第2話 美しい国の醜い魔道士

 私が初めてトーマス様に会った時、彼はこんな姿ではなく、かなりの美男子だった。世界で一番美しい魔道士と言われていたらしい。


 だけれども、そんな美しい魔道士様が醜い斑種のモップ猫を連れているというのは外聞が悪い。一緒に通りを歩けば、私だけがさらし者だった。それで、何度目かの王城訪問の際、トーマス様の言う『クソ生意気な小僧』、つまり国王が、私を指差してこう言ったのだ。


「そんな汚いモップなんて捨てろ。せっかく我が国の魔道士は世界で一番美しいのだから。そうだ、城で純白種を一匹くれてやるよ。そいつなんか捨てろ」


 その言葉で。


 トーマス様はブチ切れた。

 魔法を使って国王の冠をふわりと浮き上がらせ、それをくいくいと手繰り寄せる。


 それで「何をする気だ」と怒る国王の目の前で、彼の冠を、ぺこ、と潰した。


「僕にとってこのルラベルは、世界中のどんな宝石よりも美しい宝物なんだ。侮辱することは誰だって、国王お前だって許さん。僕が彼女に不釣り合いだと言うのなら、僕の方が変わろうじゃないか。それなら文句はないよな?」


 ペラペラになった冠で、はたはたと風を送りながらそう言うと、その場で自身に呪いをかけた。そうしていまの姿になったのだ。


 国王は真っ青な顔で慌てた。


 ぽい、と投げ捨てられた、ぺしゃんこの冠を側近に拾わせて、それを頭の上に乗せ、「いますぐその呪いを解け」とわたわた暴れ出す。


「馬鹿だなぁ、そんな簡単に解けたら苦労なんてしないんだよ。呪いってやつはね、かけるのは簡単だけど、解くのは難しいんだ」


 けれどトーマス様は動じない。思いっきり小馬鹿にしたような声で、クスクスと笑う。


「な、何だと!」

「でもまぁ、何せ僕は世界一の魔道士だからね。呪いを解く方法だって知らないわけじゃない」

「だ、だろう? そうだろう? 何せお前は世界一の魔道士、トーマス=イグウィップス=クラウンデリカだ! は、ははは。こんなつまらぬ呪いなんていますぐ――」

「それじゃあ、お前の、八人の娘を連れて来い」

「は? なぜだ?」

「太古の昔より、呪いを解くのは愛する者とのキスと決まっている」

「な、何だと……!」


 ではいますぐ、と呼びに行こうとしたらしい側近を捕まえて阻止し、国王は立ち上がった。


「呪いを解けば良いんだろう? 別に僕はお前の娘達になんてこれっぽっちも興味がないし、名前すら知らないけどさ」

「ならばその辺のメイドで良かろう」

「それじゃ駄目なんだ。僕のことを心の底から愛している者でなくては」

「はっ、ならば私の娘に解けるわけがない。誰がそんな醜い者を愛するというんだ」

「ほう? 話が違うじゃないか。これまで散々娘達との婚姻を勧めて来たのはそっちだってのに。彼女らは僕のことを愛してやまなくて、どうしても結婚したがっていると言ってたはずだが」

「それはお前が美しい魔道士だったからだ。そんな醜い者に私の美しい娘達を汚させられてたまるか」

「それを聞いて安心した」


 ぱん、と手を叩くと、ぺったんこの冠は元の形に戻った。「じゃあもうこの僕を婿入りさせようなんて馬鹿な考えは捨てたってことで良いな?」とトーマス様が笑うと、王は、元通りになった冠をきちんと被り直して眉を吊り上げた。


「あ、当たり前だ! 貴様が魔道士でなければ『醜悪罪』で即刻首をねているところだ! 命拾いしたな!」


 腰に差していた、単なる装飾品であろうキラキラとした剣を抜くと、それを恐れ多くもトーマス様に向け、彼に負けじと無理に笑ってみせる。歪みもなく、うっとりするほどに美しい冠がきらりと光った。


「……残念。君も命拾いしちゃったね。もしその剣をルラベルに向けていたら、お前の頭を噛み千切るところだったのに。とりあえず、今日はもう帰る。次はまた半年後にでも気が向いたら来てあげるよ」



 そんなやりとりを経て、その半年後に再びやって来た、というわけである。


 半年前と変わらぬトーマス様の姿に、国王は、鼻をつまんで眉を顰めた。何と失礼なやつだろう。こんなのがこの国の王だなんて情けなさ過ぎる。変な臭いなんてするわけない。


「何でまだその姿なんだ」

「これが案外気に入っててさ。鏡を見る度にうっとりしちゃうくらいなんだよね。なぁルラベル、今日の角もキマってるだろう?」

「素晴らしいです、トーマス様」

「おい、角なんてキマるもキマらないもないだろう!」

「あるんだよ。寝癖みたいなのが」

「嘘つけぇ! 髪の毛じゃあるまいし!」


 その言葉にカチンときたのだろう、トーマス様は「嘘じゃない」と言って、額の角をぐにぐにと曲げてみせる。


「今日は一応王城だからってことで、せっかく気を使ってきちんとセットしてやったんだぞ? まったく失礼な馬鹿だな、君は」

「この私を馬鹿呼ばわりするのやめろ! 不敬罪で処すぞ!」


 おい、誰かあいつを殺せ! 私が許可する! とふかふかの玉座の上で暴れ出すが、彼の周りにいる兵士達は微動だにしなかった。そりゃそうだ。ただの兵士に彼を殺せるわけがないのである。

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