第2話 迷子の子

 その日は文化祭の一般公開日。


 当時、俺は佐久間と一緒に催し物を転々としていた。別日に生徒だけの文化祭はあるのだが、雰囲気を味わいたいと佐久間に口説かれてしまったので断れず。


 とにかく、まあ。人がすごいこと。


 親御さんはもちろん、文化部の作品も飾っているからそれを見に来る年配の方など。いろんな人がこの学校に訪れる。中には学校見学も兼ねてくる中学生がいるのだとか。


「次どこ行くよ」


「いや、誘ったのそっちだろ。ちゃんとリードしろ」


 そんなやりとりをしていた気がする。学校行事といえど、やっていることは変わらない。


 俺は学校では多少勉強ができて、多少運動ができる、所謂普通より少し上の人間。つまり、尖っているわけでもなければ平凡でもない。平たく言えば、たまーに目立つが一瞬で忘れられる主人公みたいな感じだ。


 そして、その親友ポジションでちょっと抜けたところがあるのが佐久間。何でか知らんけど、入学してからすぐ仲良くなった。


 積極的に話かけにきてくれるのはありがたいのだが、マシンガントークのように一方的になるところはしんどい。だから、俺はいつも適当に相槌を打って流していた。


 だが、それが仇となり、文化祭を一緒に回る羽目に。マジでだるい。


 まあ、それでも佐久間と一緒に回ることに悪い気はしていない。普通に楽しかったし。


「えー、もう回るとこなくね?」


「まあ、それもそうか。じゃあ、待機室戻る?」


「そうするかー」


 待機室とは生徒専用の休憩スペースのことで、文化祭期間中は教室が使用できないため用意されている。


 佐久間も応じたようで、引き返すように体を反対に向けたのだが。俺はその時、迷子の子を見つけてしまった。


 その子は小学生だろうか、背丈は小さい。長い茶髪のせいで余計に小さく見える。


 そして、あたりをキョロキョロとしているが誰も声をかけようとしない。俺はいたたまれない気持ちになり、佐久間に「先戻ってて」とだけ伝えて少女の元へと駆け寄った。


「大丈夫?」


「……っ!」


 まあ、急に声を掛ければ驚かれても仕方ないか。


 俺は目線を合わせるようにしゃがんでから、今度は少し優しい声音で少女に話しかけた。


「大丈夫? もしかして、道に迷った?」


 コクっと少女は小さく頷く。すんなりと応じてくれたため、そのまま俺は寄り添うように言葉を続けた。


「誰と一緒に来たの? 友達? お母さん?」


「……友達」


 絞り出したような小さい声で言うと、少女は目を潤ませていった。ここで泣かれては誤解されてしまうと思ったが、変に動揺してしまうと恐怖を煽りかねない。そう考えた俺は何とか平然を装い、立ち上がった。


「よし、それなら昇降口に行けば会えるかもしれないな。行こうか」


 何となく手を差し伸べてみたが、まあ驚かれた。それもそうだ、慣れていない場所で迷子になって、知らない男に話しかけられて。さぞ怖かっただろう。


 しかし、少女は手を繋いできた。


 数分のやりとりで信頼を築けたのだろうか。どちらにしろ、これで昇降口まで案内できるため、今は少女の期待にあやかってしまおう。


「それじゃ、行こうか」


 俺はぎこちない笑顔で言うと、少女もまた可愛らしい笑顔で頷いて応えてくれた。


 少女の負担にならないように歩幅を合わせて向かう。やはりまだ不安でいっぱいなのか、握られている手に力が入っている。


 少女なりの抵抗なのだろう。決して強くはないが、俺がいるという安心感を得るための行動な気がする。


 時間はかかったが、何とか昇降口付近まで着くことができた。向かっていた理由は、会場の出入り口となっていて目に入りやすく、受付があるからだ。


 一番可能性があるとしたらここしかなかった。友達と来ていたというなら、なおさらだ。


「あ、きた!」


「あれ、友達?」


「……うん」


 少女の表情が柔らかくなっていく。そして、肩を震わせて泣き出した。


 まあ、友達と合流できたのなら良かった。あとは任せるとしよう。少女の友達らしき数名がなだめるように声をかけているから大丈夫だろう。


 俺は佐久間を待たせている待機室に戻ろうと来た道を引き返そうとした。


「あ、あの……!」


「ん?」


 さっきまでの少女の雰囲気とは一変。髪は乱れているし、目は涙で少し腫れている。けれど、瞳は真っ直ぐ俺に向けられていた。


 俺は体を少女へと向き直し、何か言いたげな様子の少女を待った。


「あ、ありがとうございました!」


「どういたしまして。今度は迷子にならないようにな」


 なんだ、ちゃんとお礼を言える子じゃないか。勝手に感心していたが、さっきまで恐怖に怯えていた子が面と向かって感謝を伝えてきたら誰だってそう思うだろう。


 きっといい子なんだろうな。

 俺は少し良い事を知った気分になり、思わず微笑んだ。

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