東京異世界ランド

銀星石

剣と魔法のテーマパーク

 2003年10月2日、千葉県成田市に異世界へのゲートが出現した。

 ゲートの先にある異世界は世界統一国家が実現していた。異世界の女王イヴァリエ・エバーグリーンは不老不死の女王だった。

 イヴァリエ女王は地球人との友好を望んでおり、その第1歩としてまずは日本との国交を結ぶことにした。

 

 当然のことながら、様々な混乱や騒動が起きた。地球では存在しない技術や資源から生じる利権を各国は奪い合おうとしていた。

 国内に異世界ゲートがあったために利権争いの真っ只中に置かれた日本は極めて危険な状況であり、平成グレート・ゲームとも呼ばれていた。


 幸いにもイヴァリエ女王の全面的な協力によって、日本は最悪の事態だけは回避できた。

 そうしてようやく地球社会の情勢が落ち着いた2015年、イヴァリエ女王から地球人に異世界の文化を体験してもらうためのテーマパークを建設したいと申し出があった。

 こうして成田市の異世界ゲート近くに建設されたのが東京異世界ランドである。

 2023年8月。ある高校生のカップルが東京異世界ランドへデートに行こうとしていた。

 

「鋼治くんは東京異世界ランドに行ったことあるの?」


 カップルの片割れ、赤木鳩美が黒井鋼治に尋ねる。


「いや、初めてです。俺の親って盆や正月に実家へ帰省することすら面倒がるくらい遠出が嫌いなんですよ。鳩美先輩は?」

「私も初めて。高校に入る前は北九州のほうにいたから」

 

 鋼治と鳩美は学校の先輩後輩の間柄で、先月から交際を始めている。今日は二人にとって初めてのデートだった。

 京成上野駅から快速特急に乗って約1時間。京成成田駅に着いた後は、無料のシャトルバスに乗って向かう。

 

「あ、鋼治くん、窓の外!」


 鳩美が指さす先には巨大な城塞都市があった。中心には美しい白亜の城が見る。


「東京異世界ランドって元々は異世界にあった街をエルフの女王がまるごと魔法で転移させたんだよね。小学生の時ニュースでやってたの覚えてる」

「俺も覚えてます。その時の様子を中継放送で見てました」

「私も見てた。すごかったよねー」

 

 それは地球の一般人が初めて異世界の魔法を目にする機会だった。日本のみならず、世界中の放送局がその様子を中継放送するために成田市に殺到した。

 シャトルバスが城壁の門の前に止まった。

 来場者は危険物を持ち込んでいないか検査を受ける。ゆったりとしたローブを着た魔法使いが杖で床を叩くと、一瞬だけ光が広がる。魔法を使った検査だ。地球人にとってはセキュリティチェックすらも一種のアトラクションだった。


 検査が終わり、いよいよ開門だ。来場者達が「わぁ!」と歓声を上げる。

建物は一見すると昔のヨーロッパ風だが、屋根の上には不思議なオブジェが備え付けられている。

 また要所要所では巨大な杖のようなオブジェも建っていた。

   

 東京異世界ランドは地球上に建築されたテーマパークだが、ある意味では本物の異世界と言えた。

 大人も子供も目の前の異世界に目を輝かせた。

 しかし鋼治も鳩美もどういうわけか異世界の町並みを見ても高揚感が持てなかった。見慣れた町を見ているような気分で、むしろ懐かしいとすら思った。


「なんかすごいね、鋼治くん」

「ですね。こう、すごく異世界ですね」

 

 鋼治と鳩美はありきたりな感想でお茶を濁した。変なことを言ってせっかくの初デートに水を差したくなかったのだ。

 鋼治と鳩美は先ほどの感覚を忘れようと努め、せっかく来た東京異世界ランドを楽しもうとした。

 

 東京異世界ランドはテーマパークだが文化交流を目的に作られたので、ジェットコースターや観覧車といったアトラクションは無い。

 一番人気は何と言っても魔法教室だ。魔法学校を舞台とした児童文学の傑作を読んだことがある者なら一度は夢見たことを実際に体験できるのだ。

 参加者達は授業の様子を興味津々と見ていた。特に子供は目を星のように輝かせていた。


しかし鋼治と鳩美に摩訶不思議なものを見た感動は無く、やはり先ほどと同じく懐かしさを感じていた。大人になってからかつて自分が通っていた小学校を見るような懐かしさだ。

 実際、魔法教室で行っている内容は小学校の理科レベルのものだと鋼治と鳩美は感じていた。なぜそう感じているのかは二人ともわからなかった。


 魔法教室の後、鋼治と鳩美は幻獣ふれあい広場やマジックアイテム博物館、ダンジョン探索体験などに足を運んだ。昼食はランド内のレストランで異世界の郷土料理を食べた。そのどれもが、未体験のものを体験した感動ではなく、故郷に帰ってきたような懐かしさからくる感動だった。


 極めつけは、最後に見た勇者スティールと聖女ピジョンの冒険を描いた演劇だ。

 鋼治と鳩美はその演劇に異常ともいえる共感を覚えた。勇者と聖女がまるで自分

達自身であるかのように感じたのだ。

 もはやただの気のせいでは済ませられなかった。


「ねえ鋼治くん」

「何です、先輩」

「変に思うかもしれないけど、ここにきてからずっと私は懐かしいって気持ちに

なってるの」

「それは俺もです。東京異世界ランドに来てからと言うもの、俺にとって異世界

が異世界じゃないように感じています」


 二人はお互いが抱えているこの奇妙な感覚を正直に告白した。


「それに、さっき見た劇、私は聖女ピジョンが自分のことのように思えてしかたないの。こう言うとただの自意識過剰かもしれないけど、もう一つおかしな感覚があるの。聖女ピジョンが私で、勇者スティールが鋼治くんと同じように感じているわ」

「鳩美先輩もですか。俺も同じ気持ちです。俺達と勇者と聖女は全くの別人なのに」

「私か鋼治くんの片方だけだったら勘違いや気の迷いって片づけられるけれど……]

「俺と鳩美先輩が同時にってことは、俺達に何かが起きているってことなんでしょうね」


 その時、鳩美の肩に青い鳥がとまった。ただの野鳥にしては人間に対する警戒心が不自然に小さい。


「右手にある黄色い扉にお入りください。お二人の疑問の答えがあります」


 その言葉は青い鳥から発せられた。青い鳥はその後すぐに飛び去った。

 鋼治と鳩美が目を合わせる。鳥がしゃべったくらいで驚きは無い。千葉県成田市に異世界の一部を移植したのが東京異世界ランドなのだ。

 建物と建物の隙間のよう路地の奥に青い鳥が言った黄色い扉がある。関係者以外立ち入り禁止と書かれている。


 鋼治は鳩美が自分の手を握ってきたのを感じた。鋼治は鳩美の手を握り返した。

 二人は手を繋いだまま黄色い扉に近づく。

 鋼治がドアノブに触れる。カギはかかっていない。扉はすんなりと開いた。


「ただの倉庫?」


 鳩美が肩透かしを食らったかのように言う。実際、そこは整頓された掃除用具があるだけだった。

 

「ぱっと見ただけではわからないだけかもしれません。奥まで見てみましょう」


 鋼治が鳩美に言う。二人は同時に1歩踏み出した。

 直後、目の前の光景が一変した。

 二人がいるのは倉庫などではなく、荘厳な雰囲気をたたえた謁見室だった。

 滑らかに磨き上げられた白い石床に上品な赤い絨毯が敷かれている。

 絨毯の両脇にはエルフ達が並んで立っていた。全員、性別を問わず目が覚めるほど美しい。

 絨毯の先には玉座がある。エルフの王女イヴァリエが座っていた。

 イヴァリエ女王以外のエルフ達が一斉にひざまずく。


「よく来ました、勇者と聖女よ」


 女王の言葉に鋼治と鳩美は東京異世界ランドに来てからの疑惑に確信を得た。


「あなたがそう言ったということは、俺は勇者の生まれ変わりで」

「私は聖女の生まれ変わりということね」


 女王は穏やかにうなずいた。


「わたくしは魂の形を見られます。あなた達の魂は間違いなく、かつてわたくしの世界を救った勇者と聖女のものです」


 はっきりと自覚したためだろうか。鋼治と鳩美は唐突に前世を思い出した。スティールとして、ピジョンとして培った知識、技術、経験が洪水のように流れ込んでくる。

二人は激しい頭痛にさいなまれる。人格が前世の記憶に洗い流されそうになるが、心を強く保って今の自分達を守りきった。

 

「勇者スティールと聖女ピジョン。我々は再びあなた達に頼らねばなりません。今……」

「その前に」


 鋼治がイヴァリエ女王の言葉を遮る。側近のエルフ達が顔をわずかにしかめた。


「俺達のことは今の名前で呼んでほしい。そうしたらあなたが抱えてる問題をなんとかする」

「……わかりました。ではあらためて、勇者鋼治と聖女鳩美、あなた達には〈破滅の嵐エンドストーム〉から地球を守ってほしいのです。その存在は、かつて私の世界を脅かした邪神に匹敵する力を持っています」

「なるほど、だから邪神との戦いで使った決戦都市を魔法で地球に移転させたのね」


 鳩美が言う。東京異世界ランドは地球人から見れば不思議な形をした街でしか無いが、実際は巨大な都市型兵器なのだ。


「そうです、聖女鳩美。地球に迫る脅威は8年前から予知していましたが、そのまま伝えても地球人は信じないでしょう。だから決戦都市をテーマパークとして地球に移し、来るべき戦いの日に備えつつ、あなた達が現れるのを待っていました」


 ふと背後に人の気配が生じた。鋼治と鳩美が振り返ると、冒険者らしき数名がいた。


「彼らはわたくしの世界で最強の冒険者達です。彼らと協力してエンドストームを倒すのです」


 リーダー格とおぼしき青年が自信に満ちた顔で1歩前に出る。


「俺はデイビット、よろしくな。勇者と聖女の転生者が味方なら心強い」

「必要ない」

「足手まといよ」


 鋼治と鳩美の断言にデイビットの顔が一瞬固まる。


「流石に実力を見ずにそんなことを言うのは酷くないか? 疑うんだったら、確かめてく……」


 その時、デイビットがバタリと倒れた。

他の冒険者やエルフ達がどよめく。イヴァリエ女王すらかすかに驚いていた。


「デイビットを気絶させた。俺がどんな攻撃をしたかわかるものは?」


 答えられるものは誰もいない。普通の者には見ないものも見抜けるイヴァリエ女王もわからなかった。


「異世界最強でも、俺や鳩美先輩と同じことができないのなら、ついてこないでほしい」


 反論は無かった。

 


 3日後の深夜、営業時間を終えた東京異世界ランドは眠っているかのように静かだった。

 中央広場に鋼治と鳩美は立っていた。この3日の間に慣らしはもう済んでいた。前世の力を不足無く発揮できる。

 イヴァリエ女王は鋼治と鳩美のために最新の技術を使った武具を与えたが、二人ともそれを身に着けていない。

 

 使う前に壊れたのだ。鋼治と鳩美が魔力を注いだだけで力に耐えきれず砂状に崩壊したのだ。

 実際、前世ではスティールとピジョンの力に耐えられる武具は異世界に存在しておらず、素手で邪神と戦っていた。勇者と聖女にとって最強の武具とは自分の肉体なのだ。

 

「来た」


 鋼治が睨む先、夜空に1点の光が灯った。星の光ではない。宇宙から飛来してくる何かが、大気摩擦の高熱で輝いているのだ。


「都市を起動するわ」

「制御は任せます」


 都市全体に駆動音が響き渡る。地球人が異世界風のオブジェだと思っていたものは、全て魔法兵器だ。その照準が夜空へ向けられる。

 強力無比な魔法が次々と発射される。空気を震わすほどの爆音、夜を昼に変えるほどの閃光。そのような現象があれば、成田市の住民が気づいてもおかしくないが、魔法による隠蔽も同時に発動しているので、地球人はこの戦いを知ること無く一夜を明けるだろう。


「どうです、鳩美先輩?」

「敵は無傷よ。私達とは使い方が違うけど、東京異世界ランドの攻撃を魔力で防御している」

「どれくらい敵の魔力を削れそうですか?」

「3、いえ2割ね」

「まあそんなもんですね」


 東京異世界ランドの魔法兵器は備蓄された魔力を使っている。その魔力は来場者から少しずつ採取したものだ。

 地球人の魔力は魔法が発動できないほど小さいものだが、連日数万人が訪れているのだ。しかもランド開業から8年は経っている。それだけの膨大な魔力を使ってもなお、敵の魔力を2割しか浪費させられない。


 しかし鋼治の鳩美も冷静だった。無いよりはマシ、あるいは念のためにと言う気持ちで決戦都市である東京異世界ランドを使っているだけに過ぎないのだ。

 やがて唐突に東京異世界ランドから光が失われる。貯蓄していた魔力を全て使い切ったのだ。

 そして宇宙から飛来してきた敵が鋼治と鳩美の目の前に着地した。

 エンドストームは人の形をしていたが人ではなかった。真っ白い肌に体毛は無い。また体の各所が鎧のように硬質化している。


「随分と派手に歓迎してくれるな」


 それは日本語を口にした。


「俺に言語能力があるのが不思議か? 言葉ってのは結構強力な武器になるぜ。人を騙せるんだからな。ま、お前達には通用しそうに無いから、こうしてバラしてしまうわけだが」


 エンドストームは拳を構えて、トントンとその場で軽く飛び跳ねる。


「さぁて、世界の存亡を賭けたかけた戦いをしようじゃないか」


 直後、3つの突風が吹いた。

 鋼治、鳩美、そしてエンドストーム。三人は音速を超えた速度で格闘戦を始めた。

 殴り合い、ただそれだけで余波を受けた東京異世界ランドはみるみるうちに破壊されていく。

 三人が打撃を繰り出すたびに閃光が走る。東京異世界ランドの魔法兵器が放ったのと比べていささか地味だが、しかし威力は比べ物にならないほど高い。

 広範囲に殺傷力を発揮する攻撃はこの場では不正解だ。魔力を無駄にしないよう、威力を1点に圧縮するのが正しい。


 鋼治がアッパーカットを放つ、エンドストームは上半身を反らして避ける。アッパーカットはフェイントだ。鋼治は本命の回し蹴りをエンドストームの脇腹に叩きつける。

 エンドストームは即座に腕をおろしてガードするが回し蹴りの衝撃を受け流せなかった。彼の体は砲弾のように吹っ飛び、東京異世界ランドの中心にある城に叩きつけられる。


 すでに鳩美は〈飛行の魔法〉を使って東京異世界ランドの上空にいた。城の外壁にめり込んだエンドストームめがけて、隕石のような飛び蹴りを放つ。

 エンドストームは避けられなかった。腹に直撃を受ける。鳩美の飛び蹴りの衝撃は凄まじく、その余波で城は粉々に砕け散った。

 エンドストームは城の瓦礫に埋もれた。だがすぐに瓦礫は弾け飛んで、無傷のエンドストームが姿を見せた。


「もっと気合いを入れた攻撃じゃないとだめだぞ」


 エンドストームは自分の体から砂埃を払いながら言った。

 鋼治も鳩美の攻撃は有効打にはならなかった。エンドストームは攻撃を受ける時、瞬間的かつ局所的に魔力で作った防御膜を生成して威力を相殺していた。


「ピジョン!」

「勇者様!」


 戦いの興奮で鋼治と鳩美はつい前世の時の振る舞いが出てしまう。

 鋼治と鳩美が視線を交わした瞬間、エンドストームは拳を振りかぶった姿勢のまま硬直した。

 エンドストームだけではない。世界の全てが止まっていたのだ。

しかし一人の例外がいた。鳩美だ。彼女は切り札となる魔法を使ったのだ。その名は、〈停止の魔法・時の型〉。時を止める魔法だ。


 時を止められるのは3秒が限界だ。その間に、鳩美はありったけの攻撃を叩き込んだ。

 それでエンドストームを倒せるかわからなかった。攻撃の結果は、時が動き出してから出ないとわからない。

 時間停止が解除する直前、鳩美は打ち上げるような打撃をエンドストームのみぞおちに叩きつける。


 そして時が動き出す。時が止まっている間に、何百発もの魔力を込めた打撃を受けたエンドストームは上空へと吹っ飛ばされる。


「何だ、何の攻撃を受けた!?」


 全ては時が止まっている時に起きたこと。エンドストームは未知の攻撃で初めて動揺を見せる。

 鋼治が〈飛行の魔法〉でエンドストームを追いかける。


「ああ、そうか。つまりは……」


 エンドストームが何かを言いかけた時、鋼治は〈停止の魔法・時の型〉を発動させる。

 鳩美の時と同様に鋼治も魔力入りの打撃を制限時間いっぱいまで叩き込む。

 時が動き出し、エンドストームは地面に叩きつけられた。衝撃で蜘蛛の巣のようなひび割れが生じ、周辺の建物が砕けた。

 鋼治も鳩美も時間停止攻撃で魔力の8割を使った。魔法とは非現実的な現象ほど大量の魔力を消費する。異世界人の常識からすれば無限に近い魔力を持つ勇者と聖女ですら、たった3秒の時間停止で激しく消耗するのだ。

 

 これだけ攻撃したのだからきっと倒せるはずだという油断は二人に無い。生死を確かめるためにエンドストームの元へ行く。

 エンドストームは倒れていた。その体から魔力を感じ取った鋼治と鳩美はまだ敵を倒せていないとわかった。

  エンドストームがよろよろと立ち上がる。


「くそ、時間停止攻撃なんて反則だろ……だが、同じ技を2度も使って俺を倒せなかったのは失敗だったな」


 驚くべきことに、エンドストームは自分が受けた攻撃が時間停止によるものと見抜いていた。

 何かしてくる! 鋼治と鳩美は警戒するが無意味だった。

 瞬きした直後、鋼治と鳩美は自分達がぼろぼろになって倒れているのに気がつく。


「まさか俺達の魔法を……」

「こんなにあっさり模倣するなんて」

 

 見上げれば、脇腹を押さえながら立つエンドストームの姿があった。


「くそ、倒しきれなかったか。2対1はやっぱりきついか」


 何かしらの攻撃をしてくると思って鋼治と鳩美は体の表面に魔力の防御膜を形成していた。それが二人の命を繋いだ。全身のいたるところで骨が砕け、内臓が破裂している。だが意識と魔力さえあれば二人は死なない。

魔力を〈回復の魔法〉に注ぎ込み、鋼治と鳩美は立ち上がる。

 肉体は万全の状態に戻った。だが魔力はどちらも後1%程度しか残っていない。


「回復したか。だが魔力をだいぶ使っているな。残った量じゃ、常人の何倍か程度にしか強くなれないぞ」

「だがお前はもう魔力を使い切ってるだろう。紙一重で俺達のほうが有利だ」


 鋼治の言葉にエンドストームはニヤリを笑った。だが、疲労困憊で無理して作っている笑みだ。


「確かにそうだな。だがそれは魔力量だけだ。俺は魔力強化なしでも人間よりずっと強い。つまり……」


 エンドストームが拳を握って構える。


「ここから先は根性が勝敗を決める」


 鋼治も鳩美も敵の言葉を受け入れるのは屈辱だが、しかし事実だった。

 再開された戦いは、先ほどとはうって変わって泥臭いものだった。

 双方とも有効打を与えられず、戦いは長引いた。

 夜が明け、朝日が東京異世界ランドに降り注ぐ。


「負けられるかよ。俺は人を撲滅してやるんだ!」


 エンドストームが何を目的として地球に襲来したのかわからない。しかしそれは命を懸けかけるに値する目的であるくらいは鋼治も鳩美もわかった。エンドストームから伝わる気迫がそれを示していた。


「俺達はやりたいことが山ほどあるんだ。その前に滅ぼされてたまるか!」

「エンドストーム! あんたがどきなさい!」

 

 鋼治と鳩美はその気迫に屈するわけには行かなかった。地球を守るのは前世が勇者と聖女だったからではない。  

 前世では青春など何も無かった。幼い時から勇者と聖女として厳しい訓練を課せられた。その上でただの鉄砲玉として邪神に差し向けられ、邪神と刺し違えて命を落とした。


 この戦いが終われば、ただの高校生として生きられる。ありきたりのようでいて宝石のように価値のある青春を送る。

 そのためには生きて勝つ。鋼治と鳩美の執念がエンドストームの気迫を上回った。

 鋼治の拳がみぞおちに、鳩美の上段蹴りが側頭部に叩きつけられる。

 エンドストームの体が地面を転がる。彼は立ち上がろうとするが、途中で力が抜けて倒れた。


「ああ、ちくしょう。しくじった。最強なら一人で何でもできるって判断が間違っていたか」


 エンドストームは悔しそうに顔をしかめながら絶命した。彼の体は白い粒子になって崩れた。


「よくぞ地球を救ってくれました勇者鋼治と聖女鳩美。あなた達に深い感謝を」


 見計らったかのようにイヴァリエ女王が現れた。


「死闘を乗り越え疲れているでしょう。ねぎらいの準備をしてありますよ」

「必要ない。このまま帰る」

「私達は英雄扱いされたくないわ。今日、エンドストームと戦ったのは、自分達の日常を守るためよ」


 鋼治と鳩美はそのまま東京異世界ランドを立ち去る。その時に振り返ってみると、すでに戦いで破壊された町並みの修復が魔法によって始めっていた。今日の営業開始時間には完全に元通りになるだろう。

 京成成田駅から電車に乗って鋼治と鳩美は帰路につく。


「イヴァリエ女王が地球を守ろうとしていたのは予想外でしたね鳩美先輩」

「あの女は自分を神様かなにかと勘違いしているから、地球も自分が守るべき世界だと思い込んでるのでしょうね」

「あいつの統治のお陰で幸せになったものは大勢いるでしょう。でも不幸になった人も同じくらいいる」

「自分が守る世界のために最善を尽くすのは良いけれど、気に食わない存在に対しては平和を脅かす悪党扱いするのがあの女の悪い癖ね」


 自分を神と思い込んでいるイヴァリエ女王は地球もまた自分が庇護すべき世界と思っている。彼女の肥大化した善意は歪んでいる。その善意をもって地球を侵略するのではないかと鋼治と鳩美は危惧していた。


「生まれ変わってようやく普通の身分を手に入れたから、地球を守る義務なんて背負いたくないわ」

「俺も鳩美先輩と同じ気持ちです。前世の力を使うのは、俺達の日常が脅かされる時だけにしたい」


 鋼治と鳩美はそっと互いの手を重ねた。


「それにしても初デートは完全に失敗だったわね」

「やり直しましょう鳩美先輩。東京異世界ランドじゃなくて、舞浜のほうにしましょう。ランドとシー、どっちにしましょうか?」

「そうねえ」


 二人とも疲労困憊だったが、次のデート計画を話し合っていると、体が軽くなる気持ちになった。 

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