第13話 秋常勇作失踪事件②

「……あの、蓮成さん。秋常くんって、常習犯だったんですか」

「ああ、そうだ。冬が言ってなかったか? よく栞や絵葉書がなくなるって。その栞も絵葉書も、付箋と同じくQRコードを印刷してあったんだ。冬はタブレットしか持ってなくてさ、データをダウンロードさせるしかなかった。メールやSNSは盗聴される恐れがあったから物理で、ってな」


 なるほど、そういう理由ならわざわざガジェットを用意してまで付箋にQRコードを印刷したのも理解ができる。ぼくは納得する一方で、こう思う。メールやSNSに盗聴の恐れがあるってことは、頼兼さんを警戒してのことなんだろうな、と。

 頭の中から追い出したはずの頼兼さんの姿を無意識に追っているみたいで、ぼくは少しだけ首を振って、想像上で微笑む頼兼さんの姿を振り払う。


「よくあるキャンペーンに偽造してたんだが、秋常勇作は冬の本や教材からピンポイントでコードが印刷された栞や絵葉書を抜き取って、写真データにアクセスしてきた。まあ、これは、秋常勇作を侮ってた俺が悪いんだが」


 頬を指でカリカリ掻きながら、蓮成さんが言った。どうやら秋常くんは常習犯だったらしい。大胆にも東城先生の私物に当たりをつけて盗んでいたなんて。それもコードが印刷された栞や絵葉書をピンポイントで抜き取るなんて、運がいいのか、それとも事前リサーチ力や推理力が凄いのか。


 頼兼さんといい、秋常くんといい、みんな一芸に秀でている。

 では、ぼくは? ぼくにはなにもない。シノ君を全肯定してしまうような大ファンで、けれど常識の範囲内で推し活をしているただのファン。頼兼さんのような執着心もないし、秋常くんのようにシノ君の姿を模倣したいとも思わない。

 そうだ、昨日見た秋常くんの髪は、完全にシノ君の模倣だった。


「そういえば秋常くん、塾に来るときはカツラを被ってたみたいです。昨日、偶然見たんですけど、一昨日の蓮成さんと同じ色の髪してました。多分、髪型も。……そっか。結構前からやっててシノ君の姿を知ってたから、同じにできたんだ」

「なんだよ、ナツキ。秋常勇作と友達なんじゃないのか」

「友達じゃないですよ。話したのは昨日がはじめてだって言ったでしょ」


 そう、別に秋常くんとは友達じゃない。ぼくが秋常くんの能力に一方的に嫉妬して、仲良くなれそうにないな、だなんて決めつけてしまうくらいには、友達じゃない。


「結構ドライなんだな」

「頼兼さんも、友達と言えるかどうか……。連絡先も交換してないし、塾でしか話さないし」

「お。急にウェットになった」


 蓮成さんが茶化すように笑った。けれどその振る舞いは、ぼくがあまり深刻にならないためのストッパーのようにも思えた。だからぼくも、ひとつしか息を吐き出して肩の力を抜くことができたのだ。


「笑い話じゃないですよ。それで蓮成さん、頼兼さんはなにしたんですか」

「ナツキが自分で言ってただろ。ネットストーカーだよ。俺が登録してるSNSを突き止めて愛の告白を送りつけるとか、メールアドレス突き止めて大量のメールを送りつけるとか」

「それもあって、東城先生に印刷したQRコードを渡してたんですか」

「鋭いな、ナツキ。とにもかくにも、頼兼春佳の執着心は目を見張るものがある。もしかしたら秋常勇作の失踪に関係しているかも知れない」


 それを聞いて、ぼくは、ああ……と心の中で嘆いた。

 東城先生ははじめから頼兼さんの関与を疑っていなかったし、ぼくだって先生の意見を聞いたから彼女が秋常くんの失踪に関係していないといいな、と祈っていた。けれど蓮成さんは違う。はじめから頼兼さんを疑っていたんだ。


 その後、ぼくも蓮成さんもひと言も話さずバスに揺られて車窓を眺めていた。ぼくが勝手に気落ちして、口を閉ざしていたからだ。

 そうしている間にバスは着々と進んでいき、目的地である名霧丘陵公園のバス停に到着したのであった。




 名霧丘陵公園のバス停で降りたぼくと蓮成さんは、息をするだけで汗が噴き出るほどの日差しと熱に晒されていた。彼方に見えていた薄暗い雲はどこへやら。空は青く晴れ渡り、カンカン照りで湿気も蒸発するほどだ。

 バスに乗車していたときには気づかなかったけれど、バス内はめちゃくちゃ冷房が効いていて快適だったらしい。降りた途端に噴き出る汗と、強すぎる日差しにぼくらは慌てて日陰を探した。


 けれどここは丘陵公園だ。読んで字の如く丘の上。灼熱の日差しを遮るものはなにもない。加えて時刻は十二時を回った頃だ。太陽が頂点に達して一番影が短くなる時間。当たりを見渡しても休めるような日陰はない。

 特にバス停は駐車場に設置されているからか、夏の日差しに熱せられたアスファルトが溜め込んだ熱が凄まじい。ぼくは久しぶりに、鉄板の上で焼かれる肉の気持ちを実感した。


 そんな灼熱地獄のような駐車場の一角では、不良ヤンキーたちがたむろしていた。こんなに暑いのに不良は元気だな、なんて思いながら、ぼくは彼らをぼんやり見ていた。一体、なにをしているのか。バイク止めエリアでなにかを探しているようだった。


「ナツキ、自販機で水買おう。こう暑いと、油断してるとすぐ熱中症になる」


 蓮成さんは、たむろする不良たちには目もくれず、自動販売機に向かって一直線だった。ぼくが慌てて後を追って自動販売機にたどり着くと、ガコン、と音がしてペットボトルを取り出す蓮成さんの姿があった。蓮成さんはすでに何本か冷えたペットボトルを買っていた。


 ぼくは蓮成さんから冷たいミネラルウォーターと麦茶のボトルを奢ってもらった。蓮成さん自体は、ミネラルウォーターのボトルを三本ほど買っている。ぼくは塾帰りだから肩掛け鞄があるからいいものの、蓮成さんは鞄のようなものを持っていない。すべて飲み干す気だろうか、と考えて、ぼくは反射的に口走っていた。


「そんなにたくさん水があっても、体内の電解質の均衡が崩れて逆効果ですよ」

「いいんだ。これは俺が飲むための水じゃないからさ」


 蓮成さんはそういうと、三本のうち一本のキャップを開けて少し飲み、残りの二本のボトルを脇の下に挟んである歩き出した。なるほど、熱中症の対策として身体を冷やすのは有効な手段だ。ぼくは感心しながら、もらったミネラルウォーターのボトルを一本脇に挟んで、蓮成さんの後に続いた。


 黙々と広い丘陵公園内を歩く蓮成さんが立ち止まったのは、岩石が多く配置されたエリアだった。ススキやイネ科の植物がレイアウトされたこの場所で、秋常くんのスマートフォンに仕込んでいた追跡信号が途絶えたらしい。

 蓮成さんとぼくは、一通り岩石エリアを調べて回った。

 けれど。


「なにもないな」

「なにもありませんね」


 パッと見、特に目新しいものはなにもなかった。あるのは、なにかに見立てて配置されたと思しき黒い岩石とススキたちだけ。ここでなにか事件があったような荒れた痕跡はなかったし、なにも落ちていない。もしかしたら、秋常くんのスマートフォンが落ちているかもしれない、だなんて期待は見事に裏切られた。


「いや、さすがになにかあるだろう。探すぞ、ナツキ」


 蓮成さんは諦めずにそう言って、ぼくたちは再び周囲を捜索したけれど、ゴミひとつ見当たらない。美しく整備された公園で呆然としながら、蓮成さんが悔しそうに呟く声が聞こえた。


「……なにか見落としてるのか?」

「あの、連城さん。秋常くんの信号が途絶えたのって、朝の四時台ですよね。丘陵公園って県営だから……朝六時から八時くらいの間に清掃が入るんじゃ……」


 ぼくの何気ない言葉に、蓮成さんがハッと息を呑む。


「しまった、そうだった。近所の公園とはわけが違うのを忘れてた」

「手がかり、きっと綺麗に掃除されちゃってますね」

「……されてるな。くそ、無駄足だったか。戻ろう、ナツキ。こう暑くちゃ頭も鈍る」


 そういうわけで、なんの手がかりも成果も得られなかったぼくたちは、暑すぎる丘陵公園から脱出すべくバス停へと戻ることにした。

 再び灼熱の駐車場へと戻りバス停に到着すると、バスから降りたときに見かけた不良集団のひとりが、ぼくの方へと歩いてくるのが見えた。背が高く、体格もいい。髪の毛は派手な色に染められていて、日光対策なのか青くギラギラ光るサングラスをかけている。その不良はどうしてか親しげにぼくに手を振ってくるではないか。


 待ってくれ、ぼくに不良の知り合いはいない。思わず蓮成さんを盾にしようと後ずさる僕に。蓮成さんが怪訝な顔で囁いた。


「ナツキ、知り合い?」

不良ヤンキーの知り合いなんていないですよ、ぼく」


 と、告げると同時に、ぼくの脳裏に枯れたススキ色の髪をした秋常くんのカツラを毟り取った不良の姿が過ぎったのだ。

 まさか。まさか、いや、まさか、そんな。

 そうして、動揺するぼくに、どこかで見たことがある気がする不良が和やかに話しかけてきた。


「なあ、お前! 昨日、秋常と一緒にいたヤツだろ。秋常、知らねぇ?」

「き、君も秋常くんを探してるの?」

「探してるっつーか、花火大会はじまるまで暇だし、丘陵公園の親水エリアで遊ぶかー! って仲間と来てみたらよ、秋常のバイクが停めてあんの。でも公園中探しても秋常の姿が見当たらなくてさ」

「バイク?」

「そ。高一になってすぐ免許取って、バイトして金貯めて買ったバイク。あいつが大事なバイクを置いてどっか行くとかありえねぇんだ」


 不良くんの言葉に、なるほど、とぼくは心の中で手を打った。秋常くんが朝四時頃に丘陵公園まで来れたのは、バイクを使ったからだ、と。

 それに秋常くんの友人である不良くんから、有益な情報をひとつ得た。不良くんたちの手によって公園内は捜索済みで、やはり彼らも秋常くんを見つけることはできなかったのだ。

 ぼくはゆっくりと首を横へ振り、友達想いらしい不良くんに残念なお知らせを告げなければならなかった。


「……ごめん、ぼくらも秋常くんを探してて……手がかりなくて困ってるとこ」

「そっか、そうだよなー」


 不良くんは、汗で濡れた頭の後ろをガリガリ掻きながら「秋常、全然連絡取れねぇの」と付け足して、さらに殊勝な言葉を続けて言った。


「昨日は邪魔してごめんな。いつも俺らとバカやってくれてる秋常が全然知らねぇヤツに見えて、八つ当たりした。マジごめん」

「いいよ、大丈夫」

「おー。なにかわかったら連絡くれよ、俺らもするからさ」


 そういうわけで、ぼくは不良くんと連絡用にSNSアカウントの交換をしたのである。アカウント交換の手続きが終わると、それまで黙って聞いていた蓮成さんが、突然、険しい顔をして話に入ってきたから驚いた。


「なあ、君。昨日の秋常勇作の行動に不審な点はなかったか?」

「えっ? そういえば昨日、ひなた君が帰った後……秋常のスマホにヤベェくらいSNSの着信通知が来てたな。誰かって聞いたら、あの女だって」

「……女? もしかして、頼兼春佳か?」

「あっ、そうです、よりかねって名前、でした」


 蓮成さんは不良くんよりも背丈も体格も僅かに上回っていた。だからなのか、蓮成さんには丁寧な言葉遣いで返す不良くん。心なしか、背筋もピンと伸びている。去り際も蓮成さんにだけは「失礼します!」だなんて言って、頭を下げていた。

 けれど、そんなことでは笑えなかった。今、不良くんは、大事なことを証言したのだから。ぼくは照りつける太陽の暑さも忘れて、顔が青褪めてゆく感覚を自覚した。


「頼兼さんが、関わってる……?」

「ナツキ。昨夜、秋常勇作と頼兼春佳の二人となにを話してたんだ」


 震えるぼくの肩を掴んで蓮成さんが揺さぶった。けれど、ぼくはすぐには答えられずに、まともに舌を動かせるようになるまで、震える身体を抱き締めていた。



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