第2話 名無しの権平 2

ミーンミンミンミーーーン。ミンミンミンミーーーーーン。トンットンットンットンッツ


「気持ち悪い。」


窓から日が差し込み、天井に僅かに光が跳ねている。何度か起きた気がするが、よく覚えていない。肌がベタついて気持ちが悪い。夢を見ていた気がするが、どうせ碌なもんじゃない。こんなに暑くなかったはずだ、前までは窓を開けて寝ていれば、涼しくて寝汗なんてかかなかった。…それなのに。…鈍感じゃなくなったってことなんだろうか。異常気象か、悪夢のせいか。その全部か。わからない。重い体を何とか起き上がらせる。ボーッとする。まず頭から水を浴びないと、その前に水を…


バタッンッ!


急に戸が開けられ、姉が仁王立ちしている。ああ、わかっている。わかっているとも。ごめんって、だからそんな今にも…


「早く起きろ、こぉのバカ!」


どこからか持ってきた座布団が姉の手から離れて、顔面に突き刺さった。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「鼻、ヒリヒリする…」


鏡に向かって、鼻がおかしくなっていないか確認する。幸いに赤くもなっていないが、鼻の骨に違和感があって気持ち悪い。手で水を掬い、鼻を浸す。水が鼻の先から垂れるたびに、意味がないことはわかっていても水を継ぎ足さずにはいられず、何度も何度も同様の所作で鼻に水を与えた。


トンットンッ


後ろから扉を叩く音がして、僕はそれが何となく誰だかわかるから、口の輪郭が少し下がった。


「ねぇ、後が詰まってるんだけど。」


またもや、仁王立ちでそう不機嫌そうに立つ姉は、僕のことを一切配慮しないぞと言った眼光で、こちらを睨んでいた。昨日はあんなに機嫌良かったのに、コロコロ気分が変わりやがる…。ここでなんでそんなに機嫌悪いのなんて聞いた後には、もっとひどい仕打ちが待っていることは想像に難くなかった。伊達に何年も弟はやっていない。僕は黙って、洗面横の2,3重なった引き出しの一番上を開けて、タオルを取り出してその場を後にする。居間のソファに座り込むと、おばあちゃんが、朝ごはんを運んできてくれた。


「春人、よく眠れた?」


割烹着姿で、目玉焼きやら、味噌汁やら色々を机に並べながらそんなことを聞いてくる。熱くないんだろうか?ああ、でも何でだろう。確かにここは少し涼しい。チリンッと、風鈴が外の風を受けて少し鳴った。


「うん、よく眠れたよ。でも、やっぱり少し暑いね。」

「そうね、最近は温暖化のせいかどんどん暑くなってるみたいね。ただ、うちは私の寝室しか、クーラーがないから…あんまり暑いようなら、そこの戸開けて、クーラーつけてもいいのよ?ただ、ゆうちゃんがああして付けてくれたけど、あんまり使わないから最初はホコリ臭いかもしれないわね。」


そう言って、おばあちゃんは台所に戻っていく。ゆうちゃんとは、僕の父の雄二のことだ。何でそういう風に呼ぶのかはよく知らない。寝室に続く、ソファの隣の戸を開けようか迷ったが


「いや、大丈夫。全然、ここは涼しいから。」


そう言って、台所に届くように少し大きめに声を出した。


「あ〜、春人またお婆ちゃんに運ばせて、手伝いなさいって言ったでしょ?」


前髪をタオルで抑え、顔をテカテカにした姉がそういながら、僕の座るソファの横に座ってきた。


「言われてないよ。」

「ばか、言ったか言ってないかじゃないのよ。普通そうするでしょ?って話。お客さんじゃないんだから。」


正論だと思う。でも、言った言わないの話で言い返しを与えた姉にも問題があると僕は思った。


「その顔テカテカさせた状態でご飯食べるの?」

「女は大変なの、これが少し乾かないと次が塗れないんだから。」


何を馬鹿なことを言った顔でこちらを見てくるが、そんなことは僕は知らない。

お婆ちゃんが、お米をよそったご飯茶碗を持って、机に並べる。


「お婆ちゃんにもやってあげようか?肌のカサつきとかすっごい変わるんだから。ねっ?後でやろ?」


そういうとお婆ちゃんは静かに頷いて


「そうね、でも私がやって意味あるの?」

「何言ってるの?幾つになったって保湿は大事よ!」

「保湿?そうなの、なら後でやってもらおうかしら。…ほら、春人。ご飯が冷めないうちに食べちゃって、今麦茶持ってくるから」


そう言って、もう一度台所に戻っていく。割烹着をついでに脱ぎに行ったのだろう。暑いしな…


「ごめん私、これ塗ってから」


そう言って、姉は再度洗面台に戻って行った。


誰もいなくなった居間で、手を合わせる…目玉焼き、お婆ちゃんの家に来るといつも食べている気がする。箸をもち、お米を口に運ぶ、窓から入る光のせいか、食卓が輝き。心臓の鼓動が強くゆっくりとなるのがわかった。…からんッと氷の入ったコップが目の前に置かれ、麦茶が注がれる。白い光が混じって宝石のように煌めく。不意に口に米を運ぼうとした箸が止まる。からんッという音。


パンッ


お婆ちゃんの軽く打ち合わせた手の音が、僕の食事を促した。箸が口に進む。


「いただきます。」


あっ、そういえば言い忘れてた。箸を置き、手を合わせる。


「…いただきます。」


穂乃が、洗面台から戻ってくる。わぁ〜美味しそうという声が妙に遠くに聞こえる。静かだ。蝉の鳴き声が遠くに聞こえるのがわかった。肉体から魂が抜け落ちて、カーテンに反射する光と共に揺らいで、空気に混ざっていく。ねぇ、


「ねぇってば」


姉の顔が目の前にあった。


「え?」

「え?じゃないわよ。ボーっとして、お婆ちゃんもほら」


お婆ちゃんは、何やら困ったようにこちらを見て笑っている。


「ああ、ごめん。美味しいよ、ほんとに。」

「考え事もいいけど、早く食べちゃなさいよ。」

「穂乃がいうのそれ。」


頭をスコンっと殴られた。




〜作者便り〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

Dream workerを優先させてるので、短くなってしまって申し訳ないです。この文字数の頻度で更新していくので、よろしくお願いします。それでは3話で会いましょう。

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海の亡霊 ぬのむめさうか? @NunoMumeSasuka

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