第3話

 重たい瞼を開けたら見知らぬベッドの中にいた。

 ゆっくり起き上がり、視線の先には白い花瓶に生けられた桔梗がある。

「やっぱり夢じゃないのか……」

 一晩寝たら家にいる、なんてことは起きる訳もなく、私はのそのそとベッドから出た。

 テーブルに置いていた昨日の服を手に取り、着替えようとした手を一度止めた。

 箪笥にはいろいろ入っていたし、昨日はスルーしたものの部屋には大きめのクローゼットもある。

 これからここで生活するのならこの世界の服を着ることになる。

「早く生活に慣れないとだよね」

 手にしていた服を置き、とりあえずクローゼットを開けてみた。

 中にあるのはどれも昔の中国で着られていそうなワンピースやコート、靴があり、引き出しにはアクセサリーが綺麗に並べられている。

 この服を着てしまえばコスプレをしたようになってしまう気がする。

 一度クローゼットを閉め、続いて箪笥を一段ずつ開けていった。

 こちらには着物と中華風を合わせた服が入っている。

「どっちも絶妙にアニメとか漫画でありそうな服なんだよなぁ」

 結果、どちらにしてもコスプレみたいになる。そしてなによりも私には似合わない気がする。

 腕を組んで唸っていると、ノックの音とはきはきとした声が聞こえてきた。

「輝夜様ー!朝食のお時間ですよー!」

「あ、はーい」

 服選びをいったんやめて、私は扉を開けた。

 扉の前には私の世話役兼側近の月乃と桐。うさ耳をぴこぴこさせて、可愛らしい。

「おはようございます!よく眠れましたか?」

「うん。ベッドふかふかで気持ちよかったからかも」

「お支度の途中だったんですね。お手伝いしましょうか?」

 桐の提案はとても嬉しい。正直一人ではいつまで経っても決まらないと思っていた。

 私は二人を部屋へと招き入れ、さっそくクローゼットの前へと移動した。

「箪笥の中も確認したけど、正直どれも私には似合わない気がしてて、どれがいいかな?」

 月乃と桐は顔を合わせ、小さく頷き合ったと思えば勢いよくこちらを向いた。

「「なんでもお似合いになると思います!」」

 そうしてあれよあれよと二人に言われるがままに着替え、姿見に映った自分は本当にどこかの姫のようだった。

 トップは着物のような服で襟や袖にはレースがついている。それにハイウエストのロングスカートを合わせ、腰に薄ピンクの布を巻いてゆったりとした透け感のある赤いリボンで結んである。

 上下ともに薄青の生地で肘から袖の部分と襟合わせは白、スカートはプリーツが入って薄青と少し濃いめの青が交互に見えるようになっている。また、左右の肩口とスカートの濃い目の青の部分には桔梗の刺繍が施されている。

「すごい、めっちゃ可愛い……」

 思わず鏡に釘付けになってしまうほどだ。私の後ろでどや顔をしている月乃としきりに頷く桐がばっちり映りこんでいる。

「今の服装なら靴はこれで、アクセサリーはこのあたりが似合うと思いますよ!」

 月乃がクローゼットから出してきた刺繍と同じ紫のパンプスを履き、桐に背中を押されてベッド横にあるドレッサーの前に座らされた。

 桐は流れるようにブラシを取って私の髪を梳き始めた。

「髪くらい自分でできるよ?」

「いえ、私たちは姫様のお世話も任されておりますので」

 人に髪を梳いてもらうのは本当に久しぶりで、少しくすぐったい気分だ。

 桐の手つきは終始優しく丁寧だった。梳き終わると今度は月乃が後ろに立ち、私の髪を結い始める。

 手慣れた様子でサイドを編み込み襟足付近でお団子にまとめ、白い花と青いリボンの髪飾りを着けてくれた。

「完璧です!」

 ここまでしてもらわなくてもよかったのに。

 という言葉は楽しそうにしている二人を前にしては言えない。なにより、こんな風に誰かに服を選んでもらって髪までセットしてもらうことが嬉しい。

 だから私は笑顔を浮かべた。

「ありがとう、二人とも。朝ごはん食べようか」

 私は月乃と桐に案内される形で食堂へと向かった。



 食堂にはすでに冬歌くんと直哉さんがいて談笑をしていた。

 国の再建のためにすぐ動けるよう、二人もこの城で暮らしているらしい。

 私が食堂に入ってすぐ、二人は私に気付いた。

「おはよう」

「輝夜さん、おはよう。地上での服も似合ってたけど、その服も似合うね」

「二人ともおはようございます。どれも似合うか不安だったけど、そう言ってもらえるのは嬉しいよ。月乃と桐に感謝しなきゃ」

「輝夜は姿勢がいいし、何より可愛らしい。どんな服でも着こなせるだろうな」

 爽やかな笑顔で恥ずかしがることなくそう言ってのける直哉さん。

 そんな風に言ってもらったことが今までないため、何だか恥ずかしい。

「そ、そうですか?ありがとう、ございます」

 視線を彷徨わせながらなんとかお礼は言えたものの、声は小さくなったし顔も赤いだろう。

 手で顔を仰いで熱を冷ましていると、食堂の奥から料理を乗せたワゴンを押す体格の良い男性がやってきた。服装からしておそらく料理人だろう。

「はじめまして。俺はこの城の料理長、だんだ。よろしくな、輝夜様」

 彼は白い歯を見せながら笑った。浅黒い小麦色の肌をしている彼はとても海の男感が強い。地上にいたらきっと海の家でお客さんに料理を提供しているか海に入っているかだろうなと勝手に想像をしてしまった。

「よろしくお願いします。おいしそうなご飯ですね。これは何ですか?」

 ワゴンに乗せられているのは湯気が立ち上るお椀とケトルらしきもの。そして丸い物体と背の高いガラスポットとティーカップ。

 お椀の中身は白いプルプルしたもので、その上に小さく切られたお肉やネギ、醤油が掛けられている。

「これはトファだ。言ってしまえばとろとろになるまで煮込んだ豆腐だな」

 とてもヘルシーな朝ごはんだ。

 私が席に着くと煖さんがガラスポットにお湯を注いだ。軽く混ぜてポットを温めたらそれを出し、ポットに丸い物体を入れてお湯を注いだ。すると丸い物体が少しずつ開き始めた。

「わぁ、これって工芸茶ですか?初めて見ました!」

 ポットの中で少しずつ花が開いていく様はとても美しい。中から出てきたのは赤色の小さな丸い花だ。

 黄金色のお茶の中で赤い花が揺れている様子はとても可愛く、いつまでも見ていられる。

「これは紫苑様が作ってくださっているものなんだ。ジャスミンをメインにオリジナルで調合してるらしい。うまいぞ」

 花が完全に開くまで見届け、工芸茶が注がれたティーカップを手に取り一口飲んだ。

 鼻に抜けるようなジャスミンの香りが口に広がる。

「本当、美味しいです!」

 心がほっとするような温かさで、自然と笑顔になれるお茶だ。

 トファにも不思議とよく合っている。

 トロトロの豆腐だからかなりヘルシーだが、お肉と一緒ということもありそれなりにお腹にたまる。

 けれど美味しいしするする食べられるせいで手が止まらない。

 あっという間に食べ終えれば、何故かその場にいる全員がこちらを見て微笑んでいる。

「あ、あの?顔になにかついてますか?」

 手で口元を拭うも特に何かついているような感じはしない。

「愛らしい顔をしているだけで何もついてない。ただ、輝夜は美味しそうに食事をするなと思って見ているだけだ」

 直哉さんのその言葉に冬歌くんと桐、月乃は頷いている。煖さんはいつの間にかいなくなっていた。おそらくキッチンに戻ったのだろう。

 煖さんの作った朝食は本当においしかった。

 だから自覚はないがおいしそうに食べている、というのはその通りだと思う。

 けれど愛らしい顔なんて、初めて言われた。

「あ、愛らしい?!いやいやいや、私の顔とか普通ですよ!」

 声が裏返り、ほとんど叫ぶ勢いで言った。

 あまりにも恥ずかしく、きっと私の顔は今かなり赤い。もう本当に、絶対。

「わ、私!この後約束があるのでこれで失礼します!」

 勢いよく席を立ち、脱兎がごとく食堂を出た。

 廊下にヒールの音が響く。

 拓けた場所にでて柱に手を付き、乱れた息を整える。

「愛らしいとか、ほんと、何言ってるんだか」

 思い出すだけでまた顔が熱くなる。

 頭を振って思考を消し、私は再び足を動かす。

 桔梗が咲き誇るあの丘で、紫苑が待っている。

 昨日行ったとはいえ、さすがに一回で道は覚えられなかったようで、方向がいまいちわからない。

 きょろきょろしながら廊下を歩いていると曲がり角で誰かにぶつかってしまった。

「すみません!お怪我はないですか?」

 見上げたところには無表情で気だるげな顔があった。

 暗い赤色の髪はフワフワとして、エメラルド色の少し切れ長な双眸が前髪から覗いている。

「あれ、輝夜ですか。おはようございます」

 ぶつかったことなど気にも留めず紫苑はそのまま歩き出した。

 黙って歩いていく紫苑の背中を眺めていると彼は立ち止まり、不思議そうにこちらを振り向いた。

「何をしてるんです?行きますよ」

「あ、うん!」

 紫苑の元へ駆け寄り、隣に並んで廊下を進む。

 私が知らないことを知るために。月のことをもっと知るために。

 私自身のことと、周りのことを知るために。

 私は紫苑と共に、一歩を踏み出す。

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輝夜の願い 星海ちあき @suono_di_stella

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