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2話 悪魔との契約
ヂェムが持ってきてくれたハーブティーのおかげか、はちみつとは違う黒糖のような甘さのするそれはそれまでへばりついていた体を動かすときの痛みをするりとどこかへやってしまった。少しして階下に降りるとそこには食堂で見るような木製の長机、とその上には木製の食器がすでに並べられており、その器の中にはシチューのような白いトロトロに、はい!でました!!!穴あきチーズ!!!!パンは酸味が効いて外はカリカリ、中はふわふわ、中央にはアマゾンもびっくりの色鮮やかな見たこともないフルーツがてんこ盛りで皿からはみ出している。
食事の合間には何度か俺の知らない言語で三人は会話していた。大体の自己紹介を終え、二人のエルフの漫画アニメとビデオゲームに対する延々と続く質問を答え終わる頃には、トロッとしたその程よいスープの、これまたインドカレーのようなスーパーではまず手に入らないピリッとしたあとを引く辛めの香辛料に食欲が止まらず三杯目のおかわりを空にしていた。
ご飯を食べ終えると、何も手伝えないのは嫌だと、俺とちっちゃいの二人の三人で洗い物と片付けを済ませる。石造りの洗い場、台所は建物の外にあり、しかしこの隅々まで美麗な彫刻が施された台所は(取手の部分はきれいな銀でアーティスティックにデザインされ、さらには宝石?が埋め込まれていてなんだかより一層この場所が神々しいように感じられる)俺には何だかそこで洗い物という日常的な行為をするのは躊躇われる。どうにかして持って帰って売れねえかな?等と考えてると、台所がある側とは反対側の方からセガラが教会の裏口からこっちへ来なよと手招きする。さっそく向かうと、セガラはタバコのようなものをすぱすぱやっていた。
のようなものというのは、その本来紙であろう部分は枯れた木の葉で巻かれていて、煙は一吐きごとに赤だったり、紫だったりするからだ。それ、大丈夫なやつ?目とろ~んみたいなんない?と少し不安だったが、味はどちらかというと葉巻のような、タバコに比べると苦味が強く、吸ったあともヤニクラすら起きない。ただ、煙の色が一吐き事に変わるのはちょっと楽しい、セガラは連続で煙の輪っかを吐き出して虹色にして遊んでいる、後で教えろください。
二人で一服を終え裏口から一階の食堂まで戻ると、予告通りすでに二人はおでかけモードでフードの付いたマントと、山菜でも拾うつもりなのか背負うタイプの籠を用意して準備万端といった感じだ、、、、
頼む!!写真を取らさせてくれ!!ぐうかわが過ぎる!!!
森の中を四人で暫く歩くと、ちっちゃい二人は一目散に、いつもの川辺集合ね!!といって駆け出していった。
二人の姿が見えなくなると、セガラは先程のタバコに火をつける。火は指パッチンで出てくる!さっきも思ったけどかっけぇ、、、!
そして、大人二人の会話が始まるといった感じで、息を吐きながら彼は少し前の思い出を語るように口を開く。
「君の前に現れたその男は、アマツという名だった。始め言葉は通じなかったんだけれど、元々こっちの世界はものすごい多言語で、僕たちは生まれた境遇もあって他種族の言語を覚えるのに特に長けていたから言葉を交わしてコミュニケーションを取るのにそう時間は掛からなかった。あの小さな二人はエルフ族と言って、元々聴覚がずば抜けて鋭いから、普通のものには聴こえない振動で相手の意思なんかがわかる、僕は狼族崩れで、一般的には耳はいいほうなんだけれど、まぁ彼らと比べると聴こえないに等しいんじゃないかな?」
やっぱりエルフと、狼。ということは他にも獣人族やリザードマンがいるなこれは。俺のくだらないヲタ知識がサラマンダー並みに火を吹き出す。
「僕たちの住むこの世界を異世界だと理解すると、彼は、アマツは気さくなやつでこの世界の色々なことを聞いてきた。僕たちの住むこの世界は君たちの住む世界と主にエネルギー源や、動植物の様子なんかが大きく異なるらしい、僕たちは互いの世界の様子について夜な夜な教えあったよ。あの二人はとかく君たちの世界のゲームやまんがの話を延々と聞いていただけだったけどね。
例えばさっき君のベッドの隣にあった水晶、あれはこの世界でも何故動くのかはよく解明されていないんだけれど、主に生物の中を流れる、気、或いはマナ、ちなみに彼はよくそれをチャクラって読んでたけど、が関係して動くものだってことまでは解っている。ちなみに僕らはそれを凛(りん)って言うことが多い。使ってみせようか?」
そう言って彼はこっちを向き直るといたずらっぽいさっきの二人のような子供のような笑みを見せる、俺はうんと素直に返事をすると、彼は何やら呪文のようにぶつぶつと集中しながらつぶやくと右手の人差し指と中指で宙に何かを描くかのように振ってみせる。するとその瞬間風が、まるでその軌跡を真似するかのように吹き流れ、俺の手に彼の咥えていたタバコを俺のもとに運んできた。
「あっつ!!」
思わず火の付いたタバコを慌てて振り落とすと、彼は天然なのか「あぁぁ!!!ご、ごめん!!」とハンカチを取り出し、それに腰にぶら下げていた銀のボトルからアルコールのような匂いがする液をかけてそれを俺の火傷した指先に上から抑えつける。
その時の感覚は強いて言うならば、手の内側から新芽が生えるかのような感じで、ハンカチをどけると手は火傷どころか、むしろ薄っすらと光っていた。
「これも、その凛ってやつ?」
俺はセガラに尋ねる、彼は少し躊躇ったようにこちらの目を見ると口を開く。
「やっぱり、君もか…これポーションになる前段階の液体で、普通の生物に使ってもほとんど効果はないんだ。さっきみたいに消毒目的で使うことはできるんだけれどね。」
そう言って彼は腰に下げた銀のボトルの方をちらりと見遣る。
「ただ君や、さっき言ったもう一人の転生者なんかも膨大な量の凛が体内に流れているから、こんなポーションもどきでもそれに反応してハイポーションみたいに活用できるんだと僕は思う。」
この世界と俺がもといた世界の相互作用、相関性についてはセガラもまだ詳しいことは解らないらしい。
「この世界にも君たちに似た姿かたちの人間は多くいるけれど、転生してきたものは少し訳が違うらしい。君たちの特性に初めて気がづいたのはアマツと一緒に生活し始めて大体半年くらいたったある日のことだった。皆で教会を掃除をしてる際に彼がさっき言った水晶を割ってしまったんだ、それもどうやら触っただけでね。僕はこっちで医者みたいな事をしてるからその前からなんとなく察しはついていたんだけれど、どうやら君たちの中を流れる膨大な凛はこちらの世界の物質の許容量を何かの弾みで一気に超え、本来その物質が持つ以上の能力を発揮させたり、或いはさっき言ったみたいに物質を破壊してしまったりと。。。まぁ、いざ彼にさっきの風を運ぶ技術魔法を教えると彼は即座にマスターしてしまったしね。それもさっきみたいなそよ風じゃなくて吹き荒れるような威力の風を操れた、それはもうすごく便利だったよ!!!秋になれば森中の枯れ葉と枯れ木を運んできて四人で焼き芋パーティーをしたものさ。」
うん、まあ、最後のは便利だわな、内の母親が聞いたらついに魔法とか戯言言ってるニートも役に立つ日が来るのねっ!!って。いやそうじゃなくて!!
「その転生者は今どこにいるんだ?」
俺はもしかしたら先輩としてその男から何かしらアドバイスを貰えるんじゃないかと聞いてみたが、セガラはまた遠い目をして口を開く。
「旅立ったよ、この世界を探検するといって、今から一年くらい前に。」
異世界生活大満喫だな!おい!
「僕らは最初元の世界に帰る方法を探っていたんだ、僕たちも彼の居た世界に行ってみたかったしね。ここから一番近い王都はこの辺りじゃ有数の都市だから、何かしら情報はあると踏んで何度か向かったんだけど、結局なんの手掛かりも見つからないまま。そうして一年が過ぎた頃に王都に大型のキャラバンが通って大きな公演を催したんだ。そっちでいうサーカスみたいなものかな、彼はそれに付いていったんだ。」
行動力鬼かよ、、、まぁ、あんな可愛いエルフの住む世界で、凛とかいうMP値は莫大、恐らく魔法職選べば無双もあり得る状況だもんな、まぁ、当然といえば当然か、どの道帰る方法は現状ないらしいしな。
そんな風にここでもう少しこの世界のことについてまなんで、その先輩のあとでも追おうかと適当に打算的な計画を建てようとしていた頃、二人が籠一杯に山菜やらなんやらを詰めて戻ってきた、いつの間にか森を流れる見晴らしのいい川辺りに到着していた。
二人は汗だくになりながらセガラに見つけてきた木の実やら山菜やらを見せている。
ヤックはこちらを向いて、「しょうや!これ知ってるか!?りんしーずって言って食べると凛は回復、甘くてパンに付けてよし、殻をむいてそのままいっても良しのちょーーちょーーレア物!」と無邪気であどけない笑顔を見せる。その木の実は見た目はその、うん、ちょうど焦げ茶の実が2つサクランポみたいにくっついていて、2つの木のみを繋いでる部分はT字型に伸びている。その先端は丸みを帯び、先端の丸い部分は少し割れて切れ目が入っている。そんなものを笑顔で握りしめる少年を見ながらお兄さんはなんか新たな世界の扉を開きそうな予感に襲われていた、エルフのショタ物かー。
「私はね、これ、ルーティートゥイーティー!!」
そちらはあえて表現するならこれでもかというくらいカラフルで色鮮やかなイクラ、ヂェムはすでにそれを何個か口に入れぐちゃぐちゃと音を立てている。わかってはいる、わかってはいるが脳と舌はそれを食べ物と認識できるかという疑問への答えをとりあえずNOとした。
そんな風に和気あいあいとしていると、森の中を歩いて少し汗ばんだ俺は川で顔を洗おうと近づいて手を伸ばす。その時、川の中から何かに引っ張られたように俺は体制を崩し水の中へ、世界がまた暗転し、目を覚ますと俺はまた元いた世界、自作PCとスマホが黒く応答しないまま俺の帰りを待っていたかのように佇む自分の部屋に居た。
今までのは夢だったのか…?
自分のPCを置いた机の前で、椅子に座りながら夢とは思えないさっきまでの出来事を振り返る。時計を確認すると時刻は夜中の十時前、少し頭を整理しようと適当にテレビを付け、ベランダでタバコに火をつける。さっきもう一度試してみたがやはりPCの方もスマホの方も起動する様子はない、途方に暮れて、現実逃避に見た夢だったのかと肩を落としながら部屋に戻るとTVのニュースは俺の住む市を含む全国8つの市で昨日今日を合わせ二十人以上の行方不明者が出ていることを報じていた。
自分の住む市の名前がテレビ画面上に表示されたにも関わらず世の中物騒になったもんだと、他人事な感想を持てたのはその行方不明者の名前のリストに同級生の黒咲萌絵の名前があるのが目に入るまでだった。
寝付けないまま朝日が登り、TVのニュースを再びつけると、やはり特集が組まれていた。他国による人身売買のケースもあるとコメンテーターだか犯罪なんとか学のおえらいさんが分析するのをただ眺めていた。作業もまるで手につかないまま、TVの雑音とともにPCを解体して故障の原因をまるで機械になったかのように探すが、原因らしい原因は見当たらない。
そうして3日がたったある日、俺はふとイヤホンをパソコンに差し込む気になった。それは混乱した状況で現実逃避がしたくなったのかもしれない、神頼みにも似た気分でイヤホンジャックを差し込む。
すると世界は暗転し、俺はもう一度気を失うこととなった。
目を覚ますと、そこはこの前来た教会、しかしなにやら様子が違う。
何が起こったんだ!!??この前来たときも大概ボロかったが、前回来たときの比じゃないほどに教会は破壊されている。上を見上げるとその天井は体に嫌な予感と冷や汗を走らせる不安とは似つかしくないほどの晴天だけになっている。構わず階下に向かい、片方だけ残った破壊された正面扉から飛び出す。この前散策した森と川辺に向かうがやはり三人の姿は見えない。以前ここの川辺に来るまでのいきしなに教えてもらったここから一番近い別の居住区までは確か走れば十五分か二十分位だったはず。高校のシャトラン以来の息の切らし様でそこへ向かうと、居住区の家は軒並み焼き落ち、人の気配はまるで無い。
「誰かいませんか!!!???」
声を上げながら歩き進んでいくが黒く焼け落ちたどの家からも返事はなかった。
何か良くないことが起きたに違いない、彼らが話していた王都まで向かおうか?しかし大体の方角しか知らない上にこの森をヒヨヒヨの俺が抜けていけるのか?一度家に戻って誰かに助けを求めようか?いや、誰がこの状況を信じてくれる?同級生ならあるいは、、、
そんな風に混乱して焦り考え込んでいると、居住区を囲む森の奥の方から何やら話し声が近づいてくるのに気がつく。
良かった、誰かこの状況を知っている人が戻ってきたのかもしれない。しかし、そう思えたのは束の間。森の木々の間からその姿が微かに見えると、俺はとっさに近くの黒く焼け焦げた建物の僅かに残る支柱に身を隠した。どうも様子が変だ。二メートルはあるだろうか、キマイラのようなそいつらは二足歩行で三匹連れ立って赤い血がついた棍棒を担いでいる。セガラの説明する限りではこの辺りに住むのはヘビやトカゲのような体表をした生き物のはずで。話している内容は言語が違うので何やらわからなかったが、とにかく俺の感があれは関わってはいけないなにかだと警告を出している。柱の陰に隠れながらなんとか聞き耳をそばだて状況を整理しようとする。
慎重に柱の陰から先程のその三匹のキマイラが近づいてきた方を確認すると、先程まであった姿がどこにも見当たらない!!??一体、どこへ!?
混乱の中、前を向き直ると、目の前には先程の三匹の内の一匹がギラついた犬のような鋭利な歯をめいいっぱいニヤつかせながら、しかし少しも笑ってはいない目でこれ以上無いほど醜悪な息を吐きながらこちらをじっと、見ていた。
腰をかがめ、こちらを覗き込むように見る全く笑っていないその目の縁は少し赤みを帯びている。
眼の前に居た一匹が後ろの二匹とギャッギャッと鉄が擦れるような音で何やら会話をすると、長い爪の付いた手でいきなり俺の首を締めてくる。掴まれた首は息を全く通せず、俺は視界がチカチカしだす前に下段蹴りを決めようとする。しかしキマイラのその身体は石のように硬く、俺はタンスの角に小指をぶつけた宜しく右足の痛みに悶絶する。
力の差がわかって遊ぶつもりなのか、俺の首を掴んだままキマイラは背中の羽をバサバサと動かし地面から一メートル程浮き、後方の二匹に向かって俺を投げ飛ばす。
二匹はサラリとそれを躱し、俺はズシャアァと音を立てて地面を転がる。三匹はその嫌味な笑い声を鋭い牙から垂れ流しながら、それでも目はじっとこちらを見ている。息が急に入り込み咳き込む俺に、さっきまでの一匹とは別のやつが四本ある手の指の先端、細く尖った爪で俺の左肩めがけてついてくる。人間の反射神経は間一髪でそれを避けるが、肩の外側の肉は三センチほどえぐれ、生まれて初めての強烈な痛みに俺は声も出せずに肩を押さえることしかできない。
ふと脳裏にセガラの風を操る話を思い出し、一発逆転、内に秘められた凛ってやつで撃退しようと右手の人差し指と中指二本を宙に振る。しかしそれはただ宙を切るだけで、三匹は顔を見合わせると、その滑稽さに笑い出す。足には力が入らず、震えて立っているのが精一杯で、泣きそうなのを無理矢理こらえてはいるが頭の中は後悔なのか恥ずかしさなのか、死への恐怖なのか、とかくぐちゃぐちゃで一杯だった。
わけも分からず、うぁぁぁあと情けない喚き超えを上げる。時間にして一秒か、二秒、飽きたのだろうか、一匹のトドメをさすかのような大ぶりの右手の付きが頭部を吹き飛ばしそうな勢いでこちらにやってくる。
あ、死んだ。
そんな風に自分の短い二十年ちょっとの人生を諦めかけたその寸前、どこからか声が響く。
「契約を結ぶか?今ここで死んだほうがマシだと思えるような未来が待っていると伝えてなお、この状況を切り抜け、その小さな脳にここ数日こびりつく世界の謎の答えを手にするため、この俺と契約を結ぶか?」
なんだそりゃ、、、保険セールスもびっくりの販売文句だな
けどこんなところでその世界の謎に置いてけぼりにされて宙ぶらりんのまま、わけわかんねぇ生物に嬲り殺されて死ぬくらいなら、さくらんぼだろうが靴紐だろうがなんだって結んでやらぁ!
声と意思、どちらが先に返事をしたのかはわからなかった、ただその右手がキマイラの後方に宙を舞って飛んでいくのが見えた。
最後の虚勢とキマイラの振りかざしたその右手をずっと睨んではいたが、何が起きたのかは全く分からなかった。整理の追いつかない脳の入った俺の頭の横を何かが通り過ぎ、右手を失ったキマイラが残りの二匹の間を吹っ飛んでいく。その残りの一匹の腹には大きな穴が空いており、青い血が後から気づいたように飛び出してくる。奥で右手を吹き飛ばされた一匹がようやく立ち上がると、俺とそのキマイラの間に立つようにして俺に契約を持ちかけたであろう相手は名を名乗る。
「冥界の覇者ヘイズ様によって力を分け与えられし八大神魔が一体ウォルク、ここにいる辰川翔也を契約者とする。」
七分丈のくすんだ墨色のパンツを履き、マフラーを巻いただけの上半身の肌は石灰色の蛇のような鱗で所々を覆われている。前腕の部分なんかには羽根も生えている。背中の上部から腰の手前まで左右に二本の大きな傷があり、頭からは雄羊のような捻れた二本の角が後ろ向きに伸びており、しかし一つは途中で折れて生えているのが見える。
突如現れたそれの姿を認識している暇もなく、右手を吹き飛ばされた一匹が激高し背中の羽を震わせ突っ込んでくるのを、ウォルクと名乗った神魔は片手で頭を鷲掴みにして止める。そしてそのまま風船でも割るかのように下級の雑魚がと吐き捨てながら破裂させる。あたり一面に青い血が飛び散ると、残り最後の一匹は慌てたように一目散に羽根を撒き散らしながら逃げていく。
ウォルクはこちらを向き、血走った赤い目でこっちを真っ直ぐ見ながら「あれを追う、まだいけるな?」と聞いてくる、肩の血は幸い固まりだした、アドレナリンというやつだろうか、普段とは全く違う声の調子で俺はどうやって?と聞き返す。
「掴まれ」
そう言いながら伸ばしてきた手を掴むやいなや先程の背中の傷跡から黒い羽が勢いよく飛び出し、二匹の後を追って翔けてゆく。
翔べねぇヲタは、ただのヲタだ
違いました、すいません。
3話 異世界の内情
恐らくこいつはあえて一匹を逃したのだろう、後を距離を空けて追うと一匹はやつらと同じキマイラ崩れが他にも数匹たむろしている森の少し開けたところまで飛んで戻っていった。そこにはおそらく先程の居住地区から攫ってきた人たちを監禁しているであろう移動式の牢屋のようなものがあり、その周りには見張りと言わんばかりのキマイラがだるっそーにつっ立っている。
すでにそこに居たキマイラ合わせ五匹、おおよそ一分かかったかどうか、その俺が契約してしまったらしい悪魔のウォルクとかいうやつは全員の首を事も無げに跳ね飛ばす。と同時くらいに俺は安堵と筋肉の弛緩に合わせて膝から崩れ落ちた。体がふわふわとする。
さっきから俺を助けてくれていた悪魔がカラスのような姿になってキマイラ崩れの内の一匹の腰から鍵をくわえとると、檻の中に居たセガラに渡す。その傍らにはヂェムとヤックもいる、良かった、、、そして今度は安心のあまり気を失ってしまうようだ、駆け寄ってくる二人の姿を映す視界がぼんやりとして、そのまま黒く一色に染まった。
ぼんやりとした意識の中でさっきのカラスとセガラが話をしているのが聴こえる。
「まさか、あんたとこんなところで会えるとはな。」
「こっちこそ、ジキルと最後に会ったのは何時だったかな、懐かしい。」
「こんな王都の外れでいまだに魔導探究か、噂通りの男だ。」
「やめてくれ、今はただの少し薬学に詳しい町のヒーラー見習いで通ってる。」
そんな二人の互いに見知った風な会話を耳にしながら、意識はまた遠のいていく。次に目を覚ますと、前と同じ教会のベッドの上に居たが、見上げた天井が一番最初に来たときと違いほとんど無くなっているのを見てあのキマイラ崩れの襲撃は夢じゃないことを再確認せざるを得なかった。
目を覚ますと部屋の端でヂェムが椅子に座って、本を読みながら寝心地てしまったのか、その本は危うく床に落っこちそうな間一髪のところで膝に捕まっている。
また、この日差しか…
昼前の呑気な陽射しは俺とヂェムの顔をうっすら白く、卵の白身のように照らす。
一体どのくらい寝ていたのか、起きようとすると今度は前回とは違う全身筋肉痛と、夜通しクーラーの風を浴びた朝のようなだるさが身体に充満する。
暫らくして俺が起きたのを見つけるとヂェムがセガラとヤック、先程俺を助けてくれたカラスに変化する悪魔が二階に集まる。どうやら俺の意識が回復するのを待っていたようだ。セガラとそのカラスはやけに深刻そうな表情でこちらを見ている。その隣でヂェムとヤックもまたなにか不穏な表情をしている、二人が俺の身体に異常は無いか確認している間にその様子は嫌でも目についてしまう。
一体何が?俺はどのくらい寝ていた?そもそもこれは現実なのか?
そんな脳内の疑問を遮るようにセガラが口火を切る。
「容態は問題なさそうだね、肩の傷口も化膿はしてないし、処置はしたから感染症なんかの心配もない。ハイポーションを使ってるから二三日すれば、傷跡もほとんど目立たなくなるよ。それから改めて僕らを助けに来てくれてありがとう。」
「「ありがとう!しょーや!」」
ハモるチビエルフ二人の声は昨日の出来事もこの状況をも和ませるように柔らかく、明るい。
「それは全然良いんだ、皆無事そうで良かった!俺なんか知らない間に向こうの世界に帰ってて、それでまたこっちに来たらこの教会の天井が崩れ落ちてるからなんかあったんじゃないかって、それで」
昨日の出来事を思い出しながら話をしていると、その時の恐怖とそれを打ち消そうとするアドレナリンの興奮がフラッシュバックしているみたいに俺はどんどん早口になろうとする。それを察してかセガラはヂェムに人数分の紅茶を持ってくるように頼む。やがてヂェムが五人分、、、四人と一匹分の紅茶を淹れて運んできてくれる。カラスでも飲みやすいようにと一匹分は水筒のような高さのある瓶に入ってある。
紅茶はその香ばしい薫りを湯気に引き立てられながら、琥珀に部屋の中に佇む。同じ色のセガラの瞳がティーカップを近づけるとより一層重厚に光沢を放っているようにさえ見えた。
皆何やらこれから重大な話が始まるのを知っているように神妙な面持ちで口をつぐんでセガラの言葉を待っている。
どこから話そうか…、
彼は聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声でそう言った。
セガラはまるで大海の中を身一つで泳ぎながらひとまず掴まる漂流物を探しているような表情をしている。それを察してか知らずしてか、ウォルクというカラスの悪魔が先に口を開く。
「先に俺が自己紹介をしておこう。改めて俺はウォルクという。お前は昨日丸一日寝込んでいたから、一昨日より正式にお前と契約を結んだ悪魔だ。」
まるでどっかの鬼狩りの隊士にでもなった気分だ、カラスが喋ってら。
「契約って?」
俺は聞き返す。とっさのことで良くは覚えていなかったが、確か大悪魔王がなんたらって、言ってたか、、?
「俺はお前に力を貸す、だからお前も俺に力を貸せ、それだけだ。細かい疑問はおいおい全て説明するが、基本的に俺はお前のことを知っているし、利害はおおよそ一致している。悪魔の俺が言うのも何だが、信用しろ。」
どっからどう見てもカラスが喋ってるその状況に信じるも何も困惑しか無いわけだが、セガラ達の何やら納得している雰囲気とこのウォルクってやつの目が嫌に真っ直ぐで、騙すような悪いやつじゃなさそうだと思ってしまっているのは正直否めない。いや自分で悪魔っていっちゃってるんだけどさ。そのカラスの悪魔ウォルクは何か不味いものを吐き出すように話を続ける。
「俺がお前と契約した理由の一因は事態はある意味急を要しているからだ。一昨日起きたことはここ数日になんとなくで起きたものじゃない。かれこれ数十年、下手したら百年以上も昔から虎視眈々とその機会を狙われていたものだ。起きがけで悪いが、夕方にはここを出たい、旅支度を整えろ。当然それはお前のためでもある。」
いきなりの旅の始まりを告げられ俺は少し面食らう、一番事情に詳しそうでかつ人間的感性を持ち合わせているであろうセガラに説明を求めるように俺は視線を移す。セガラは今度はちっさい二人に昼食と荷詰めの準備を終わらせてくるように指示する。
二人が部屋からいなくなるとセガラはこちらを向き直り、少し昔話をしようと言いながら、いつものタバコに火を付けながら遠い目を陽射しの向こうにやる。
「この僕たちが今いる世界、君たちは異世界と呼ぶこの世界を僕たちは異界、或いはシン現象界と呼ぶ事が多い。元々何もなかったこの世界は天界と魔界と呼ばれる2つの世界の中間に位置し、その2つを分け隔てるように存在する。君も知ってるかもしれない、天界と魔界は水と油、幾度となく争い、その度にここの異界はその戦場となっていた。月日が経ち2つの世界のあらゆるものが流れ込んでは朽ち、やがてまた新たな独自の創造物を生み出すまでになった。それがあの二人のようなエルフだったり、この前君も見た僕達の他に檻に居たリザードマンだ。当然生物としての防衛本能は同じようなシステムを築き歴史を紡ぐ。君たちの世界と同じ様に集落ができ、街ができ、国ができる。今現在僕たちがいるのは西の十大国のうちの一つオハヨウ王国という王国で、その他にも西には小さな国が四十ちょっとある。そしてそれぞれがそれぞれに交易だったり争い事をしながらも、ここ数十年程は平和な時代をくぐり抜けてきた。
しかしここ数年になって不穏な噂が流れるようになったんだ。
冥界の覇者ヘイズが近く天界に戦争を仕掛けるに当たって各地から〝力のあるもの〟を探しているという噂だ。もちろん戦争が始まればこの異世界はその戦争のど真ん中。そしてその〝力のあるもの〟の中には君たち、多くの凛を保有する転生者も含まれているだろう。そんな噂話、僕も半ば半分にしか気に留めてなかった、君やもう一人の転生者アマツに出会うまではね。そしてその実態が完全に真実だと思えるようになったのはここにいるウォルク君に出会って彼の話を聞いたからなんだけど、、、」
といってセガラはウォルクの方をちらりと見やる、ウォルクは何やら辛そうな表情で嘴をその羽でこすり、話を引き継いだ。
「これまで魔界は二体の王によって支配されてきた、一体は地獄の大悪魔ベル王、もう一体が俺の仕えていた冥界の覇者ヘイズ様だ。仕えていた、というのはヘイズ様が何者かに暗殺されたからだ。冥界の覇者たるヘイズ様が一対一で誰かに殺される筈はない、確実に複数の、内情を知っているやつの汚い手口で謀反にあったのだ。俺がお前に力を貸せというのは、そいつら裏切り者を見つけ出し公開処刑するのに手助けをしてもらうという意味だ。」
まぁ、確実にこの、ウォルクってやつは世の中で言う悪い奴ら側なんだろうけど、自分が忠誠を尽くしていた主人が身内の謀反にあったことに腹を立てて語気を荒げるその実直さに少しだが心を動かされる。
「そして、もう一つ。今回の黒幕が身内にいると推察した理由を教えておこう。それがさっきのセガラの話だ。俺たちは近く天界に戦争を仕掛けれる程の力を蓄えるようヘイズ様から仰せつかっていた。もちろん異世界人の存在をいち早く察知しておられたヘイズ様は俺達神魔にお前たち人間のいる世界へ行き、凛を多く保有する有用な人間を連れてくるよう命じてもいた。俺がお前と契約したのもそういう運びの中にある。
そしてヘイズ様を裏切ったやつはこの戦争でより多く武功を立て魔界に名を知らしめその玉座につかんとするものだろう。暗殺を計った時期に疑問は残るが、まあそれは今はいい。」
話を聞きながら俺は深刻な事実に気づいてしまった、
俺のパソコンとスマホおしゃかにしたのお前か!??!!!!!!???
しかしセガラが俺よりも深刻な顔で話を始めたので俺はその事は後で聞くことになる。
「魔界は近く天界に戦争を仕掛けるつもりでいる。そして彼らはその為により多くの凛を保有する人間を探しだしてこちらに連れてこようとしている。まぁ多分これは魔界だけじゃなく天界も王国も皆同じことしてるんだろうけれど、とにかく君やアマツはそういう含みの中で連れてこられた。僕たちはこれからある人のところへ向かい詳しい事情を調べに行かなくちゃならないんだけれど、君はどうする?アマツみたいにこの世界を旅するならとりあえずオハヨウ王国の王都まで一緒に行ってもいいし、ここに残るなら、まあ寝食には困らないと思うけれど、備蓄も少しならあるし。あ、この悪魔との契約のことなら心配しなくても僕が今ここで無かったことにでき…」
「それはこいつも望まぬところだろう。」
セガラの話をウォルクがすばやく遮る。
「すでにお前たちの世界から転移した者たちがいるのは知っての通りだ。それぞれ望んだのか、無理矢理連れてこられたのかは知らんがな。お前もニュースで不審な行方不明者が続出しているというニュースを見ただろう?」
そう聞いて俺は顔を強張らせる、そういえば、、、確かニュースで、、、俺の市内からも何人かいなくなっててって、まさか!?!?!!
ウォルクが言葉を続けて吐き出す。
「あの黒咲萌絵って子はお前のコレかなんかか?その子の名前だけやたら必死になってググっていたが。」
おいやめろ、その、足の指の一本だけひらひらさせるやつ、カラスのくせに
「お前が絵描き崩れのボッチじゃなきゃ、今頃連絡がつかないとお前もあのリストの仲間入りだろうな。」
「ボッチってなんて意味だい?あとその指をひらひらさせてるのもどういう意味?」
素朴な疑問をセガラが口にするが、知らなくていい。てか知らないで。ボッチじゃないもん、友達居るもん!!!!
そんな心の悲痛な叫びとともに、一方では小学生が教室で好きな子を当てられて居ても立っても居られず八つ当たりをするかのように俺はウォルクに声を荒げる。
「待てよ、そもそもお前ら悪魔だか何だか知らないけどよ、お前らが人攫いみたいな真似しなきゃ人間様は平和にやってたんだよ!!俺の知り合いを攫ったのも、お前の仲間かもしんねぇじゃねぇか!!??なんでそんなお前に俺が協力しなきゃなんねぇんだよ!?」
言いながら漠然と違和感を感じるが、こうなってしまえば口をついて出た言葉とともにそれ以上後には引けない。そんな俺の戸惑いとは全く別に、悟ったような声でウォルクは切り返してくる。
「お前の住んでいた地域は俺の管轄だった。仮にお前の友達を攫ったのが俺と同じ八大神魔の仕業なら、人の縄張りにのこのこ現れ茶々入れするようなナメた真似をした時点で同胞でも何でも無い、処刑対象だ。
しかしだ、他にも俺と同じ命を受けて人間界に向かった神魔はいこそすれ、わざわざ俺の縄張りに邪魔しにくるようなやつらではない。断言しよう。少なくともお前の嫌う悪魔が契約を持ちかけたとは考えにくい、まぁ悪魔のほうがマシだったと天使に思わされるなんて珍しい話でもないが。せいぜい神にでも祈っておくんだな。それから、協力ではない、契約だ。俺達が結んだのはな。ビジネスといえば少しは理解できるか?お前は勝手にこの世界に来て、窮地に陥り、俺の助けを借りざるを得なかった。全く、愚かな自分を棚に上げ声を荒げることしかできないガキの相手をしている暇はない。」
そこまで言うとウォルクはその翼をバサッと音を立てて広げ、天井に空いた穴から飛び出していった。
シンッしとした空気が流れる部屋で、少しの間の後セガラが口を開く。
「君の、きっと、大切な人が危ないことに巻き込まれているかもしれないこの状況で、ただ君を宥めるために大丈夫だよとは言わない。でも覚えておいてほしい、僕たちは皆それぞれが、それぞれの考えと思いを持って生きている。どこに居たからとか、どんな見た目だからとかは関係無い、何をして、どう生きているかが最も重要なことだと僕は思う。君の大切な人を攫ったのは悪魔かもしれないし、はたまた天界の者かもしれない。とにかく彼はきっと君の素直な気持ちを聞いてくれるやつだよ。」
そう言い終えてセガラもまた階下へ降りていった。少しして俺も階下へ降りると、気まずい雰囲気の中全員で昼食を手早く済ませ、教会の正面に旅支度を済ませ集まる。
「さて、皆準備はいいね!!」
「「はーーい!!!」」
セガラが聞くと二人は素直に大きな声で返事をする、俺はその声に背中を押されたようにウォルクに向き直り思い切って謝罪する。
「さっきは悪かった、そのさっき言ってた子は、まぁ、その、あんまりひどい目とかにはあっててほしくない子なんだ、俺の中で。だから熱くなっちまった、ごめん。」
「俺たち悪魔の内の誰かの仕業という可能性は否定しきれない。だがとにかく俺の縄張りに無断で現れうまい汁をすするような奴は女神が赦しても俺が許さん。貴様には特別にそいつの跳ね跳んだ首をくれてやろう。」
ウォルクもまた少しその相手に腹立たしげにそう言いながら羽をバサバサやっている。言ってることのヤバさと見た目のギャップが凄すぎる。
「はいはいはーい!!、二人共素直に慣れて良かったー!、もうせっかくお出かけなのにそんなんじゃだめだよ、仲良く仲良く!」
ヂェムの底抜けた明るい声がその場をとりなすと、オハヨウ王国の王都を目指し四人と一匹の旅は幕を開けることとなった。
駆け出し絵師✕異世界 ken.ji0827 @aimaikenji
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