最終話 いつの間にか
そして、そんな日常が続いて一か月が経った頃。
「なあ、いつもの飼い主来なくね?」
佐久間が退屈そうに机の上で伸びながら言ってきた。
いつも通りの昼休みの光景だ。だが、佐久間の言う通り、時間になっても少女の姿は現れなかった。
俺はスマホをいじりながら刻々と過ぎていく時間を眺めている。心配することでもなければ、あっちが一方的に関わってきているのだから気にする必要はない。
そのはずなのだが、何だか心がキュッと締め付けられる。
「ちょっとトイレ行ってくるわ」
「んー? おうよ」
そのまま俺は席を立ちあがり、一年生の教室がある階へと向かうことにした。
一年生の教室はここから一階上がるだけですぐそこだ。だが、俺は少女がどのクラスにいるのか知らない。
今思えば、少女のことを聞いた記憶がない。ずっと少女のペースで会話は進んでいたし、だいたいはこの学校を受ける経緯だったり昨年の文化祭での事だったり。
俺の事を探していた一か月前のことも話してくれた。どうやら一クラスずつまわって、その度に「センパイいますかー?」と言っていたらしい。俺はE組だったため、AからD組まで声をかけていたことになる。
そんなことができるメンタルに感服してしまう。俺には到底そんなことはできない。だから、今どうやって少女のことを探そうか考えていた。
普通に考えれば、同学年の女子に話しかければいい。俺は階段を登り切り、廊下に出てあたりを見渡した。
すると、雑談を楽しんでいる女子の姿を見かけた。これはチャンスだ。
「あの」
「え、あ、はい。なんですか?」
自分が先輩だということを忘れていた。そりゃ、みんながみんな少女のようなに気さくなわけではないし、戸惑ってしまうのは仕方ないだろう。
俺は一度呼吸を挟んでから、本題を切り出した。
「あ、急にごめんね。ちょっと人を探してて」
「人、ですか?」
「そうそう、一年生に――」
って、あれ。少女の名前って、なんだ?
思わず言葉を詰まらせてしまう。こんな大事なこと、どうして忘れていたんだ。聞くタイミングはいくらでもあっただろうに。
とにかく今は少女のことが気になってしょうがない。俺は身振り手振りでなんとか特徴だけを伝える事に集中した。
「えーと、こんくらいの身長で、ここらへんまで髪を伸ばしていて。あ、あと茶髪。それで――」
「もしかして、ネコちゃんのことですか?」
「ネコちゃん?」
俺は首を傾げながら聞き返した。あだ名にしては特徴的だ。しかし、あの少女にぴったりというかなんというか。
一緒にいるときはピッタリくっついてくるし、話しているときは食いつくような瞳で聞いてくれる。まるで飼い主のことが好きな猫のような。
「多分、センパイの言っている子はネコちゃんだと思いますよ。ネコちゃんがよく話すセンパイの特徴と似ていますし」
「へ、へー。そうなのか。てかなんでネコちゃんって呼ばれてるの?」
「それは苗字が猫屋だからですよ。あと小動物みたいでかわいいのでネコちゃんってみんなに呼ばれています」
まあ確かに。
「かわいいからなあ、納得」
「な、何でセンパイがここに!?」
後ろから猫屋の声が聞こえてきた。トイレから出てきたところなのか、手が濡れている。しかし、なぜかハンカチが床に落ちている。
「あ、猫屋、だっけか。遅かったから心配してたんだよ。ほれ」
落としていた猫の刺繍が入ったハンカチを猫屋に渡す。若干顔を赤くしているのだが、体調でも悪いのだろうか。
「あ、ありがとうございます……」
「あれ、もしかしてネコちゃんとセンパイって連絡先交換してないんですか?」
「あー、そういえばしてないな」
猫屋からもそういった素振りを見せていなかったし、学校だけの関係で済んでいるから考えもしなかった。
俺はスマホを取り出してQRコードを表示させて見せた。
「はい、これ俺の連絡先。これで今日みたいなこともなくなるだろ」
「は、はい! ちょっと待ってください……」
猫屋は慌てて手についていた水滴を拭った。そして、スマホを取り出してQRコードをかざすと高らかな電子音が響き渡る。
こうやって連絡先を交換してもさほど変わりはしないだろう。今日みたいなことがない限りは俺から連絡することはないだろうし。
「これでやっと交換できたね、ネコちゃん」
「うん!」
猫屋はスマホを顔に近づけて嬉しさを表現していた。そこまでして喜ぶことなのか分からない俺は疑問を抱きながらも、いつもと変わらない猫屋にどこか安心していた。
「それじゃ、わたしは教室戻るからー」
「わかった! じゃあねー!」
「……同級生に仲いい人いるんだな」
「なんですか、その言い方。仲いい子なんていっぱいいますよ!」
猫屋は拗ねているのか、頬を膨らませながらな顔を横に向かせた。いつも昼休みに俺のところにくるものだから友達がいないのかと勝手に勘繰っていた。言ってしまえば、まわりから見ても浮いているんじゃないかと心配していたのだ。
でも、さっきのやり取りを見ればそんなことはなさそうだ。
「では、お昼ご飯食べましょうか。
「おうよ」
名前で呼ばれたが、それは登録名を名前にしているから分かったのだろう。だから、俺は動揺もせず淡々と返事をした。
猫屋は弁当を取りに行くと教室に入っていく。
いつも通りの日常に、いつも通りの猫屋。
これが終わってしまったら俺はどうなってしまうのだろう。きっと、今日みたいに探し回るに違いない。
「お待たせしました、センパイ! 次はセンパイの教室に向かいましょう!」
「あ、いや。先に待ってていいよ」
「いや、一緒に行きます!」
やれやれ、そう思っているはずなのに面倒だとは感じない。
それに、猫屋の笑顔を見ていると心の奥底から守ってやりたいと思ってしまう。
もしかしたら、いつの間にか俺の心は猫屋に
「あ、やっぱり時間ないのでセンパイの教室で食べてもいいですか?」
「それは絶対嫌だね! ちょ、やっぱ先行ってて!」
「あ、センパイ! 待ってくださいよ!」
俺は急いで階段を駆け下りて弁当を取りに行った。
迷子になっていた子を助けたら後輩になるなんて思ってもいなかった。
しかも、最初から懐いている。
これからもこんな日常が続くと思うと骨が折れる。だけど、悪い気はしない。
一人のセンパイとして健気な後輩を、ちゃんと構ってやるとするか。
――――――――――――――――――――――
○後書き
最後までお読み頂きありがとうございます!
実はこちらの作品を長編で書こうか迷っているんです。
よくあるラブコメにはなっちゃうんですけど、わちゃわちゃしたラブコメが書きたくて……。
それはともかく、☆や♡で応援して頂けると大変励みになります。
改めて、お読み頂きありがとうございました!
迷子の子を助けたら後輩になって懐かれた pan @pan_22
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