第3話 美しい国王からの依頼

「とりあえず、顔を見せたからもう良いだろ。ほんとはね、こんなところに来たくないんだよ、僕は」


 苛立たしげに腕を組み、右足をぱたぱたさせる。さっきのように両足で地団駄を踏めばこのお城の様々な調度品が壊れてしまうかもしれない、という配慮だろう。まだ理性は残っているようだ。


「そういうわけだから。ほら早く。仕事」


 ぞんざいに手を伸ばすと、国王は、トーマス様に極力近付きたくないのか、火ばさみのようなものを使って、ぺらり、と一枚の紙を渡してきた。


「何、たったこれだけ? あっという間に終わっちゃうぞ? そうしたらまたここに来なくてはならないじゃないか」


 ぶつぶつと文句を言いながら渡された紙を見る。


 と。


 トーマス様が持っていたその紙が、突然ぼわっと炎に包まれた。うわぁ、と国王が悲鳴を上げる。


「おい、馬鹿息子」

「んなっ?! また?! また馬鹿って言ったか、この化け物魔道士め!」

「馬鹿に馬鹿と言って何が悪い。何なんだ、この仕事は」

「何だ、って。書いてある通りだ。どうした、字もまともに読めんのか?」

「何だと!?」


 精一杯威厳を保とうとしているのだろう、挑発するような国王の言葉に、トーマス様はしっかりと乗っかった。何せ彼は少々子どもっぽいところがある。年齢はしっかり成人のはずだが。


「読めるに決まっているだろ!」

「あぁそうか、読めないんじゃなくて、理解出来なかったんだなぁ?」

「何ぃ!? 理解出来るわ! 出来たからこそ怒ってるんだ! 何だこのふざけた依頼は!」


 燃え尽きてしまったそれをさっと元通りにしてから、ずい、と国王に向かって突きつけた。


「だーから、書いてあるとおりだよ。『この国にいる斑種のモップ猫全ての漂白、および、居住区であるスラムの解体』って」


 簡単だろう、お前なら。


 国王はそう言って、にやりと笑った。すごく下品で嫌な顔だ。


「二年後、この国で大きな祭がある。世界の平和を願ってな」

「ふん、たかだか祭ごときで平和になると思ってるなら、お前達は救いようのない馬鹿だな」

「まぁそう言うな。とにかくだ、平和のための祭なんだ。我が国がどれだけ豊かで、美しい国であるかを全世界に知らしめなくてはならない」

「いよいよくだらんな。そんなものに巻き込まれる国民が気の毒だ」

「何を言う。国民だって喜ぶさ」


 せせら笑いながらそう言う国王に、トーマス様は、ふん、と鼻を鳴らした。トーマス様が言い返してこないので、勝利を確信したのだろう、続けて国王は言った。


「それで、だ。この美しい我が国の唯一の汚点とも言えるのが、『モップ猫』だ。特に、あの汚らしい『斑種』だよ。すべて廃棄処分にしないだけ優しいと思わんか?」

「廃棄処分だと?」

「私は最初、いっそあのスラムに斑種のモップ猫を集めて火を放てば良いと言ったんだ。せっかくこの国に住まわせてやってるのにまともに納税しているのはそのうちの数パーセントなんだぞ? 景観を損ねるってのに無漂白の状態で王都をうろつくし」


 私の悩みの種なんだよ、と大袈裟にため息をついて、やれやれ、と首を振る。聞いているこっちは怒りで血が沸騰しそうだ。あのてぷてぷと肥えた白い喉笛を食い千切ってやろうかと、そればかりが頭をよぎる。飛び掛からんばかりに前のめりになる私の肩に優しく手を置いて「落ち着きなさい、ルラベル」とトーマス様が優しい声をかけてくれる。


「僕がいる。君達には僕がついてる。だから牙と爪をしまいなさい」


 子守唄のような優しい声に、涙がじわりと滲む。


「ただまぁ、純白種だけは美しいからな。あれなら増やしても良いかと思って、純白種同士で掛け合わせてみたんだが、斑のしか生まれてこない。斑のなんていらないのに」


 肩の上にあるトーマス様の手が、ふるふると震えている。ちら、と顔を上げれば、まっすぐに国王を見つめている目が、ぶすぶすと細い煙を上げて燃えていた。


「それでわかったんだが、純白種アイツらは、どうやら完全な突然変異らしいんだな。何なら斑同士の交配の方が確率が高い。だから、ある程度は生かしてやらんと――」


 ぺらぺらと調子よくしゃべっていたその声がぴたりと止まった。見ると国王の唇は、縫いつけられたかのようにぴったりと閉じてしまっている。


「もう良い」


音もなく、ゆっくり、静かに彼の前に移動し、その、誰もが目を背ける顔をぐぐっと近付ける。


「わかった。依頼を受けてやろう。スラムはモップ猫ごときれいにする。後悔するなよ。僕は言ったぞ。後悔するなよ」


 枯れ枝のような指で、国王の額をトン、と突く。その瞬間に、国王の口が開き、ぷはぁ! と彼は大きく息を吐いた。


「――っだ、誰が後悔などするか! 醜い斑種など不要だ! この美しい国に住まわせてやっているというのに、まともに納税もせんような恩知らずの役立たずなど、この国にはいらん!」


 とっとときれいにしろ、醜い者、汚い者はこの国にはいらん!


 そう叫ぶと、トーマス様は、もう一度「後悔するなよ」と念を押し、くるりと踵を返すと、さっと私を抱き上げて、その場から消えた。

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