8
次の日。
昨夜何も食べていないはずなのにお腹はさほど空いていませんでした。
停戦交渉から約一週間。両国はお互い戦前の領土に戻すと言う形で戦争を終結させたらしいです。一体兵士たちは、学友たちは、リリカやヨハンはなんのために死んだのか分かりません。結局両国は得るものは無く、ただただイタズラに人口を減らしたのみでした。
虚無感がアルシェの心を襲い、しばらく部屋の中に座り込む。
私はなんで今を生きているのでしょうか。
私はなぜ今平和を享受できるのでしょうか。
できるはずがありません。
私は私は私は人を殺し、見殺しにし、そしてヨハンを、一番大切な人を死なせてしまいました。
その途端私は自分がどうしようもなく醜い人間に思えてなりません。
アルシェはおぼつかない足取りでキッチンへ向かうと包丁を取り出し自身の手に突き刺す。
「うっ……」
あまりの痛さに顔を顰めるアルシェだがこの痛みを感じている間は自分が赦されているような感じがする。
突き刺した包丁をぐりぐりと弄り苦痛を注ぎ足す。
痛い、痛い、痛い、痛い。
けどこの苦痛がないと私は自分をもう自分を保てません。
この苦痛があるかぎり私は赦され続ける気がするんです。
手に突き刺した包丁を腹に突き刺し自身の内臓を傷つける。
これは流石に痛すぎて声も出ないで悶えるが、この苦痛で赦されていると考えると気持ちは少し楽になる。
「アルシェ! 一体何をやっているの!」
その時偶然起きていた母がうずくまっているアルシェを見つけ叫ぶ。
そして腕に持っている包丁を取り上げすぐに病院へと運ばれることとなった。
その後病院で搬送されたアルシェは自身は赦されることすらないのかとひとり愕然とするのだった。
病室で1人横になるアルシェ。
ヨハン。私は一体どうすればいいのですか?
私はもう普通の生活が送れません。
今でもリリカの弾ける音、ヨハンの弱くなっていく心音、銃声、悲鳴、呻き声などの戦場の音が耳から、心から離れません。
私はあなたが好きでした。
抱きしめてくれた時はすごく暖かくて安心しました。
不安な時笑いかけてくれるあなたが好きでした。
学生の頃から困ったら助けてくれるあなたはすごく素敵でした。
変な男たちに絡まれた時も助けてくれたのはあなたでしたね。
けれど今、あなたはもういません。
なんで居ないのですか?
なんで来てくれないのですか?
迎えに来てくれないのですか?
私は今すごく寂しいんですよ?
そこでアルシェは気がつく。
ヨハンは迎えに来ないんじゃない。
迎えに来れないのだと。
ならどうする?
どうやったらヨハンに抱きしめてもらえる?
どうやったらヨハンに会える?
どうやったらあヨハンのあの笑顔を見ることができる?
簡単なことだ。
自分から行けばいい。
なんだ。簡単なことじゃないですか。
なぜ今まで思いつかなかったんでしょう?
戦争に若いうちから参加させられ目の前で学友、恋人が死んだアルシェ。
そんな精神的に壊れかかっているアルシェにはもはや正常な判断は下せない。
「ヨハン……待っててね」
その日「病院で1人の少女が失踪した」という記事が「ついに終戦!」と大きく書かれた新聞の隅にポツンと掲載されていた。
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