第4話 美しい国から消えた物

 それからほんの数日で、その国からスラムは消えた。モップ猫も。きれいさっぱり。跡形もなく。


 トーマス様の力をもってすれば、そんな作業はあっという間に終わってしまう。何せ、地面ごと抉り取り、それをそのまま海の上に浮かべるだけだ。数日もの時間を要したのは、国中のモップ猫を集めたからだ。


 さて、スラムとモップ猫が消えた、例の国である。すべて完了したと報告に上がったトーマス様の前で、国王は至極ご機嫌だった。


「いやぁ、さすがは魔道士殿だ。まさか城内の純白種も含め、すべてのモップ猫がこの国からいなくなるとは思わなかったが、やっとこの国があるべき姿になったというわけだな。よしよし。早速褒美を――」

「ならば休暇をもらう。まぁ、気が向いたら様子は見に来てやるさ」

「ふん。まぁ定期的に顔を出すなら良いだろう。だが、忘れるな。二年後の大祭には必ず出席しろ」

「予定通りに開催されるんだったらね。その時には花火の一つでも打ち上げてやろうじゃないか。風の強い日に文を飛ばして僕を呼べ」


 トーマス様は、にた、と笑った。


 では、と去ろうとしたところで、「待て」と国王が呼び止めた。


「その呪いを必ず解いておけ。決してその姿で大祭に顔を出すな」

「その約束は出来んな。何せ、解呪には僕を愛する者とのキスが必要だ」


 そう返すと、国王は「そんな醜い者など誰が愛すか! 世界一の魔道士ならばそれ以外の方法でどうにかしろ!」と叫んだ。トーマス様はそれに対して「嫌だね」とせせら笑い、私の手を引いて、ふわりと浮き上がると、まだ何やらごちゃごちゃとうるさい国王を無視して、窓の隙間から出て行った。




 それから一年、私とトーマス様はずっとモップ猫の島にいた。何せこの島はまだまだ足りないものがたくさんある。トーマス様の力が必要だ。


「トーマス様、ありがとうございます」

「ううん? 何が?」

「私達のために、こんなことまで」

「別に、なんてことないよ。僕の力はか弱き者達のために使われるべきなんだ。人間でも、異種族でも関係ないさ」


 そう話すトーマス様の笑顔は、相変わらず禍々しい。


「なぁルラベル、あの国はいま、どうなってるだろうね」

「相変わらず美しいままなんじゃないですかね、スラムもなくなったことですし」


 と皮肉を込めてそう返す。それにトーマス様は「どうだかね」と笑う。それで、その次の日、私とトーマス様はあの国の様子を見に行くことにしたのだった。


 たった一年だ。

 あれからまだたった一年しか経っていない。それなのに。


「これは……本当にあの国なんでしょうか」


 驚きの余りにぽかんと口を開け、震える指で広場を差す。


「僕はこうなるとわかってたよ」


 あっははは、と笑って、私が指差したの広場を見る。たった一年で、あの美しい国はすっかり変わってしまった。どこを見渡しても、ゴミ、ゴミ、ゴミだ。考えてみればそうなのだ、何せいままで街をきれいにしていたのはモップ猫達だった。人間達は、きれいなその手を汚さない。彼らのきれいな足が踏むのは、モップ猫達が作った道だ。



 それで、だ。


「いますぐモップ猫を連れて来い」


 苛ついた表情の国王から、そんなことを要求されている。


「嫌だね。僕は、後悔するなよと言ったはずだが? 忘れたのか? 僕は三回も言ったぞ? なぁルラベル。僕は三回も言ったよな?」

「おっしゃる通りです、トーマス様」

「ほぉら」


 と鼻で笑うと、国王は顔を真赤にして銃を構えた。一年半前は飾りの剣だったのに。


「大祭まであと一年しかない」

「それじゃあ国民に急いで掃除の仕方を教えないとな」

「それは我が民がやることではない。そんなものはアイツらの仕事だろう。いますぐに戻せ」

「嫌だ。お前達自身でやるべきだ。汚れたって洗えば済む話だろ。それより――」


 じり、とトーマス様が一歩前に出る。

 国王の構えた銃から、かちり、という音がする。


「なぜそれをルラベルに向けている」

「お前に向けたって何の脅しにもならんからな」

「成る程。そういう頭はあるのか。なら、お前が撃つ前に、その賢い頭を僕が握り潰すかもしれないと、どうして考えない」

「お前は人間を殺さない」

「どうしてそう言い切れる」

「魔道士とはそういうものだろ。か弱き者の味方だ」

「お前は権力者だ。か弱くはない」

「か弱いさ。魔道士に比べたらな」


 私の記憶は、そこで途切れている。


 どうやら国王は、怒りに任せて引き金を引いたらしい。なんと愚かな。


 だってトーマス様は、私を殺した彼を決して許さない。

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