第14話 南国の海のイヤリング
結論から言えば、新しい案に使う宝石は二人がヴィリディスを発つ前に確保できた。
パールはカリストが大通りで選んできたもの、その周りの小さなダイヤモンドたちはスサニタが以前にカッティングしたものを使う。
すぐに用意できたのには訳があった。ダイヤモンドの研磨は職人にとって花形らしく、スサニタも自分の技量をアピールするためのサンプルをたくさん作り溜めていたのだ。
「誰も見てくれないかと思ってましたけど、ようやくジュエリーにしてあげられます!」
そう言って目を潤ませていた彼女のことを思うと、少し切ない気持ちになる。
エレンデルたちが使う予定のない宝石も見せてもらったが、どれも素晴らしい仕上がりで、女性がカッティングしたというだけで見向きもされないのは本当に残念だった。
菱形の部分は、淡い色のアクアマリンと青緑のトルマリンを使う。
これらに関しては数が少々足りなかったのだが、工房の職人が二交代で昼も夜も作業をして間に合わせてくれた。申し訳ないやら、ありがたいやら、複雑な気持ちになったが、助かったことは確かだ。
なぜそこまでしてくれるのかと驚いたが、彼らはスサニタのことをずっと心配していたらしく、彼女に仕事を依頼した自分たちに感謝しているらしい。
(彼女も身内には恵まれているわね)
オルネラス宝石研磨工房は離れた場所にあるが、エレンデルはすっかり彼らのことを気に入って、次に作るときも頼みたいと思っていた。
(それに、ピンクのイヤリングのことも約束しているもの)
これからのことを思うと、とてもわくわくさせられる。
キャンバスに向かいながら独り笑いをしていると、離宮内のアトリエの扉がノックされた。
「エリー、届いたよ」
ケスターの声が聞こえた途端、勢いよく立ち上がる。
スカートが咄嗟に置いたパレットに当たって汚れるが、そんなことはどうでもいい。ニコールの視線だけは痛いものの、エレンデルは急いで彼の元へと向かった。
「ほらこれを……と言いたいところだが、スカートが汚れているよ?」
「もっと言って差し上げてください、殿下!」
彼女のことをしっかりと見ているケスターから尋ねられると、背後からニコールの追撃が来る。マイナは何も言わないが、目が合うと何か言いたげな色を浮かべた。
(この家にわたしの味方はいないのかしら?! もう!)
子供のように頬を膨らませて文句を言いたくなるが、ぐっと抑えて事情を説明する。
「あはは、よほど嬉しかったんだね。いいよ。まずは一緒に
「はい!」
二人はアトリエの端にあるソファに腰かけ、ようやく届いたものを眺め回すことにした。
ケスターは手に持っていたもの——ジュエリーケースをテーブルの上に起き、蓋をゆっくりと開ける。中には真っ赤なビロードが敷き詰められ、大公家お抱えの職人たちの仕上げた一対のイヤリングが収められていた。
(これが本物の、わたしのジュエリー)
そのイヤリングは、エレンデルがかつて頭の中で考えたそのままの姿で寝転んでいた。
照りの美しいパールが、一個を綺麗に半分に割り、イヤリングのクリップ部分の石座にそれぞれカボションカットの宝石のように収められている。その周りを囲むのは、スサニタが信じられないほどの輝きに仕上げたダイヤモンドの数々だ。
「何度見ても、スサニタのダイヤモンドは格別ですね」
「そうだね。カットする面が多い分、かなり時間がかかるようだが、こうして見ると本当に綺麗だ」
目線をその下に移すと、菱形の石が丁寧に並べられ、海の水面のように輝いていた。使っている石の数はほぼ同じだが、全体のシルエットや石の配置は左右で異なっている。
これらはパールから鎖でぶら下がるように付けられており、動きを試した職人たちによると、装着した人間が歩く振動で水面のように波打つという。
「少し揺らしてみるかい?」
ケスターから提案されて、エレンデルは右側のイヤリングを優しく摘んだ。それを緩やかに揺らすと、それぞれの石座が小さな丸カンで繋がった下の部分がキラキラと輝く。
思った通りに出来上がったイヤリングを前に、二人は目を見合わせて笑った。
「モチーフとしているものはあるが、抽象的でもある。
「ありがとうございます。リボンとか、花とか、はっきりした形を使ったジュエリーも好きなんですが、たまにはこういうシンプルな感じのものがあってもいいと思っていたんです」
エレンデルは口にした通り、昔ながらのジュエリーにも魅力を感じてきた。しかし一方で、もっと別の選択肢も欲しいと感じていて、理想のジュエリーを想像するようになったのだ。
当時は同じことを思っている人など一人もいないと思っていた。絵に描くことは一種の昇華であり、どこにも存在できないエレンデルだけのジュエリーを少しでも形にしたいという未練の現れだった。
「キットのおかげで、誰にも言えなかった夢が叶いました」
改めて感謝を述べると、ケスターは嬉しそうに微笑んでくれた。
「こちらこそ、エリーのおかげで世界が広がったよ」
「そ、それは大袈裟では……」
「いいや。率直な意見だ」
相変わらずの誉め殺しにたじたじになる。
「これで、今日の舞踏会でお披露目ができそうだね」
「はい」
「まずは第一歩だ。見慣れないデザインに驚く者も多いだろうが、このイヤリングを気に入る人間は必ずいるよ」
舞踏会のことを考えると、不安にならないわけではない。しかしケスターが言った通り、大勢に好かれなかったとしても、誰か一人にでも刺さってくれれば報われる。そこを目指していこうと二人で誓ったからには、エレンデルも覚悟を決めていた。
ネックレスまでは準備できなかったので、イヤリングに使ったものと同じ色のトルマリンがあしらわれたチョーカーを用意している。今夜はゴールドの生地のドレスを身にまとい、これらのジュエリーをつけていく予定だ。
「そうだ。君のモチベーションになりそうなものをもう一つ」
ケスターは思い出したように胸ポケットに入っていた手紙を差し出した。
封を開けて中の便箋を開くと、スサニタからの報告が綴られている。
「一個目のピンクダイヤが仕上がりました、ですって!」
「到着するまでには日数がかかるから、今はきっともう一個に取り掛かっているだろうね」
「楽しみだわ!」
着実にピンクのイヤリングを作る計画も進んでいて、エレンデルの心は弾んだ。確かにこの手紙を読んだ後なら、少し憂鬱な舞踏会も切り抜けられるような気がする。
「この間、ピンクダイヤとルビーを使ったイヤリングを作っていると話したら、女王陛下がとても興味を持たれてね」
「本当ですか?! まあ、どうしましょう!」
「そこまで気負う必要はないよ。大丈夫」
途端に慌て出したエレンデルを見て、ケスターが小さく「これは余計な情報だったか……」と呟くのが聞こえた。
「う、嬉しいんですよ? でもプレッシャーもあるというか」
慌てて弁解すると、ケスターは笑い声を上げた。
彼と一緒に暮らしてきて、少し打ち解けたとは思う。まだ恐れ多いという気持ちとせめぎ合っているが、夫婦だからこその安心感もある。
「妃殿下! ドレスの最終調整をいたしますのでいらしていただけますか?」
夫婦で会話を続けていると、今度は侍女の一人が自分を呼ぶのが聞こえた。
「いいよ、行っておいで」
「はい。行ってまいります!」
ケスターに見送られ、慌ただしく部屋を出る。
何はともあれこれからだ。期待と不安とあらゆる感情が頭を巡るが、エレンデルはひとまずは足を動かすことを選んだ。
ロイヤル・ジュエラーの空想係 氷守冬果 @tocca_h
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