第26話 桃色の庭の為にです。

楽しい時間は早く過ぎ去る。文化祭も終わり片付けのため空き教室へとやってきた繭村は座り込んでいる鳴海を見つけた。


「鳴海お前こんなところで何してんだ?」


「あ、詩…繭村先生」


「詩織でいい。今はお前と二人だからな。みんなと一緒にいないのか?」


「みんな青春してるからね。僕には眩しくて」


「お前私みたいなこと言いやがって。そんなところばかり似なくていいんだぞー」


「小さい時から世話されたらね」


鳴海の母親は父親と離婚している。女で一つで育てるためには仕事の時間を増やすしかなかった。その為、幼い時から鳴海の面倒は私が任されることが多かった。


「それで、なんか悩み事か?」


「え…なんで?」


驚いた顔をした。なんで分かったの?とでも言うように。


「悩んだり落ち込んだり、悲しくなった時決まってお前は1人になろうとしてたからな。そういう時こそ私や友人を頼ればいいのに」


「…」


恥ずかしそうにでも嬉しそうでもある曖昧な表情。自分をちゃんと見てくれている人がいる事への。


みー…


鳴海ー…


友達の呼ぶ声が聞こえる。


「ほら行った行った。お前を呼んでるぞ」


「うん。ありがと詩織ちゃん」


子供の成長とは嬉しいものだ。そう思いながら私は彼の大きくなった背を見送った。



野々くんを探し廊下を歩いていると反対側の廊下からななくんが歩いてくる。


「鳴海ーどこ行ってたんだよ」


「秘密ー」


「カトちゃんのカフェで打ち上げするんだけど野々くんも来るよね?」


「行く。と、その前に結構重要な話なんだけど、槙野くんは藤咲さんに告白したの?」


「はい?」


突然の思わぬ言葉に頭が混乱する。


「そーだよ、じんたん。藤咲さんに告ったのか?」


「はぁ!?告白なんてしてないけど!?」


赤面する俺をよそに呆れた様子で康ちゃんは溜め息を吐く。そして野々くんの肩に腕を回し俺に背を向け何やらコソコソと話し出した。


「どーする?これじゃお祝いじゃなくてただの打ち上げになっちまう」


「まさかこんなにヘタレのもじゃ頭だとは思わなかったよ」


「それな。結構お膳立てしてやったはずなんだけどな…仕方ない最後の手段だな。じんたん」


こちらを振り向く康ちゃん。その真剣な面持ちに萎縮する。


「な、何…?」


「お前、藤咲さんと一緒に加藤のカフェに来い。そんでもって告白もしてこい。じんたんと藤咲さんが付き合った証明ができるまでカフェには入らせねぇ!」


「!?ちょ、ちょっと待ってよ!心の準備とか!と言うよりもそんなのカトちゃん達だって納得しないって!」


苦しい言い訳を並べながら焦っていた。こう言い出した康ちゃんは本当にそれを実行するだろう。長い付き合いの中でそれは分かる。だからだ。


「今連絡したら加藤さんも夜巳さんも賛成だってさ。何もできずに帰ってきたら顔面をアン◯ンマソにしてやるってさ」


「野々くんまで!?」


相変わらずの手際の良さ。そしてなに?顔面を???何それ怖い。


「わ、分かった。行ってくる…」


緊張でロボのように体を動かしながら教室へと向かう。教室に入ると生徒はほぼ下校しており、中にいたのは由ちゃん1人だった。


「仁太、片付けお疲れ様」


「ありがと。由ちゃん1人?」


「カトちゃんと早伊香は先にカフェに向かったわ。私は仁太達と一緒にって」


「そっか…」


やばい。みんなが色々と察して2人だけの時間になってる。あれ?前まで2人の時何話してたっけ?いざ告白しようってなった時、心臓の鼓動が早くなるのがわかる。間違いなく緊張してる。


「仁太は文化祭楽しかった?」


「う、うん。凄く」


「私も。みんなで考えて作った文化祭は色々な色で溢れてて見てると楽しい気持ちが倍になって…上手く言えないけど、あの時間は大人になっても忘れないとおもう」


「っ…」


直後、教室に風が舞い込む。窓際の席に座る彼女の髪は宙に流れて。夕日の日が彼女を照らしていた。彼女の周りだけ時間がゆっくりになったように緩やかだった。風に揺れる髪を抑え微笑む彼女。彼女の瞳が俺を見つめる。季節は秋。秋の色はオレンジや赤、黄色といった色。でも彼女の周りだけ彼女の瞳の色と同じように桃色に、俺には見えた。春の季節を閉じ込めたような暖かい光景。彼女を見ながら自然と出た言葉だった。


「好きです。由花、俺と付き合ってください」


「私も好きです。こちらこそよろしくお願いします」


彼女はその言葉を言い終わると同時にこちらへ駆け出していた。勢いよく立ち上がった為椅子は倒れ金属音が響く。それでも彼女の行動、思いを阻むことはできない。

飛びつく彼女を抱きしめる。


「言うのが遅いよ。バカ!私の勘違いで夢なんじゃないかって。仁太の事が大好きで。でも自分で行動する勇気なんてなくて。いつも仁太に引っ張ってもらおうとする。そのくせみんながいる時自分が緩んでしまうのが嫌で仁太にキツく当たる性格の悪い私だよ?それでもそれでも」


「うん。それでも由花の事が大好きなんだ。これからも俺と一緒に居てくれませんか?」


「バカ!答えなんて分かってるくせに言わせようとするなんて!当たり前よ!」


俺たちは多分、これからも一緒に同じ道を歩いて行くのだろう。その先で彼女の瞳と同じ桃色の明日(みらい)を迎えるために。


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桃色の庭 八蜜 @Hatime

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