい。ではまずは数学を…………」


 ……あれ?今日の栞さん……メイクがいつもと違う。ナチュラルメイクっていうか……濡れ感も凄く可愛いし……


「どうしたの?」


「やっ、その……えっと…………今日の栞さんも素敵だなと思いまして……特にメイクが可愛くて……」


「…………変じゃないかしら?」


「め、滅茶苦茶好きです!!」


「そう? ふふっ、ありがと」


 …………あっ。


 もしかして……飲み物もメイクも……私に合わせようとしてくれてる……?

 だとしたら嬉し過ぎるし……私のこと……す、好きなのかな…………?


 二時間勉強に集中するなんて、普段の私にとっては難儀な話なのに……栞さんといるとあっという間。

 時計を確認する栞さんを見る度に、胸が痛くなる。


「そろそろ行かなきゃかな。この調子なら…………詩ちゃん……?」


 離れたくない。一緒にいたい。好き。

 そんな想いが私の身体を動かし、栞さんに抱きついてしまった。

 離れなきゃいけないのに……動けない。動きたくない。


「ご、ごめんなさい……私……その……えっと…………」


「……あなたが十八歳、成人になるまでは付き合えない。大人として、それくらいのことはさせて欲しいの。それまであなたが、詩ちゃんが私のことを変わらずに想ってくれてるなら、その時は……私から言わせて?」


 栞さんはそう言って、私の頬を伝う涙を何度も指で拭いてくれた。

 その人差し指の爪は……私の好きな色のパウダーブルーに染まっていた。

 私のことを考えた……言葉ではない伝え方。そんな栞さんの優しさが…………生まれて始めて感じさせてくれる……尊さ、愛しさ。

 自分で涙を拭い精一杯微笑んだ。


「べ、勉強頑張ります。学校もテストも、家業も……全部全部、頑張ります。誕生日までの半年間に……栞さんに嫌われないように頑張ります。服もメイクも栞さんに見合うようにもっと大人っぽく── 」


 必死な私の唇が……柔らかなもので塞がれた。

 離れていく栞さんの表情が、好き以上のなにかを私の中で溢れさせていく。


「あなたが思っている以上に私はあなたのこと考えてるから。頑張れ、高校生」


 優しく頭を撫でられ、栞さんはお店から出ていった。

 未だ夢の中、残された温もりを撫でて……シャープペンシルを握り直し、今出来ることを頑張った。


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