化け物魔道士様と斑の私

宇部 松清

第1話 美しい国を保つモップ

 この国は、とても美しい。

 通りを歩く人々は、皆、清潔な衣服を身にまとい、新鮮な食べ物を買う。別に、ここを歩く人達すべてが特別豊かというわけではないけど。


 そこを通りがかった少年が露店でサンドイッチを買い、葉野菜をぼろぼろと落としながらそれを食べる。


 そのソースまみれの葉野菜を目ざとく拾い上げた者がいた。

 『モップ猫』、という種族の少年である。その名の通り、モップのような束感のある毛並みを持つ猫型の獣人だ。


 そのモップ猫が落ちているものを拾って食べても、誰も何も言わない。

 ただそのモップ猫だけが、どことなく不服そうな顔をして、それでも、これが自分達の『当たり前』だとでも言わんばかりに堂々としている。


 そう、これがこの国の『当たり前』だ。

 この国はゴミ一つ落ちていない。

 それは、それを掃除する者――モップ猫がいるからだ。


 それが悔しい。


 そう思うのは、私もまた、その『モップ猫』だからだ。


「顔を上げたまえ、ルラベル」

「ですが」

「人間は勝手だね。遠い遠い昔、君達のご先祖様を勝手にこの国に連れてきてしまったんだから」


 私の隣を歩きながらそう話すのは、私の主人、トーマス様だ。彼は人間であるけれども、『魔道士』という、何とも不思議な力を持った特別なお方である。


 魔道士は、その不思議な力を使って、万病を治したりだとか、金脈を当てたりだとか、とにかく、国のため、そこで生きるのために働くのが本来の使命である。そのため、定期的に王城へ出向いてその依頼を受けなくてはならない。


 そんな偉い偉い魔道士様が往来を歩けば、人はサッと道を開ける。彼らのような下々の者が魔道士様の歩みを妨げてはならない――というような話ではない。


「ぎゃあ、化け物!」


 シンプルに、恐れられているのだ。嫌われていると言っても良い。その理由はただ一つ。

 

 彼が醜い異形の姿をしているからである。額には、とぐろを巻いた禍々しい角が二本生え、口は耳まで大きく裂け、きょろりとした目玉は炎のように常に揺らめいていて、ガリガリにやせ細ってカサカサの枯れ枝みたいな身体にはあちこちに緑色の苔が生えている。


 やぁやぁか弱き者達よ、おはようおはよう、と機嫌良く手を振るけれど、振り返す人はいない。


「トーマス様、無駄ですよ。いくら高名な魔道士様でも、この国では見た目が重要なんです。ただでさえ私のような――むぐっ」


 いつの間に手に入れたのか、トーマス様は蒸し饅頭を大量に抱えていた。そのうちの一つを無理やり私の口に押し込んでいる。


「ルラベル、食べてごらん。いやぁ、当たりの店だよ。これはうまい」


 食べてごらん、というのは、少なくとも口の中に突っ込む前に言うセリフなのではないのか。でも、これはトーマス様の優しさだ。彼は、私が自分のことを貶めるような発言を絶対に許さない。


 モップ猫は、その毛の色によって大きく二つに分けられる。どこもかしこも真っ白な『純白種』と、黒白灰茶色が混ざった『斑種』だ。純白種は全体のコンマ数パーセントにも満たない稀少種だから、見つけ次第王城に連れて行かれる。この国の王は、美しいものが大好きだし、美しいものはすべて自分のものだと思っているからだ。


 斑種はその柄の濃さによって、さらにランク付けされる。斑が薄ければ、脱色することによって『灰白かいはく種』と登録することが出来る。そうすれば、ある程度の職にもありつけるし、働いて得た金で学校にだって通える。


 が、斑の色が濃く、はっきりとしているものは、まず、まともな職に就くことは出来ない。その日を生きるので精一杯だから、学校にだって通えない。稼ぎがなければ脱色も出来ない。負のループである。


 私もそんな、『色の濃い斑種』だ。


 スラムで生まれ、落ちているものを食べ、泥水を啜って暮らしているところへ、どういうわけだか、この、変わり者の魔道士様に気に入られて、現在に至る、というわけだ。


「あぁルラベル、僕の可愛い君よ」

「むご。なんですか、トーマス様」

「どうして僕は王城になんて行かないといけないのだろう」

「何でって言われても。それはトーマス様が魔道士様であらせられるからじゃないですかね」

「行きたくないよ。良いじゃないか、半年前に顔を出したんだし」

「半年後にまた来るっておっしゃったの、トーマス様ですからね?」

「僕はあのクソ生意気な小僧の顔なんか見たくないんだよ!」


 だんだん、と駄々っ子のように足を踏み鳴らすと、ごわんごわん、と地面が揺れる。立っていられる程度だから、相当加減しているやつだ。魔道士はただただ魔法を使えるだけではない。その気になれば、天災をも起こしてしまう。魔道士を敵に回すと厄介というのは、つまりそういうことなのである。

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