第3話 懐きすぎだろ

 というのが、俺の記憶の中にあった少女の面影。


 だが、今目の前にいる少女はどうだ。髪色こそ同じだが、あの時の腰まで伸びていたのと違い、肩までしかない。それに雰囲気が違う。制服を着ているからなのか、子供っぽさが薄れている。


 けど、瞳はその当時にそっくりだ。目が合えば直感的にそう伝えてくる。


 俺はそこで察したのだが、本当にそこだけ。

 いや、だってよ。こんな積極的な子だったっけ?


「もう、センパイ。なにボーっとしてるんですか」


 少女は俺の顔を覗いてきた。顔が近くにあるというのに少女は何も気にしていない。


「こんなところに連れ出して黙るとか、何がしたいんですか」


「いや、全部あなたのせいですけど!?」


 不貞腐れたように言うものだから俺は思わず突っ込んでしまった。


 というのも、今は教室にいない。なぜなら、教室中の視線が刺さりまくっていつか串刺しの刑に処されるんじゃないかと思ったからだ。


 文化祭がどうのこうの、センパイのことがどうのこうの。ベラベラと話されるものだからそりゃ視線も集まるわけで。


「まあいいや、とにかく今後は目立ったことはしないでくれ」


「なんでですか?」


「俺が困るからだよ! もうすぐ昼休みは終わるし……」


「なら、昼休み始まってすぐならいいんですか!?」


 いや、なんでそうなる。直接ツッコミたいところだが、眠気が来ていて頭が回らない。せっかく寝ようとしていたのに、これじゃ五時間目以降寝てしまう気がする。


 この後は適当にあしらって教室に戻ることにした。



◇◇◇



 そして翌日。

 俺は持ってきていた弁当を机に広げ、昼休みを満喫しようとしていた。


「センパーイ! 約束通り来ましたよー!」


「……んんん!?」


 手始めにお茶で口を潤そうとしていた瞬間、ドアから少女が勢いよく大声を出してきた。約束した覚えはないはずだけどな。


 そして、すぐに視線が俺に集まってくる。なんだよ、この仕打ち。


「おい、飼野かいの。行った方がいいんじゃないか」


「そう言われてもよ……」


 佐久間に促されるように少女へと視線を移す。なにやらランチバッグのようなものを持っているし、一緒にご飯を食べましょうって感じがしてならない。


 くそ、教室にいる男子からの目線も怖いし、やむを得ん。


 俺は素早く弁当を片付けて席を立った。そのまま足早に少女のもとに向かっては、男子の目線が追ってくる。


「よ、よし。行こうか!」


 さすがにここで食べるわけにもいかないだろう。俺は少女の腕を引っ張って教室を後にした。少女は突然のことに呆気に取られていたが、そんなことを気にしている場合ではない。


 とにかく今はどこかに移動しなければ。といっても、教室以外で飯を食える場所を知らない。


「もういいや、ここにしよう」


 他に思い当たる場所もなかったため、妥協した。


「ここって……」


「ん? ああ、そっか」


 ここは昇降口の真向かいにある休憩スペース。少女にとっては、迷子になった時に友達と合流した場所であり、俺に感謝を伝えてきた場所でもある。


 偶然とはいえ、なんだか気恥ずかしくなってくる。俺が意識しているみたいに捉えられないか心配だ。


「とりあえず、ここで食べようか」


「はい!」


 少女は嬉しそうに返事をする。まあ、たまには付き合ってあげてもいいか、二日連続だけど。


 しかし、またしても少女はやってくる。同じ時間に、同じ要件で。


 今日は来ないだろうと弁当を広げた直後にやってくる。その度に教室にいる男子の目線が俺の体に突き刺さる。


 が、それも一週間も経てば気にならなくなった。視線だけな。


 人にはいずれ慣れというものがやってくる。同じことを何回も繰り返せば、気持ちを落ち着かせる術が身体に沁みついてくるのだ。


 もちろん、慣れていったのは少女に対してだ。本当に毎日来るものだから、男子はそういうものだと考えるようになっていったのだろう。いつしか俺のことを見て「飼い主来たぞ」などと抜かすやつを出てきたし。特に佐久間とか。


 そして、少女との昼食は決まって昇降口裏の休憩スペース。人も来ないし、そこはまるで二人きりの空間のような。


 時々会話を交えてもいるが、すべてしょうもない日常のこと。学校の授業だったり、先生の愚痴だったり。


 俺もいつしか少女が来るものだと思い込み、弁当を広げずにスマホをいじって待つことが増えた。

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