第5話 事件の真相

「煮詰まってきたな……」


 玲司は少し疲れた様子でそう呟いた。他の部員も同様で疲弊の色が浮かんでいた。

 そんな中一人だけ元気な男、吉井拓也が突然声を上げた。


「あっ……」

「どうした、拓哉?」

「いや、俺犯人わかっちゃったかもしれない」


 拓哉は思いついたようにそう言ったが先程の件もあり、みんなただただ訝しげな視線を向けるだけだ。


「ほう。一応聞いておこう」


 そんな中、玲司はとりあえず訊く姿勢を見せる。


「犯人は麗華だ。間違いない」

「は? なんでよ?」


 突然の疑惑を向けられた麗華は、冷淡に問い返す。


「今日、文芸部のメンバーを全員集めたのは麗華だったよな?」

「そうよ。さっきも言ったけれど文化祭の出し物をどうするかだけでも決めておきたかったの。それが何だって言うのよ?」

「でも麗華は今までこうして皆を集めることなんてなかった。ましてや部に来ることも稀だったし、それが今回に限ってなぜか自ら指揮を取って会議を進行している」

「そ、そうよ。だから、それが何だって言うのよ?」


 麗華に僅かに動揺が走った。拓哉が何を言いたいのかわからなかったからだ。


「麗華は今日、部活動のことを話すという口実を作り教室にみんなを集めた。そうして、みんなが熱心に会議に集中している隙をついて、コッソリとおならをかました。違うか?」


 堂々と拓哉はそう言って立ち上がり、麗華を指さした。名探偵にでも成りきっているつもりかもしれない。立ち上がったついでに拓哉は恵那に視線を向けた。恵那はあからさまに顔を背けた。


「わざわざ部の全員を集めて、屁を放くことなんの意味があるっていうの! 馬鹿じゃないの!」


 彼女はそう言って普通にキレた。

 当然である。

 予想以上に酷い推理に、他の者もただただ呆れるしかなかった。

 

 だが、当の本人は動じていないようで、そろそろと着席した後にぼやくのだった。


「も〜。じゃあ、誰なんだよ〜」


 その様子は、早くこの不毛な争いを終わらせたいといった風にも見えた。他の者も同様な思いだっただろう。

 一瞬教室が静かになり、そのタイミングで凜と響くような声でポツリと声を発した人物がいた。


「もう、いいんじゃないかしら?」


 その言葉を発した人物に全員の視線が集まる。これまでほとんど会話に参加してこなかった部長の亜美だった。物静かで典型的な文化部の女生徒といったイメージな彼女だったが、その声には不思議と威圧的な含みが孕んでいた。

 亜美は続ける。


「もう犯人は名乗り出てもいいんじゃないかしら?」

「そうだー、そうだー」


 自白の要求を促す亜美に、拓哉が合いの手を入れる。だが彼女はそんな拓哉に視線を向け、冷淡な声で言い放った。


「あなたに言っているのよ、吉井拓哉くん」

「……え?」

「あなたなんでしょう? 犯人は?」

「ちょ、ちょっと待ってくれよ! 俺じゃないって! 最初に言ったけど俺が犯人だったらすぐに手を挙げてるって!」


 再び立ち上がり、必死に犯人ではないと主張するが、本人はあからさまに狼狽しているのが見て取れた。


「だって、私見ていたもの。あなたがオナラをするところを。そしてすぐに誤魔化して被害者面をしながら、教室の外へ出て行く姿も」


 亜美は堂々とした様子でそう告げる。その自信ありげな態度から嘘を言っているようには感じられない。

 正直、見ていたなら早く発言してくれよ……と残りの四人は思わないでもなかったが、事の真相が気になったため成り行きを見守る。


「ば、馬鹿なことを言うなよ! 見ていただけで、わかるわけないじゃないか!」

「私、席が近いからすぐに気がついてしまったの。オナラをする前にお尻をもぞもぞさせる様子も、ぱなした後に表情が陰っていく瞬間も見逃さなかった」

「部長は嘘をついている! 自分がやったから、俺を犯人にでっち上げようとしているんだ!」


 必死に主張する拓哉だったが、誰も彼を信じる者などいなかった。普段が普段だから仕方のないことだが、元々口数が少なめな亜美がここまで自信ありげに言っているということで、皆彼が犯人だと確信したようだった。


「拓哉、もう罪を認めて謝罪してくれ。部長が見たと言っているのだから、それが全てだ。これ以上、みっともなく足掻くのは恥の上塗りというものだ」


 玲司もそう言って自白を要求する。正直彼はいい加減さっさと帰りたいだけでもあったのだが、一応ここまで長々と続いた議論に筋を通しておきたい気持ちもあったのだろう。

 だが、それでも拓哉は自供するつもりはないようで、皆の前で強い口調で反発した。


「しょ、証拠はあるのかよ! 俺が犯人だっていう証拠は!」


 まるで推理小説にでも出てくる犯人役の最期に出てくるような台詞を吐いた。

 確かに証拠と言われても、オナラの証明など不可能ではないのか。体内から排出されたガスは気体であり目に見えるようなものではない。おそらく拓哉はずる賢くその辺りを逃げ道として、議論を展開するつもりなのだろう。

 玲司もこれには流石に少し困ってしまうが、亜美はおもむろにスマホを取り出して皆の前に掲げた。


「これ」

「け、携帯がなんだっていうんだよ!」

「あなたの挙動がおかしかったから咄嗟に動画にしたのよ」


 亜美が掲げたスマートフォンから動画が流れ出す。見るとこの教室が映っており、拓哉の顔が一瞬写って、視点はすぐに机の下の方に移動した。拓哉の尻付近に画面が固定され、見ると確かに、モゾモゾと怪しげな動きをしている。

 このままひたすら拓哉の尻にクローズアップした動画が続く。四人はこんな遅い時間になってまで、一体何を見せられているのかという気分にさせられたが、ここまできて見ないわけにもいかない。

 

 動画からは音声も聞こえてきていて、会議が進められている様子が収められていた。麗華が恵那に話を振り、文芸部なんだから文芸部らしい活動をして発表すればいいという言葉を発している。その後、麗華が良太に意見を求めると、驚いたようにアタフタとした様子が音声として聞こえてきた。ここまで、先程の振り返りで話し合った通りの内容が、動画内で繰り広げられている。その後、良太が何かを言おうと「え〜と、僕は……」といったところで——それはきた。

 擬音にするのも難解な異音が響き渡る。その際に拓哉の尻が少し浮き、埃が舞う様子まで鮮明に映し出されていた。そうして無言で立ち上がり、教室の外へと向かっていくところまで動画が収められていた。


「これが証拠よ。拓哉くん」

「ずるいぞ! 動画にしていたなんて聞いてない!」


 声を荒げて亜美を批難する拓哉。直後にしまったという顔をするがもう遅い。今の言葉は自身が犯人だと自供しているに等しかった。


「この動画はのちのち某投稿サイトの方にアップさせてもらうけど、私、拓哉君はもっと正直な人かと思ってた。議論が進むうちにそのうち自分から名乗り出るものとばかり思っていた」


 自ら言ってくれることを期待していたのだろう。亜美は悲しみを漂わせながらそう言った。

 項垂れる拓哉だったが、ここまで場をかき回された皆の視線は厳しく、思い思いの言葉をぶつけられる。


「やれやれ、ようやく一件落着だな」


 まず玲司が安堵の声を漏らし、


「ひどいよ! 僕のことを屁こき野郎とか言っときながら!」


 良太は先程言われたことに怒りを露わにし、


「余計に嫌いになりました!」


 恵那は余計に、


「明日からのあだ名が楽しみね」


 麗華は後日の楽しみができたといった風にそう言って、嗜虐的に嗤う。

 もはや、言い訳が効かなくなった拓哉は椅子を倒し、そのまま後ろに倒れこんだ。


「ち、ちが、俺じゃない!」


 どこまでいっても認めようとしない彼は、最後にそう言い残し、絶叫を上げながら教室の外へと向かう。


「うわーーーーーーーーーーっ!」


 そうしてガラガラと扉を開け、廊下を駆け出しそのままみっともなく消えてしまった。

 ちなみにこの後拓哉は、廊下をたまたま歩いていた教師に見つかり、叫んでいたこと対してこっぴどく怒られてしまうのだが、それはまた別のお話である。


 残された五人はようやく解決に向かったことで、ホッと胸を撫で下ろす。ようやく安穏した日々が送れることがわかり、皆ようやく顔を綻ばせて喜んでいる。


「ようやく帰れるわね」


 麗華が清々しい様相でそう発言した。その言葉からは本日の本題を終わらせたかのような雰囲気すら感じさせた。本来の目的だった文化祭の件については、まだ何も決まっていなかったが、今日は議論を新たに交わすつもりはなさそうだ。


「そうだな」


 玲司が短くそう同調する。

 彼自身も安堵の表情を浮かべ、そうして帰り支度を始めた。他の者も彼に倣い、鞄に物をしまい出す。

 だが、その帰ろうとしている時に、再び事件は起きた。


 ————ぷぅううううううううう……


 先程とは違う種の抜けるような間の抜けた音が、教室内に響き渡る。

 気が抜けたときにこそあれは鳴る。おならとはそういうものなのかもしれない。


「やれやれ、これは困ったことになったな……」


 五人にとっての一日はまだ終わることがなさそうだった。

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密室放屁〜放課後の教室内で誰が放きやがったのか?〜 銀河 @kainouta

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